アオ
アオ
アオ
アオ
赤信号が点滅を始めた横断歩道を、走って渡る。ポケットの中に入れた鍵が、小さく音をたてる。ポケットに手を入れて、鍵が、まだそこにあることを確かめる。
まだ、ここにある。
君の部屋に入ると、いつものお香の匂いが、鼻を突いた。いつの間にか、私の服も、その匂いに染まっていた。
君の匂い。懐かしいようで、苦しい匂い。部屋はいつものように雑然としていた。白いガラステーブルにのった飲みかけの珈琲も、煙草でいっぱいになった灰皿も、いつも通りだった。私はその、なにもかもに、さよならを告げなくてはならない。
アオ
ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつける。一口、深く吸って煙を吐き出す。
アオ
そう思い出し、一本のペンを取り出す。青色のペン。
アオ
アオ
汗か涙か、一粒の雫が落ちた。便箋に並んだ最後の文字が滲んで、溶けた。染み込んだ雫は、やがて乾くのだろう。悲しみの青を残して。
アオ
アオ
そこまで想像して、ふと、ペンを持つ手をとめた。そして、君の部屋を眺める。
アオ
そして、思う。
アオ
アオ
アオ
君の、君の。
いつの間にか、煙草は長い灰になり、今にも消えそうに、煙を立ち上らせていた。
君
アオ
アオ
アオ
アオ
アオ
そう声に、出す。
誰にも聞かれることのないその呟きは、しばらくの間、煙と一緒に部屋に漂っていた。
そして私は立ち上がる。持っていく物はもう、あまり残っていない。例えば、コンビニで買ったマニキュア。
君
君は私にそう言った。
確かに、一度使ったきりで、その中身のほとんどは小さな丸い瓶に閉じ込められたまま、ひっそりと息を潜めていた。
アオ
今になってそんなことを思う。
あとは細々とした物。蝶々のついたピン。君が買ってくれた、すごく華奢なブレスレット。それくらいだ。あとは。
アオ
それらを全部ポケットに入れ、私は立ち上がる。最後の文字が滲んだままの手紙は、読み返さずに丸めてポケットに突っ込んだ。
アオ
そう、自分に言い聞かせる。
部屋を出ると、眩しい光がそこここに落ち、私は目を細める。明るい光。鍵をかけるときにした、かちゃりという乾いた音も、いつかは思い出になるだろう。
アオ
鍵はポストに入れた。
君
君はそう呼んでいた。
アオ
アオ
アオ
アオ
アオ
アオ
おわり
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