私と弟は、よく似た見た目の男女の双子だ。小さい頃はよく入れ替わっていたずらしていた。
思春期を迎えた今は、流石にそのままじゃ厳しいけど、私が化粧をすればすぐに似せられる。
だから、駅前のカフェでバイトしている弟が、コロナにかかって寝込んでしまった時も、私は快く代理を引き受けた。
飲食店のバイトも経験があったし、何より弟が前々から淡い恋心を抱いているという、バイトの後輩の宮野さんの姿を一度拝んでみたかったからだ。
ユキ
ヨシキの普段着に着替えながら、私はベッドで身体を休める弟に尋ねる。
ヨシキ
ヨシキ
ユキ
ヨシキ
鼻水を垂らしながら、ヨシキは頬を染めて声を荒げる。
ユキ
ヨシキ
注射嫌いの弟に向かって、私はからかうように笑う。
ユキ
手鏡を見ながら、アイブロウとアイラインで軽く引く。
あとはワックスをちょっとつければ、
ユキ
すぐに弟の出来上がり。男口調でからかうように話した。
もちろんこれでも可愛い弟、彼の恋路を邪魔するつもりはない。
なんなら応援や手助けもいとわないつもりだ。
それは置いておくにしても、普段の会話でボロが出ないように、宮野さんとの話題を彼に尋ねた……のだけれど。
ユキ
ヨシキ
ユキ
ヨシキ
ヨシキはうなだれた様子で語る。私が思ってたより、仲は進んでいないみたいだった。
前に見せて貰った写真では、優しそうな雰囲気がにじみ出ていたけれど、意外としっかりしてるようだ。
ユキ
うなだれるヨシキに対し、私は心のこもっていない言葉しかかけられない。
宮野さんが働き始めてから数ヶ月にもなるのにこの調子では、残念だけど成就の可能性は薄い。
私は手助けを諦め、精々高嶺の花を見に行くぐらいの、気楽な気持ちでバイトに出掛けた。
狙い通り、私が姉だと気付く人は誰もいなかった。
事前に話していた店長を除けば、誰もが普段のヨシキに対する態度で接してきた。
ユキ
底意地が悪いけど、上手に周りを騙せていると、手品みたいで気分がいい。
最近はヨシキが恥ずかしがってるせいで、成り代わることもなくなっていたから、こんな気分になるのも久しぶりだった。
だから、バイト上がり、
宮野さんが今朝のヨシキと同じくらいに頬を染めて、
自分に告白してきた時には、
私は声が出なかった。
宮野
宮野
夕方、ヨシキの憧れの宮野さんに、店の裏口に呼び出される。
真っ赤な顔で絞り出した彼女の言葉に、自分の耳を疑い、次に自分の頭を疑った。
ユキ
なんとか頭を働かせて、私はぎこちないながらも頷く。
ユキ
宮野
顔をぱあっと明るくさせた宮野さんが、私のすぐ目の前にまで駆け寄ってくる。
艶のあるふんわりとした黒髪が、儚さを漂わせてほのかに揺れる。
透明感のある艷やかな顔が、ほんのりとピンク色に染まっている。
淡い色合いの瞳でまっすぐに見つめられ、私の心が跳ね上がった。
ユキ
宮野
慌てて飛び退くと、宮野さんは我に返った様子で謝る。
ガチャ
バイト仲間
裏口の扉が開き、バイト仲間が出てくる。2人同時に肩が跳ね上がった。
宮野
バイト仲間
宮野
不審がる同僚に対し、宮野さんは大げさな仕草で誤魔化すようにして、店へと戻っていく。
扉を閉める直前、いまだに呆然としてる私の方を向いて、
宮野
小さな声でそう告げて、店の奥に引っ込んだ。
ユキ
1人残された私は、先程の宮野さんの顔を何度も思い返す。
いわゆる両片思いという状況であったことが、内心どうしても信じられなかった。
少し経って、裏口から宮野さんが戻ってくる。
その手には涼やかな青のスマホが握られている。
宮野
ユキ
まさか自分と交換する訳にはいかず、私は思い悩む。
ユキ
ユキ
宮野
咄嗟に誤魔化して、なんとか宮野さんの連絡先を聞き出す。
携帯を仕舞った宮野さんは、躊躇いがちに『それともう1つ……』と追加のお願いをしてくる。
宮野
宮野
宮野
宮野
ユキ
私はまた返事に詰まった。
自分に比べてややこらえ性のない性格のヨシキでじゃ、宮野さんの言いつけを守れるか自信がない。
けれど、ここで下手に宮野さんの機嫌を損ねる訳にもいかなかった。
宮野
私より少し背の低い宮野さんが、また目の前まで近付き、上目遣いで見上げてきた。
先程は嬉しさで輝いていた彼女の瞳が、今度は不安げに揺らいでいる。
ユキ
その目を見ているだけで、胸が高鳴る。
喉が塞がってしまったかのように、何も言えなくなる。
結局、私はヨシキのふりをしたまま、宮野さんの提案を飲むしかなかった。
帰ってきた私は、ヨシキの部屋でバイトが無事に終わった事を伝える。
ユキ
ヨシキ
ユキ
ヨシキ
名前を出した途端、ベッドから身を乗り出して、ヨシキが食いついてくる。
私は告白の事実をヨシキに伝えようとして……また、喉が塞がった。
胸の奥に溜まっている淀んだ感情に、口が押さえつけられるような感覚になった。
ユキ
ヨシキ
ユキ
ヨシキ
ヨシキは照れ隠しのようにうなじをかきむしる。
私が咄嗟についた嘘にも、全く気付いている様子はなかった。
ヨシキ
ユキ
ヨシキ
ユキ
私は浅く首を振る。
相変わらず、喉の奥が鉛のように重く感じて、本当のことを言う気にはなれなかった。
ユキ
ヨシキ
何も知らない弟が向けてくる笑顔から逃げるように、私はヨシキの部屋を出た。
自分の部屋に戻った私は、ヨシキに伝えられなかった連絡先を、自分の携帯に入力する。
チャットアプリのアカウント名を、名前をもじった物から、名字をもじった物へ。
アイコンの画像を飼っている猫の写真から、ヨシキのはまっているロックバンドの写真に。
右手が勝手に偽装を始めていた。
まるでヨシキが使っているかのようなアカウントへと作り替えた私は、教えて貰った宮野さんのIDを入力し、友達の申請をする。
ずっと待っていたかのように、すぐに申請が通り、新しく開設されたトークルームに連絡が入った。
『ヨシキ君だよね?』 『今日は本当にありがとう!本当に嬉しかった』
文面からでも、宮野さんの嬉しさがにじみ出てくる。
好物なのか、可愛らしいさくらんぼのアイコンでメッセージが届く。
『俺も嬉しいです』 『でもまさか、宮野さんが俺なんかが好きだなんて』
『そんなことないよ!』 『ヨシキくん本当に真面目だし、仕事も丁寧に教えてくれたし』
宮野さんのメッセージから、今まで全く知らなかった、ヨシキの一面が明らかになる。
どうやらバイト先でのヨシキは、私が思っているよりずっと誠実な人らしい。
宮野さんに次いで、職場には欠かせない存在になっているようだった。
ユキ
やんちゃ坊主だった自分の弟が、ここまで評価されるほど成長していたとは、思っていなかった。
感慨深いと思う反面……胸の内がしみるように痛むことに、私は戸惑いを隠せない。
『来週の土曜、映画見に行かない?』
やり取りを続ける内に、宮野さんから……デートの誘いまで受けてしまう。
『行きましょう!俺チケット取ります!』
『ありがとう!』 『楽しみにしてるね!』 『明日も待ってるね』
宮野さんを欺いたまま、私はその誘いを受けてしまう。
罪悪感を感じつつも、私は文字を打つ指が止まらなかった。