とある昼時 横浜の警官屯所に町娘が一人 背板を担ぎながら表門を割烹姿で歩く
直枝
牛めし問屋ですー!
この娘の名は直枝。 横浜、馬車道の通りにて 牛めしを始めとした料理をお出しする料亭 『牛めし問屋』のお給仕である。
警官(亀梨)
暑い中ご苦労さまです
直枝
お昼のお弁当お持ちしました!
警官(亀梨)
中へどうぞ、他の連中腹空かせて待ってるでしょうから!
直枝
守衛の警官にそう言い残し 直枝と呼ばれた彼女はそのまま草履を鳴らして屯所内へ向かう。
警察署長 志村十郎太
「「「ザッザッ!!」」」
警察署長 志村十郎太
これより一時間昼休憩!
「「「ありがとう ございました!!」」」
直枝
警察署長 志村十郎太
いやぁどうも牛めし問屋さん!
直枝
本日のお昼食持ってきました!
警察署長 志村十郎太
おーい牛めし問屋さん来たぞー!
昼飯欲しいやつ金持ってこーい!
警官 甲
警官 乙
「「「「ワァァァァァァ!!!!!」」」」
直枝
み、皆さん押さないでくださ~い💦
警官 丙
警官 丁
いや!二つください!!!
直枝
そ、そんなにいっぱい食べれます?大丈夫です!?
警官 甲
直枝さんにいい所見せようって腹だろぅ!!!
警官 乙
直枝
食べれるだけ買ってくださ~い💦
警察署長 志村十郎太
がっつくなバカモーン💢!
およそ、50名近い警官たちに揉みくちゃにされるもほとんど完売。
警察館内を、署長志村十郎太 案内の元廊下を進む。 奥手の職員が待つ勤務室を目指して
警察署長 志村十郎太
直枝
皆さんいつも喜んで買って下さるので本当に嬉しいです❤
うちの板前さん達も喜んでくれますから!
警察署長 志村十郎太
直枝と志村が話しながら廊下を進むと 左手に牢屋が現れ… 中には十数人の人物が投獄される しかし…囚われた獄人達の様子…
志士
志士
志士
許してくれ…!
それは、牢屋の中とはいえあまりにも常軌を逸する光景。 皆半狂乱になりながらなにかに怯えるような様子で生気の宿らない姿を晒す。 中には、座り込む地点が湿っている者もおり… ほんのりと汚物特有の刺激臭が漂う有様だ。
直枝
え…な…
警察署長 志村十郎太
直枝
警察署長 志村十郎太
近隣の外国人大使館を襲撃しようとしたところ仲間内の斬り合いになったようでね
騒ぎを起こしているところを巡回していたうちの警らが捕まえたんだ。
直枝
「攘夷志士」 尊王運動において苛烈な 反抗戦を仕掛けたもの達 の事を指す。 外国人を初め、新政府に連なる高官を 「異人(外国人)」に毒された敵と断定し 暗殺するなどその行為は凶悪を極めるものである。 彼等の主だった戦闘は 蝦夷(北海道)が「五稜郭の戦い」 にて旧幕府軍の敗北により その後大きな反抗はなりを潜めたものの 未だ各地ではかつての御代を取り戻さんと する者の所業はおさまりを見せない
直枝
警察署長 志村十郎太
それでも完全とはいかない
直枝
直枝はかつて、幕末動乱の折 暴徒と化した倒幕派の戦いに 巻き込まれ両親を失っている その為、戦争というものに 並々ならぬ恐れを抱いていた
直枝
警察署長 志村十郎太
だから安心して欲しい
直枝
…?
???
直枝
警察署長 志村十郎太
直枝
警察署長 志村十郎太
あっ!!
直枝
警察署長 志村十郎太
志村が、額から一筋汗を流し… 慌てた様子でポケットをまさぐっている。 手元にて何かを探り当てたと同時に 牢の柵の隙間から謎の男目掛けそれを投げた
???
頭に命中… 食らった男が投擲による負傷箇所をさする
警察署長 志村十郎太
誰が寝てえいっつった!(小声)
???
十郎太か…?
警察署長 志村十郎太
心象悪うしちゅーと他の奴に誤魔化し効かんき!(小声)
???
相すまん相すまん
直枝
直枝
牢屋の中で捕まってるのに全然緊張感ない…)
???
ははぁん…
さては見てくれに反してやる事やる口か?
何やらかした?美人局(つつもたせ)か?
直枝
警察署長 志村十郎太
とにかくあと1時間ばあの辛抱や!
そんけぇ耐えろ!
警察署長 志村十郎太
ひとまずこっちぜよ…!
直枝
牢内の男が手を振ってくるも 罪人扱いされた事に 内心腸が煮えくり返るのを堪えた直枝。 志村に案内される方へと進む
それから十数分後、館内の職員達にも弁当売りをした後、門番の亀梨がいる正門… 志村に見送られながら直枝が空っぽになった背板と共に門をくぐる。
直枝
また明日、今日と同じ時刻に来ます!
警察署長 志村十郎太
板前さんにもよろしく伝えて下さい。
また明日も待ってますから
直枝
警察署長 志村十郎太
あはは、アイツは明日にはいないと思うから…
そう気になさらないで!💦
直枝
それに、署長さんの意外な一面も聞かせて貰えましたから♪
警察署長 志村十郎太
直枝
さっき方言出てましたよ?
警察署長 志村十郎太
はは、これはお恥ずかしい。
気丈に振舞っている人間の普段見ない一面をみて得したと感じた直枝が笑顔で頭を下げるや、そのまま足先を馬車道の牛めし問屋の方へ向けて歩いていった。
警察署長 志村十郎太
亀梨、今の所不振なものは?
警官(亀梨)
昨晩刃傷沙汰があったとは思えないくらい穏やかなもんですよ。
警察署長 志村十郎太
引き続き目を光らせてくれ
警官(亀梨)
亀梨に告げた後、もう一度深く溜息をついた志村が牢屋の方へ足を進める
【同敷地内、署長室】
机に置かれた新手の書類に書きごとをしながら、応接用の西洋椅子に腰掛けた先程の気配の違う男の過ごす様を眺める。
???
警察署長 志村十郎太
どっかの馬鹿が夜道で捕まったドジやらかしたせいで
取り繕うに必要なんやわ…
サクッとやってしゃんしゃん逃げてくれたらこがな面倒書かいで済んだのにな~
???
警察署長 志村十郎太
おかげでまた1つ見られたら厄介なもん抱え込まんと行けんくなったわ!!
???
そう眉間にしわ寄せるな?
老けて見えるぞぉ💦
警察署長 志村十郎太
青筋を立てた志村が、頭を書きながらテーブルに置かれていたキセル箱を開く。 細かく刻まれた乾燥葉をひとつまみ丸め火皿に落とし、取り出したるマッチにて火をつけながらゆっくりと吸い始める。 口の中で煙を転がし、味わいの後吐き出していく
警察署長 志村十郎太
そんで?
今回の獲物はそがに強かったがか?
普段は一斬りで終わらせよったろう?
そがな苦戦するような奴がおったがか?
???
テーブルに肘をつき 少しの間沈黙 その後ゆっくり口を開いた
???
おかしい所があった…
警察署長 志村十郎太
???
今回は周りの取り巻きまで呑まれておった。
そのせいでアタリメ付けるのに手こずってのぉ
グズグズしとるせいで見回りに見つかっちまったんじゃ…
男の言葉を食みながら… 志村が吸い口から煙を吸い上げ 再び深く煙を吐いていく
警察署長 志村十郎太
その状況は確かに初めて聞くな…
???
夜中に悪さしようとしたヤツ…
相当昔から生きておる。
ワシと一緒に牢にぶち込まれた奴焚き付け、その間テメェはおめおめと逃げおった…
ワシの腕が足りんばかりにすまん…
警察署長 志村十郎太
???
奴の気配はもう覚えた
今夜中に必ず討ち取る
志村がその言葉を聞き、煙管の中の燃えカスを火入れに落として席を立つ。 棚に置かれた脇差を一振手に取るや、抜き身にして刃を見る
警察署長 志村十郎太
なんべん聞いても理解出来ん
これでげに斬れるがか?
???
頼りなく見えようともそれでなくば奴らは切り捨てられんのじゃ
警察署長 志村十郎太
奇妙な脇差を、男に投げ渡す
???
男が慌てて投げ出された自分の得物受け止め、怒りを浮かべて志村を見る
???
警察署長 志村十郎太
???
十郎太…お前のそういうところ嫌いじゃ💢
警察署長 志村十郎太
あいたもぶち込まれる事になったら今度こそ知らんきな?
???
あ、あいわかった…!
志村が男に対して真正面になる様向く
警察署長 志村十郎太
こうやって憎まれ口は叩いたけんど、おんしの獲物に関してはわしらじゃやちもない。
市民が巻き添え食わんよう何とか頼むで…
???
任せとけ十郎太。
眉間に皺を寄せ… 志村から受け取った一振をそのままテーブルに突き立てながら軽く抜きみにする。 古代、日本の侍が誓いを立てる歳に示した 「緊張」である。
???
だからとって、斬らねばならん敵が居なくなった訳では無い
ワシは、これからの世も…
陰ながら民を守る侍として剣を振るい続ける…!
侍死した世 一人の若武者が 鋭い眼光を宿して 戦う覚悟を示した…
【馬車道通り 牛めし問屋】
夜老けに入りつつある夜口 店にかかった暖簾を降ろし、店の中にしまった後戸締りを終えた直枝が店の裏口から出る
直枝
私もそろそろ帰ります!
牛めし問屋 店主
直枝ちゃん今日もありがとよ!
裏口から筋骨隆々の大男である店主が、見送るべく顔を覗かせた
牛めし問屋 店主
昨日の晩、埠頭の方で騒ぎあったろう?
今夜くらい家まで着いてくよ?
直枝
でも何かあったら急いで逃げ戻ってきますから!
牛めし問屋 店主
まぁ何も無いこと祈るばかりだが…
「お、そうだ!」
その言葉と共に店主が奥へ1度奥へ引っ込み… 戻って来るや、手に鞘のついたそれはそれは長身の刃物を持ってくる。
直枝
な、なんですかその刃物!?
刀!?
牛めし問屋 店主
いやいやそんな物騒なもんじゃ無いさ。
時々うちマグロ仕入れた時に店先で捌く見せもんやるだろ?
そんときに使う七尺包丁だよ
直枝
そういう事もありましたっけ?
牛めし問屋 店主
こいつ抱えとけばそう簡単に近づいてやろうなんて思う野郎いないよ。
そう言って強引に直枝に七尺包丁を持たせる。
直枝
牛めし問屋 店主
警官にイチャモンつけられたら
マグロ包丁で押し通せる。
直枝
牛めし問屋 店主
包丁で押し通せると聞いたので 法に触れないのかと考えた直枝 そのまま握りしめる
直枝
ありがとうございました
牛めし問屋 店主
店主に会釈し 自宅の方へ足を進めた。
夜道 薄暗がりの夜道を草履鳴らし 自宅までの帰路をやや早足で進む直枝
直枝
着いてきてってお願いすればよかったかな…
ドゴン!!!
直枝
脇道を通りかかったその時、裏路地の方から凄まじい物音が聴こえる
直枝
猫!
直枝
直枝
猫!
直枝の方にゆっくりと近づき そのまま足にすり寄ってくる
直枝
人馴れしてるんだねぇ~
猫!
直枝
猫!
直枝
唐突に自分の知る言語を話し出した猫! 思わず腰を抜かしてその場に尻もちをついた!
直枝
なんで!?
猫!
なんでと聞かれましてもぉ~
喋れるものは喋れるというか~
直枝
化け猫ぉぉぉぉ!!!
尻もちを着いた姿勢のまま後ろに這いずりながら引き下がり一目散に家の方に逃げだす。
猫!
ちょっとぉぉ!!
全速力で逃げ出しながら後ろをチラチラ見る直枝 後ろからは人の言葉を話す猫が後を追いかけてくるのが見える
直枝
化け猫が追いかけてくるぅぅぅ!?
猫!
あっしはそんな怪しいもんじゃないですよぉぉ!
直枝
そうして逃げた先、夜鳴の屋台が目に飛び込んできた
直枝
屋台の親父
直枝
屋台の親父
ど、どうしたんだい…?
直枝
屋台の親父
猫の言葉喋る人?
直枝
屋台の親父
どこ!?
直枝
直枝が慌てて猫が追いかけてきた方を指さす
屋台の親父
直枝
屋台の親父
まぁとりあえずおかけよ
直枝
屋台の親父
直枝
屋台の親父
直枝
屋台の親父
茶葉どこだったかなあ~
直枝
屋台の親父の首が 茶葉を探し求め どんどん伸びていく
屋台の親父
直枝
またしても奇想天外なことが発生し そのまま勢いよく屋台を飛び出した!
屋台の親父
とにかく一目散に走り抜ける直枝、手荷物を力いっぱい握りながら息を切らし もはや帰路とは全く関係ない方向だ
直枝
化け猫の次はろくろっ首って!今日は本当なんなのもぉぉぉ!!!
訳の分からない状況 理解に苦しみながら走り抜ける。 すると、目線のはるか向こうに 檀家の中へ入ろうとする和尚が目に飛び込んだ
直枝
こここ、今度こそは!!
住職
何やら騒がしい…
直枝
住職
全力疾走からの、袈裟姿の女性に 勢いよくしがみつく 目元には涙を浮かべて息も絶え絶えだ
直枝
猫が化けて屋台が伸びて!!
住職
それでは何も分かりません
直枝
住職
直枝
はぁぁぁ…
住職
直枝
住職
それで、何があったのですか?
直枝
人の言葉話す猫に追いかけられたら、屋台の人の首が伸びちゃって…!
住職
なにかの見間違いでは?
直枝
嘘ついてません…!
住職
とりあえず中にお入りなさい。
1度心を落ちつけましょう…
そうして正面、檀家の方を住職が向いた
直枝
住職
あ、それはそうと
直枝
直枝の方を向いたその顔…
住職
いませんでしたかァァ?
直枝
なんと、その住職の顔 本来あるはずの目口鼻が消失していた
直枝
血の気が顔から引き またしてもあさっての方向へ逃げ出した
住職
半狂乱になりながら逃げる直枝 もはや自分がどこを走っているのかすらも わかっていない
直枝
うぎゃぁぁぁ!!!
そうして曲がり角を曲がったその時
警官(亀梨)
直枝
そこには、警察署にて守衛を務める亀梨がぶつかった拍子に打ち付けた部分をさすっている
警官(亀梨)
あれ、直枝さん?
直枝
感極まり…半泣きになりながら亀梨に抱きつく直枝
直枝
警官(亀梨)
ちょ!
そんないきなり!?
直枝
警官(亀梨)
べそかかれながら話されても分からないから!
直枝
横浜の街いっぱいお化けいます…
警官(亀梨)
直枝
もうごわぐっでごわぐっで…!
警官(亀梨)
亀梨が、直枝の肩に手を置いた
警官(亀梨)
直枝
警官(亀梨)
良かったら自宅までお供するよ?
直枝
警官(亀梨)
なんでもするね?
お気持ちいただくよ?
立ち上がった亀梨が、直枝に手を差し伸べた
警官(亀梨)
直枝
亀梨の手を握り立ち上がった
亀梨の誘導を受けながら、背中にしがみついた直枝が当たりをキョロキョロと見回している
警官(亀梨)
心配なのは分かるけどそんなにくっつかれると歩きずらいよォ~…
直枝
今だけは許してください…
警官(亀梨)
相当怖い目にあったみたいだね?
直枝
こんな事なら問屋の店主さんに着いてきてもらえばよかったです…
警官(亀梨)
お店の帰り道だったのか。
その手に持ってる刃物はそういうこと?
直枝
ふと気がつくと、先程店主から借りた七尺包丁を強く握りしめていたのに気づいた
直枝
これ!刀とかじゃないですよ!
刺身を捌くようの包丁ですよ!!!
警官(亀梨)
鍔がないし鞘も不恰好だしね
直枝
警官(亀梨)
これでも2年前は会津若松で新撰組とも戦ったんだよ?
直枝
警官(亀梨)
ほとんど後方支援だったけどね…
直枝
警官(亀梨)
直枝
明治維新で亡くなりましたから…
警官(亀梨)
数分後、直枝の自宅が見えてきた
警官(亀梨)
直枝
本当…死ぬかと…!
警官(亀梨)
直枝
そうして、直枝が会釈しながら離れようとする
次の瞬間 亀梨が半ば強引に直枝の腕を掴んだ
直枝
警官(亀梨)
さっき、何でもしてくれるって言ったよね?
直枝
警官(亀梨)
直枝
良ければ何か作り
振り払おうと直枝が手を引き抜こうとするも、亀梨の掴む力が1層強くなるばかり
警官(亀梨)
直枝
亀梨さん…痛い…!
警官(亀梨)
なんだと思う?
直枝
警官(亀梨)
一瞬…視線を下に向けた亀梨 直後、強引に直枝に顔を近づける…
直枝
グッチャ!!!!
直枝
ウッ!!!!
肩に深々と歯を突き立てられ… そのまま、肉を抉り… 勢いのまま… 直枝の肩の肉を喰らう亀梨
亀梨
美味ゐ…!!!
良ヰ…!!!
若イ…女ノ…肉!!!!
直枝
あぁぁぁ!!!
激痛に顔を歪ませた直枝… 痛みに耐えかね、亀梨の身体を勢いよく突き飛ばす
亀梨
直枝
ぐっァ…!!!
振り払ったものの… 肩の肉を深々と食いちぎられた痛みにより 直枝はその場に力無くへたり込んでしまう その後…突き飛ばされた亀梨だった異形も… 力無く立ち上がる
亀梨
何デモスルッテ言ッテクレタノニ…
突キ飛バスナンテ…
直枝
か、亀梨…さん…!
亀梨
ココ何日モ…
人間ノ肉クッテナイ…
モウ…飢エテ苦シイ…
オ願イダカラ…
喰ワレテヨ…
体勢を直し… その異形は勢いよく襲いかかる…
亀梨
直枝