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替え玉生活は予想外に長く続いた。
ヨシキが運悪く、コロナが治った直後に、今度はインフルエンザにかかってしまったせいだ。
今は繁忙期らしく、私はヨシキに替わり、学校や休日にカフェで働き続けた。
当初は若干不安だったカフェの業務も、通っていくうちに少しずつ慣れていく。
それに伴い、私と……いや、ヨシキと宮野さんとの仲も進んでいった。
宮野さんの言う通り、お店では普通に接していたけれど、チャットではずっと会話を続けていた。
デートの約束も決まった。繁忙期の終わりの日。
最後のバイトの次の日に、新作映画を見にいくことになった。
やり取りを進めるにつれて、宮野さんとの仲も深まっていく。
バイト先で紳士に働く姿、それに似合わないチャットでの初々しい雰囲気を見て、自分の感情が揺れ動くのを感じる。
……だけどその分、胸の痛みも少しずつ増していく。
どれだけ宮野さんが『私』にとって魅力的でも、宮野さんが本当に好きなのは『ヨシキ』であって。
何より私は姉として、血を分けたヨシキを傷つける訳にはいかなかった。
『ごめんなさい』 『姉が風邪ひいて看病するので 行けなくなりました』
磁石のように反発する指を無理やり押さえて、私はそうメッセージを押した。
それから2日後の昼過ぎ。
ユキ
私はどこか沈んだ気持ちで、1人映画館に来ていた。
隅っこのソファに、力なく座る。上映時間までただじっと待ち続ける。
少し視線を上げるだけで、仲睦まじい恋人たちの姿が、嫌でも目に入ってきてしまう。
宮野さんとのデートはキャンセルしたものの、映画のチケットは既に取ってしまっていた。
デートを抜きにしても前々から見たかった奴だったから、こうして1人で見に来ていたのだ。
けれど……話題作なだけあって、既に館内は満員。
それもほとんどの客が、私とそう変わらない年頃のカップルばかり。
今の気持ちじゃとても見ていられなくて、私は視線を自分の足に落とす。
久しぶりに履いた、明るめのロングスカート。制服は短めにしてるし、バイトは当然男物のパンツだったから。
普段から割りとユニセックスな服を着てるけど、別にこういうのが嫌いな訳じゃない。
私だって、たまには着飾って、可愛くなりたい。可愛くなって、それで……。
ヨシキ
ユキ
ギュッ……
携帯を握る手に自然に力がこもる。
今はヨシキのことも、宮野さんのことも、忘れてしまいたかった。
上映時間が迫り、私はシアターに向かう。
取った場所は真ん中の少し後ろ。ネットで調べた、一番いい席だ。
ユキ
既に大体の席がが埋まっている中、私は遠慮がちに前を通って、自分の席に向かう。
ユキ
二席開いているところの右に座って……開いている左の席が、酷く寂しく見えた。
この回は、ここに誰も座らないのだ。
ユキ
毎晩メッセージで交わしたやりとりを思い出す。
『大丈夫!』 『また時間出来たらその時に行こ!』
キャンセルした時はすぐにそう返ってきた。もう次の回の予約も取り付けた。
ユキ
上映が始まった。映画は元々、人気の少女漫画の実写化だ。
ただ、連載当時はヨシキの影響で少年漫画の方にハマってたこともあって、私はこの漫画はそんなに知らない。
ストーリーもなんとなく知ってるくらいだった。
映画のラストシーン。 大雨が降りしきる中、ずぶ濡れになったヒロインが、相手の男の子を突き放す。
いじめから逃れて知り合いの居ない高校に来た、自信の持てない主人公に対し、相手の子は人気急上昇中の学生モデル。
ひょんなことから密かに付き合い出した2人だけど、価値観や環境の違いからすれ違いが続き、
最後には彼の部屋に出入りする女性モデルの姿を見て、その場を逃げ出してしまったのだ。
スクリーンの中のヒロインは、自暴自棄になりながら彼氏を拒絶する。
ユキ
大雨とキャストたちの嘆きが響く劇中とは対象的に、私の心は静まり返っている。
決して駄作じゃない。 演者もストーリーも魅力的なのに、ここまで全く感情移入することが出来なかった。
けれど……。
ユキ
相手役の男性が涙ながらに吐き出した言葉に、私は目が覚めるような感覚になって、
ユキ
ユキ
……結局、またすぐに沈んでしまう。
ユキ
現実は物語のようには上手くいかない。 正直に打ち明けて、宮野さんが受け入れてくれる可能性なんてある訳がない。
結局、クライマックスになっても私の気分は晴れなくて。
そこから私はもう、見るのを止めてしまった。
ガヤガヤガヤ……
映画が終わり、私は見る前と変わらない気持ちで、シアターから出る。
ユキ
もうとにかくベッドの中に潜り込みたいけれど、ロビーまでの道のりは観客でごった返していて、自分のペースでは歩けない。
彼女
彼氏
私の前はちょうど、満足げな様子の恋人たちが感想を交わしている。
第二幕を見たくなくて、少しでも距離を取りたくなって、私は足を止めた。
ドンッ
ユキ
???
直後、背中に軽い衝撃が走った。すぐ後ろを誰かが歩いていたのだ。
私は慌てて後ろを振り返る。
ユキ
けれどその途端、言葉を失った。
私にぶつかってきたのは──。
宮野
ユキ
宮野さんだった。
よそ行きに着飾った、普段よりもっと可愛らしい宮野さんがそこにいた。
そして宮野さんは、呆気に取られた表情で、私の顔を……
それから全身を、見てしまっていた。
2人で映画館を出て、駅の方へと歩いていく。
宮野
ユキ
宮野
ユキ
宮野
ユキ
宮野
ユキ
会話が続かない。
この場から走って逃げ出したいけど、小さい嘘も大きい嘘もバレてしまった手前、そんな身勝手なこともできない。
私は横目でちらりと、宮野さんの様子を伺う。
見た目だけなら、今の宮野さんは今まで以上に綺麗だ。
いつものナチュラルじゃなくて、華やかなピンクのカラーメイク。
血色良く見える桜色のリップが、いつもの可愛らしさに艷を足している。
身に着けているのは、ナチュラルな色合いのブラウスとフレアスカート。
デザインを抑えたシンプルな服装が、派手にならない程度に、宮野さんの魅力を引き出している。
私なんかよりずっと素敵なスタイルと格好。
だけどさっきから、ずっと思いつめたような顔で黙りこくっているせいで、その魅力も蕾のようにしぼんでしまっていた。
無言に耐えきれなくなった私が、無理矢理にでも話題を絞り出そうとした時、
ユキ
宮野
ユキ
宮野さんも口を開く。私の方をちらりと見て、
宮野
さっきから見て見ぬ振りをしていた宮野さんが、とうとう直接尋ねてきた。
ユキ
どうしようもなくなって、私は震える声で打ち明ける。
宮野
宮野さんは大げさに首を振る。香水かシャンプーか、フローラルな香りがふわっと舞った。
宮野
ユキ
宮野
宮野さんの言葉は突然途切れて、声にならない音を発する。
宮野
宮野さんは目をそらして、ぎこちなく話す。
私もそれ以上尋ねることは出来なくて、また無言の時間が続いた。
夕方になり、だいぶ駅に近付いてきた頃。
宮野
宮野さんが、また謝ってくる。悪いのは私の方なのに。
ユキ
宮野
宮野さんはそう言って、私の顔をまっすぐ見つめる。
口の端が少し震えているけれど、その顔には真剣な決意が浮かんでいる。
宮野
ユキ
宮野
スッ……
前触れなく、宮野さんは脇道を曲がった。
そこはもう通い慣れた道……ヨシキのカフェに繋がる道だった。