一ノ瀬
嫌いじゃないんです…
彼の言葉一つ一つに今までの重りがくっついているのを感じる。
一ノ瀬
暴力もない…けど
勉強だけ…勉強だけが
苦しいんです。
勉強だけ、まるで他は幸せであるように。
一ノ瀬
平日でも最低5時間…
多くて10時間…ほぼ毎日
耐えてきました…けど…
もう…限界なんです……
彼の想像以上の苦労に憤りを隠せなかった。
彼の母親は何を考えているのだろうか
黄野
一ノ瀬
黄野
一ノ瀬
黄野
してるのか
一ノ瀬
怒られちゃう…
彼の声が小さくなっていく。
黄野
の中、何か言ってたか。
まさか…この自習道具も
母親が持ってきたんじゃ
ないだろうな?
一ノ瀬
黄野
自分の子供にここまでする親は初めて見た。本当に死んでしまう。
……変えなければいけない
黄野
一ノ瀬
黄野
一ノ瀬
黄野
頭に入らなくなっていくからな。
効率が悪いんだ。
一ノ瀬
黄野
でも、それは母親に強要されていた
んだろ?
一ノ瀬
黄野
そう言って頭を撫でる。
一ノ瀬
黄野
やるなんてつまらないだろ。
勉強をするななんて言わない。
楽しいこと見つけよう?
一ノ瀬
黄野
受験終わってからでもいい。
少しくらい羽伸ばそうな
一ノ瀬
彼の目からは無数の水滴が落ちる。
これが今まで貯めてきた辛さの半分以下であることは容易に理解できる。
黄野
今のお前なら行ける。
沢山知識を費やしたんだろう?
もしお前が受かったのならお前の
お願いひとつだけ聞いてやるよ
一ノ瀬
黄野
強い。それは今までの成績を見たら
分かるはずだ。
一ノ瀬
黄野
お前の母親と話をしたい。
明日は学校来れないだろうから
その日の放課後、お前の母親と
話をする。
一ノ瀬
言われるかも…しれません
黄野
一ノ瀬
黄野
一ノ瀬
多分お家……です
黄野
一ノ瀬
黄野
いずれにせよ俺にはお前を休ませて
あげられるような権力はない。
もし明日来たとしてもお前の母親
とは話をする。いいな。
一ノ瀬
黄野
一ノ瀬
ごめんなさい…っ、
再び、呻き声をあげて 泣く彼
黄野
空いてるか?
一ノ瀬
紫稲
黄野
紫稲
一ノ瀬
紫稲
一ノ瀬
紫稲
一ノ瀬
紫稲
関してだ。
彼らの会話を横目に検査結果を眺めていた。
…にしてもほんとに低いな
黄野
そろそろ。ゆっくり休んでくれ
一ノ瀬
黄野
その言葉を後に 病室を出る
黄野
紫稲
黄野
紫稲
黄野
廊下に響く2人分の足音
黄野
紫稲
クラスの皆は一ノ瀬がいないことにびっくりしていた。
村上
井上
みんなが心配する反面 俺はほっとしていた。
黄野
…良かった…
黄野
肺に空気を入れて 大きな声で言った。
一日が終わり
俺にとって今日最大の難所
けれど、その前にひとつ。
黄野
中山
プロテインをシャカシャカやっている 体育館の先生に声をかける。
黄野
どちらにいるかご存知ですか?
中山
保護者と話してましたよ?
黄野
佐々木
一ノ瀬さんじゃないですか?…と
横から失礼しました。
黄野
佐々木
中山
佐々木
中山
佐々木
中山
多分!絶対!おそらく!
でも5組で話してましたね!
分かりません!
佐々木
アヒルもにっこりですね…って
黄野先生いなくなってる…
中山
佐々木
一ノ瀬
廊下の奥、彼らがいた。
一ノ瀬の母
黄野
一ノ瀬の母
すみませんでした…秀太が
ご迷惑をおかけしたみたいで…
黄野
"ご迷惑"……?
それは貴様のせいでは無いのか、 そんな思いを殺して平然を装う。
黄野
それでは教室に。
一ノ瀬の母
紫稲
一ノ瀬の母
一ノ瀬
彼が唐突にスマイルを呼び止める。
黄野
紫稲
一ノ瀬の母
一ノ瀬
一ノ瀬の母
黄野
一ノ瀬
紫稲
彼がこちらを見る。
1つ、頷けば
紫稲
お母さんや黄野先生は。
黄野
そして、3つ視線を母親に。
一ノ瀬の母
いいんじゃない。
一ノ瀬
明らかに嫌そうな顔をする母親。
紫稲
彼は、その顔を見逃さなかった。
4つの机を2.2で分けて対面式にして座る。
黄野
いただきますね。
一ノ瀬の母
黄野
体調大丈夫か?
一ノ瀬
黄野
幼い彼の目をじっと見る
黄野
授業中にウトウトすることが
多くて。
一ノ瀬の母
きっと自分の息子を睨む母親。
一ノ瀬
黄野
お聞きしたいんですけど…
習い事とかってされてます?
一ノ瀬の母
黄野
一ノ瀬の母
平日はだいたい6か7時間
くらいですかね。
黄野
睡眠時間は?
一ノ瀬の母
秀太に尋ねると
一ノ瀬
一ノ瀬の母
一ノ瀬
一ノ瀬の母
黄野
紫稲
目の前の母親は何を思っているのか
黄野
彼くらいの年齢の生徒の
睡眠時間の平均いくつくらいか
ご存知ですか?
一ノ瀬の母
黄野
いいんですよ。
一ノ瀬の母
黄野
ということになります
一ノ瀬の母
彼女からの言葉を待つ。
けれどでてきた言葉は
一ノ瀬の母
黄野
一ノ瀬の母
それで、の3文字だった。
普通もっと寝かせなきゃとか 焦りを見せてもおかしくないと思うのに。
黄野
彼は倒れたんですよ。昨日。
一ノ瀬の母
黄野
一ノ瀬の母
黄野
明らかにおかしい。
なぜだ?
黄野
「貴方は息子さんを何だと思っていますか?」
一ノ瀬の母
黄野
休ませないで成績を責めるのは
如何なものかと思いますよ。
一ノ瀬の母
黄野
第1に考えるべきだと
思いますが…お父さんは何か
言わないんですか?
一ノ瀬の母
口出ししません。
黄野
先程から彼はボールペンを指導計画帳に叩きつけている。
ずっと怒りを押えているように。
黄野
無理させすぎです。
一ノ瀬の母
彼女の隣の生徒はとても悲しそうにその話を聞いている。
黄野
体ができていないんですよ?
今無理して体の重要な部分が
壊れたりしたら将来はないんですよ?
一ノ瀬の母
母親は私!私が全て決めるんです
黄野
貴方が産んだとしても…
彼は彼自身のものだ。
おーおー…ヒートアップしてきたな
一ノ瀬の母
あんたはただ勉強を
教えればいいの!
…?
黄野
本人の命を守るためなら親
であろうと私は正しいことを
申し上げるまでです
母親の手がバッグに突っ込まれてガサガサといっている。
隙間から見えた輝かしいもの。
紫稲
…包丁か
だから3人きりにさせないように
一ノ瀬
お前は俺を呼び止めたんだな
彼を見れば俺の視線の行方に気づいていたのか申し訳なさそうに下を向く。
俺が気づいていることにも 気づいたのか?
紫稲
一ノ瀬の母
将来いい大人になって欲しいの!
紫稲
俺自身の言葉に2人が黙り込む。
黄野
一ノ瀬の母
一ノ瀬
紫稲
一ノ瀬
黄野の隣に行くよう促す。
もう彼女の手には包丁が握られていて いつ刺されてもおかしくない。
ならば、先手必勝。
黄野
一ノ瀬の母
生徒が座っていた椅子の近くに周り座っている彼女の右腕を高く振り上げて。
一ノ瀬の母
黄野
肘の間接を反対の方へ力を加えれば
一ノ瀬の母
黄野
銀色の刃は彼女の腕から落ちていった。
全く気づかなかった。
黄野
かわいた音がカランとなる。
一ノ瀬
紫稲
床には輝く調理用の包丁。
一ノ瀬の母
秀太は…秀太は私のものよ…!!!!
黄野
紫稲
彼女が彼に殴りかかった時、彼は避けた。
その瞬間によろめいた彼を通り過ぎ
素早く拾った母親は
その包丁を彼に向けて伸ばした。
紫稲
黄野
幸い、彼は母親が刺そうとしていたことに気づいていたらしく、包丁は紫稲の左の腹を傷つけただけで済んでいた。
一ノ瀬
黄野
怒りに身を任せて 机を母親に投付ける。
相手は包丁を持ってるとは言えど女性なので簡単に潰れる。
二つ、三つと机を投げてしまえば、机と机に挟まれて動けなくなっていた。
黄野
一ノ瀬
紫稲
一ノ瀬の母
行かないで…!!
動けない彼女は必死に生徒の名前を呼ぶも生徒は無視して走っていた。
血を流す彼の目の前にたち、母親を見据えた。
ずっと唸りながら腹を押えている。
紫稲
黄野
紫稲
一ノ瀬の母
母親はずっと彼の名前を呼んでいる。
黄野
あんなに苦しめていたのに 今更呼んだって…。
一ノ瀬
佐々木
中山
鈴木
中山
男性教員たちが母親を処理している間
一ノ瀬
俺のせいで…
紫稲に向かって謝り続けていた。
黄野
紫稲
俺を刺した…からこれで
警察行きだろうな。…警察の人に
今まであったこと話すんだぞ。
一ノ瀬
市川
かすった…?いや、この血の量で かすったは違うか… 抉ったの方が正しいか?
刺されたよりは少ないだろうけど かすったよりは多いよな。
紫稲
市川
紫稲
市川
紫稲
じゃないですか…それ
市川
痛いと思います
紫稲
放置してても大丈夫ですよ
注射も嫌がるガキみたいなやつなので 必死になにか訴えてる。その間にも血は流れている。
黄野
耳元で囁けば
紫稲
ピタリと大人しくなる。
市川
紫稲
黄野
一ノ瀬
一ノ瀬の母
一ノ瀬
黄野
教員たちが抑えている中、秀太の方を向き、名前を呼ぶ母親。
一ノ瀬
先生を傷つけて…
「お前なんか親じゃないッ!大っ嫌いだ!」
一ノ瀬の母
黄野
紫稲
一ノ瀬
一ノ瀬の母
一ノ瀬
黄野
一ノ瀬
一ノ瀬の母
そう言って大粒の涙を流し。
鈴木
警察
中山
警察
警察
数人の警察官が教室に駆けつけて動き始める。
警察
紫稲
スマイルはいや、大丈夫じゃないっすという感じを醸し出している。
ずっとワイシャツを握って 腹を抱え込んでいる。
黄野
紫稲
警察
そう言って去っていった。
紫稲
黄野
市川
変わりませんから逃げようなんて
考えないでくださいね!
紫稲
一ノ瀬
黄野
彼は連行される母親を見ていた。
紫稲
一ノ瀬
彼の声にハッとして目を向けた。
紫稲
市川
黄野
紫稲
一ノ瀬
彼は悲しそうに言った。
紫稲
黄野
警察
そう言ってスマイルの方を見る警察官
紫稲
警察
紫稲
少し声を大きくして言った。
警察
黄野
紫稲
その時に運良く机が引っかかって。
警察
一ノ瀬
証言した本人は床を見つめていた。
一ノ瀬
警察
警察
一ノ瀬
それを見つけた先生が助けて
くれたんです
2人の警官が顔を見合わせる。
黄野
嘘の証言は2人の正義の味方を 信じ込ませる。
しかしこれは立派な犯罪。
けど、俺も否定はしない。
警察
いらっしゃいましたよね?
黄野
警察
貴方が覚えていることに
間違っているところは
ありませんか?他に付け足しとか…
黄野
最初に彼が襲われて…
その後にこの子がって感じです
警察
黄野
警察
これで俺も犯罪者。
母親は秀太を殺そうとはしていない。けれど、もし釈放された時秀太は再び苦痛に呑まれる。
彼は施設で暮らすことになるだろう。
だから彼はこうして彼と母親を引き剥がすために証言をしたのだろう。
紫稲
黄野
市川
一ノ瀬
市川
血がこれ以上流れると…
救急隊員
黄野
救急隊員
救急隊員
近くのーー病院に搬送可能なので
そちらに
紫稲
救急隊員
彼は苦しそうな顔のまま 担架に乗せられて行った。
一ノ瀬
黄野
ーー病院に向かうよ。
警察
近くで見ていた警察官が一ノ瀬に言った。
一ノ瀬
警察
一ノ瀬
警察
1度警察署に…
一ノ瀬
警察
一ノ瀬
警察
一ノ瀬
行きたくて……
黄野
彼の言葉に説明を加える。
警察
一ノ瀬
誰かがけがするかもしれないと
わかってたのに…紫稲先生を
呼び止めて…それで…
彼の手が震える。
警察
黄野
一ノ瀬
黄野
警察
つかせてもらうけど大丈夫?
一ノ瀬
ワガママ言ってすみません…
警察
先生なんだよね?
一ノ瀬
警察
パトカーで行くことになるけど…
先生はどうされますか?
一緒に……
黄野
警察
大丈夫…ですよ
一ノ瀬
黄野
してないよ!?
一ノ瀬
黄野
事情…?
一ノ瀬
頭いいけど…こういうところは疎いんだよな…
俺が乗りたくないのは 俺の顔面のせいなんだよなぁ
黄野
警察
歪んでますけど
一ノ瀬
黄野
警察
一ノ瀬
黄野
一ノ瀬
でも…憎めない可愛さがあるんだよなぁ
黄野
一ノ瀬