とある港町の牢獄… 重厚な鉄格子の扉が乱暴に開かれる。
看守
放り込まれた若い囚人 その名はレオス。 ボロボロの水兵服を身にまとい… 年輪を思わせる錆びた手錠にて 両手は自由を奪われていた…
レオス
外見は見るも無惨に痩せ細り… 突き放された衝撃に耐えきれず 獄中の土床を舐める。 同時 開閉された扉が重い音と 共に閉められ 鍵をかけられた。
レオス
男が力無く立ち上がると おぼつかない足取りで 鉄格子に自由の利かない両手でしがみつく。
レオス
弁解させてくれ軍に反抗したつもりは無い!!
女王陛下に忠誠だって誓える!
看守
レオス
冷徹な一喝 看守が片手に携えた マスケット銃の金床で 男の胸に衝撃を加える。 苦痛を訴える嗚咽を漏らしながら 再び地面に倒れ込んだ。 再び床に手を付き 立ち上がろうとするも… 喰らった打撃によって 身体を起こすことは叶わない。
看守
弁解だと?
立ち上がる事も出来ない反逆者がよく言う…
古巣で何を働いたかは知らんが
軍に逆らった者は例外なく絞首刑に処される。
精々自分の番を待っていろ
軽蔑の念に満ちた声を レオスに浴びせるや… 看守は牢屋から立ち去った。
レオス
話を…聞いてくれ…!
這いずりながら 再び格子にしがみつくも 既にその声を聞くは 罪を犯した同類達のみ… そのもの達の表情さえ 新しく仲間入りを果たした若き元海兵を 嘲笑するばかりだった…
「おい見ろよあいつの水兵服 新しい様式なのにボロボロだぞ〜 どんな風に可愛がられたんだろうなぁ〜!」
「あのちぎられた肩見てみろ 上官に逆らったやつがやられる 反逆者の烙印だ」
「なんで逆らったんだろうな? 飯か?それとも金払いか? まぁ、こんなとこにぶち込まれたんなら 変わんねぇか」
「おいこっち見ろよ青二才! 縛り首に合うまで仲良くやろうぜ!!」
「「「「ハハハハハハ!!!」」」」
周りから響くのは新入りを嘲笑する声のみ… 浴びせられる侮蔑を 辛うじて耐え忍び 鉄格子にしがみついたまま 首をうなだらせる…
レオス
僕はただ…
同郷の奴を庇おうと…
???
こりゃまた随分と乳臭い面のお坊ちゃんがぶち込まれたもんだ
レオス
女の声…?
荒くれ者が溢れかえる牢獄の中 その場には似合わない異性の声が聞こえる。 声のする方をレオスがみるや 隣の独房にて、壁にもたれ掛かる女性が 目に映る。
???
規律厳しすぎてやけ起こしたか?
或いは待遇クソすぎてやってらん無くなったか?
レオス
みすぼらしい格好であった。 服はよれ… 髪は数日洗ってない事を 想起させる脂質を浮かべ… 何より…
レオス
???
こちとら仮にもレディだ
男なら口説き文句のひとつでも言ってみせろ?
レオス
鉄格子に対し しがみつく体勢から 寄りかかる姿勢に変え 話しかけてきた『ご麗人』 を気だるそうに横目で見る。
レオス
アンタ含めここにいるヤツらとは違う。
一緒にすんな…
???
呆れた物を見る目で その女性は両手を首の後ろに組み 顎を突き出してレオスに話しかける
???
袖なし反逆野郎の分際で猛々しいことこの上ねぇな
レオス
僕が逆らったって言われるのも
同じ船の同郷が敗血症で苦しんでた所を庇っただけだ…
???
女性が、目を丸くしてレオスを見る。 その表情には意外な物を見たと言いたげに
『敗血症』 何らかの病原菌が体内に侵入した際、抗体が過剰な防衛反応を引き起こす疾患。 特定の栄養素が不足した場合に罹患する危険性が高く… 臓器の損傷を始め、皮膚に特有の赤黒い痣 が浮かび上がり最悪の場合命を落とす。 一時は、かかったなら最後死を待つのみとされることから「死神の病」と呼ばれ恐れられていた。
???
海兵とはいえ病気の名前までは流石に聞かねぇだろ?
レオス
雇った船員が何人か敗血症で死んだからそれで知ってる。
???
親父も敗血症か?
レオス
女性から目線を外し… 自身の足元を見るレオス。 その目には、亡き父親を偲ぶものがある。
レオス
レオス
???
レオスを見る女性の眼差しに 一瞬熱いものが走るも… すぐさま、表情は元のへべれけに戻った。
???
なら息子のお前は海図読んだりや文字書きはできるのか?
レオス
どっちも上官からは
「ガキが生意気だ」
で終わったけどな
???
聞いた回答に口角を上げ 顎の下を擦りながら 聞き返す。
???
忠誠誓うとか言ってたな?
レオス
???
命乞いにしては中々下手くそだなと思ってな
レオス
???
あたしに言わせりゃ遠吠えにしか聞こえなかった
女性の言葉に… 腹の底から煮えたぎる何かを 一瞬感じた青年が 鋭さを伴う目で睨みつけた
レオス
???
レオス
前時代の軍隊 特に大航海時代の規律は 厳格であることが知られ 極わずかの不平ですらも 反逆罪として処断された 者はいた… レオス自身もその事に関しては 従順承知の上である。
レオス
???
命惜しかったんだろ?
レオス
???
レオス
次の瞬間、自分の奥底で 煮えくり返ったものが込み上げたレオスが 乱暴に体を引きづり、女性側の鉄格子を力強く殴りつける
???
レオス
???
ホントのこと言われてトサカにきたのか?
レオス
もう一度拳を握りしめて殴りつけ… 睨みつけながら鉄格子を鷲掴みにした
レオス
だが僕は!
つい昨日までイングランドが誇るタイバーハドソン号の砲手を任されていた!!!
王立海軍で1番忠誠心の高い海兵の乗る戦列艦だ!!
???
『戦列艦 タイバーハドソン号』 イングランド海軍が誇る戦列艦にして 数多の対海賊に勝利してきた精強艦の名前である。 乗組員の多くが、忠誠心に厚い兵士であることが知られる。
艦艇名を耳にした女性が、目を見開いて 笑みを浮かべた
???
しかもタイバーハドソンか…!
レオス
配属された時は光栄だと思った!!
これで、襲われた父さんの敵討ちができるって!
「「「アハハハハ!!!」」」
レオス
???
2人のやり取りを聞いていた周りの囚人達が 冗談でも聞いたかのように大声で笑い立てた。
レオス
「いやぁわりぃわりぃ〜 静かに聞いてたが 今どきそんなお子ちゃまな理由で 兵隊やるやつ居ると思わなくてよォ!」
「親父の敵討ちか〜! 泣けるじゃねぇかー! アッハッハッハ!!」
「悪者倒せるといいなぁ! 応援してるぜ坊やー!」
「まぁもっとも! ココは牢屋の中で お前明日にでも縛り首になるだろうがな!」
「「「ギャぁハハハハハ!!!」」」
レオス
囃し立てる烏合の衆達に 激しい憎悪を向けながら睨みつけるも かえって周りの無法者達を喜ばせる結果となった。
???
レオス
僕の気持ちふみにじるアイツら絶対許さない!!
レオス
僕の本音聞いて熱くなってとか!
どれだけ人のことを馬鹿に!!
???
熱くなってるってそういう意味じゃねえ。
???
レオス
お前も僕のことバカにしたいんじゃないのか?
???
真っ直ぐな自分を見つめてくる眼差し 聡い若者には、何を訴えようとしてるか 悟るのに十分なものがあった。
???
お前の信念ってやつが
その言葉と共に胸元から一枚の硬貨を取り出し、牢屋毎に備え付けられた格子窓の外へ投げる
???
レオス
???
???
レオス
???
悪ぃな
数分後 牢獄の中から数人の兵士に 引き連れられた 大柄な男が歩いてくる。
大男
レオス
???
レオスの牢屋のそば 女性が収監されている牢の前に 一行が立つ。
大男
看守
直後、女性の柵の鍵が開けられ 連れられてきた男が中に入る。
大男
レオス
???
予想よりも早く決着ついた。
やっと身体洗えるわ
レオス
大男
ほかの船長達から辞めるよう言われてるんだが?
???
大男
レオス
大男
???
コイツ結構面白い奴だ。
こいつを口説こうと思う
レオス
大男
看守、すまないが隣の若者の檻も開けてくれ
看守
一瞬、兵士が当惑した顔を見せた。 規律を乱す要因として、反逆者 の脱獄は厳しく取り締まられている。 扉を開けて逃げる事になれば 鍵を開けた看守も厳罰対象となるからだ… すかさず、大男が兵士に硬貨を握らせた。
大男
アルビオンの判断だと言えば貴君らに実害は及ばん。
看守
開けます!
レオスの独房の戸が開かれるや、 隣の女性が彼の足元まで近づき… 片膝にひじを着く姿勢にて若者の顔を覗き込む。
レオス
???
強い酒の匂いをまといながらも その女は、只者ならざる強い気配を 醸し出し… 瞳は魅入られれば 魂さえも燃やし尽くされそうな 強烈なまでの眼光を放っていた
???
レオス
???
その結果、扉は閉められ
オマエはいつ下されるか分からない絞首刑を待つ事になる
レオス
生唾を飲みながら自分の首筋を触るレオス… 重圧を纏う彼女の声には 死を予見するのさえ容易い 風格が宿っていたからだ…
???
レオス
???
アタシもこれ選ぶやつは
馬鹿だと思ってる。
???
その結果、何が起こるか分からず
オマエはただ、命と運命をアタシに委ねる事になる
レオス
???
言っとくがこういう時躊躇われるのが大嫌いだ。
少しでもまごついた瞬間に格子を閉める。
「どちらもおそらく無事ではすまないのだろう…」 そう直感するも… 「少しでもまだ生きれる可能性があるのなら」
若者の選ぶ答えは明白だ…
レオス
苦悶のまま歯を食いしばるや… 両手を地面に着けて、ふらつく身体を奮い起こす。 やがて立ち上がり… 目の前の女性を力強く見て口を開いた。
レオス
その声は、貧相な見た目に反する 生命に満ち溢れる力強い声であった…
???
お前名前は?
レオス
???
獅子の意か
アタシはヘレン。
今日からお前は
私が貰う…
いいか?
レオス
???
身を翻し、女性は牢屋の敷居をまたいで出口へと向かい… 控えていた大男も後に続く。 二人の背をフラつきながら後を必死に追う