ここは、私の家。
たった一つの、自分の居場所。
ここはキッチン。
玄関から廊下を通って、左に見えるところ。
そのドアを開ける前に、
いつも笑顔の準備をしていた。
ドアを開けたら、二度目の「おかえり」。
キッチンで、母がリズミカルに人参を切る。
「今日のご飯はー?」
「肉じゃがとポテサラ」
「芋ばっか!!」
今思うと、このやり取りは鬱陶しくなかったかと、
少し不安になる。
ここはリビング。
ここには、私の喜怒哀楽が沢山漂ってる。
勇気を出して、悩みをうちあけた時、
優しく撫でてくれたのも、ここだった。
その後、少し冷めた芋尽くしを食べて、
塩味が混じった低い声で、「おいしい」と呟いたのも、ここ。
帰りたくない時も沢山あったけれど、
結局私は、ここが好きなんだ。
ここは、私の居場所。
ここは、私の帰る場所。
でも、
最近、何だか騒がしい。
私が一生懸命描いた絵を、
「呪いの絵」だなんて、売り出して。
人の家に入る時は、
「靴を脱ぎなさい」と、口酸っぱく言われていた。
それでも、いつもの廊下に、砂埃が舞い込んでしまう。
朝。
隣校舎のせいで日が差し込まない教室は、
これから待ち受ける座学への溜息をつくように、
空気を暗く染めていた。
まだ早いと思われる、放課後のバイトの話。
焦った方が身のためな、課題の話。
そのようなありふれた声の中で、
今どきでは珍しい話をする生徒がいた。
ここは、私の家。
たった一つの、自分の居場所。
タッ
汚さないで。
ジ…
歪めないで。
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
風がガラス戸を揺らしている。
それは、3対1に不自然に別れた若者を映した。
出てって。
出てってよ。
出てけ。
出てけ。
出てけ。
気がつくと、
私たちは、教室にいた。
私達以外は、
大して思い出にも残らないような顔をして、
今日を謳歌している。
最初に見たのは、
冷や汗を夏日のように垂らした、友達の顔。
次に聞いたのは、
「お祓いに行こう」という案。
「また、変な動画でも見たな」
そう思った。
友達は、勝手だ。
やりたい事はするし、やらないことはしない。
馬鹿正直で、なんでも素直に答える。
それでも、答えてくれない問が、一つ。
私の頭から、「呪いの○○」という話題が消えるのも、
そう遠くない未来のようだ。
ここは、私の家。
たった一つの、私の居場所。
今日も、
何も変わらない我が家は、平和だ。
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