霽月
うわっ……。

霽月
(今日は月が綺麗に───)

メグリ
……綺麗に出ているそうですね、月。

霽月
びっくりした……!
あんた、リアムの姉だっけ?

メグリ
えぇ。覚えていてくださったんですね。

霽月
何しに来たの?

メグリ
月が綺麗に出ている、とリアムから聞きましたので。

メグリ
無論、わたくしはそれが見えないのですが。

メグリ
今宵の月は綺麗ですか?
───それは、どのような月ですか?

霽月
……なんて答えたらいいの?

メグリ
ごめんなさい。
困らせてしまいましたね。

メグリ
……わたくしと弟は、夜空に浮かぶ月が大好きだったんです。

メグリ
幼い頃は、夜になると窓を開けて夜風に当たりながら月を見ていたのですが───

メグリ
弟もすっかり大きくなった今では、もう昔のように月を眺めることはなくなりましたね。

メグリ
強いて言うなら、夜に家の窓を開けるくらいでしょうか。

メグリは空を見上げながら独り言のように呟く。
閉ざされた瞼の奥にあるはずの彼女の瞳は、何も映していない。
霽月
あんた、弟思いなんだね。

メグリ
ありがとうございます。

霽月
(───ん?
何だろう、この気持ち……)

霽月
(どこか懐かしいような……)

霽月
……?

霽月
……どうしてだろう。
あんた達を見てると、懐かしい気持ちになる。

メグリ
おや……何かあったのですか?

霽月
それが分からないんだ。
あたし、実は記憶喪失で……。

メグリ
おや、記憶喪失───……。

メグリ
それは辛いですね。

霽月
あたしは辛くないよ。
何も覚えてないんだし。

霽月
この診療所に来て少し経ったけど、記憶を思い出すヒントになるようなものは無いし……。

メグリ
そうですか……。

霽月
あんたは辛くないの? ある日突然、今まで見れていたものが見られなくなったんでしょ?

メグリ
わたくしですか?
わたくしは、そうですね───

メグリ
……確かに辛かったです。
視力を失ったばかりの頃は大変でしたし。

『お姉ちゃん、どうして……。
……ううん、僕が助けるから───!』
メグリ
───ですが、視界に入ることだけが大切だという訳ではないと気付いたんです。

霽月
どういうこと?

メグリ
分かりやすいもので言うと聴覚ですね。

メグリ
わたくしは、視力を失ってから耳から入る情報を頼りに生きてきました。

『お姉ちゃん、大丈夫?
……その荷物、僕が持つよ。』
メグリ
すると、気付くんです。
何年も一緒に居ると、その人の成長が声だけでも分かるということが。

『姉さん、おはよう。
体調は大丈夫? 不調があったりしない?』
霽月
声だけで分かる?

霽月
……リアムは変声期なの?
リアムってあたしが想像してる年齢よりいくつか若かったりする?

メグリ
いいえ。そういう訳ではありません。

メグリ
……例えば、辛いことや苦しいことを乗り越えた人の声は、それを乗り越える前よりも少し力強くなっているんです。

メグリ
悲しいことがあった人の声は寂しく、
楽しいことがあった人の声は楽しそう……。

メグリ
そういったものを、わたくしは声で感じ取ることが出来ます。

霽月
なんか凄いんだね。

メグリ
特技、と言えるほどのものでもないのですが。

メグリ
ただ、わたくしはそれにより───

霽月
……は、何?

メグリ
この音は……?

ゲントウ
……何だ、あの時居た金髪のガキか。

霽月
あんた……ゲントウ……!

霽月の目線の先には、暗闇の中で
1人立っているゲントウの姿だった。
ゲントウ
そこの緑髪の女と楽しくおしゃべりか。

ゲントウ
こんな所でうつつを抜かしている余裕があるのか?

霽月
それってどういう───

ゲントウ
さてな。
ま、面白いことになってるんじゃねぇか?

霽月
何が言いたいの?
態々あたし達に何を伝えに来た?

ゲントウ
オレ達のことは詮索しても無駄だと伝えに来た。

ゲントウ
お前達のような面倒な奴らに割いている時間などオレにはないからな。

ゲントウ
これ以上オレの手を煩わせないでくれ。

霽月
そんなことを態々忠告しに来たの?

霽月
あたし達に割いている時間は無いとか言うくせに、随分呑気なんだね。

ゲントウ
あぁ、それともう1つ。

ゲントウ
オレ達の計画は最終段階だ。
これから、なにか楽しいことが起きるかもな?

ゲントウ
せいぜいその時を楽しみにしていろよ〜。

霽月
何なのあの男……。

メグリ
先程の方は一体?

霽月
ゲントウっていう奴なんだけど……。
所謂狂った研究者だね。

メグリ
研究者……。
なるほど、彼がですか。

霽月
そうなの。
たまに目の前に現れてくるんだ。

イザヤ
───おい、霽月! 大変だ!

霽月
うわっ、何?

イザヤ
魔物が集落を襲ってきたんだ。
早く診療所の中に隠れろ!
