アリス・ガードナーの出頭は、捜査本部に衝撃を与えた。
アリスは取調室に連れられるや否や、重々しい口調でこれまでの連続殺人事件が、
尋問はフランクリン警部が引き受けるつもりだったが、
フランクリン
この事件はお前に一任したようなものだからな

フランクリン
お前が話す方がいいだろう

ヴィクター
分かりました

ヴィクターは頷くと、アリスのいる取調室へと入った。
アリスは古希を目前に控えているが、年の割には艶やかな肌をしており、
対面した当初と変わらず高貴な雰囲気を漂わせていた。
が、目だけは彼女に相応しくないぐらい沈んでいるのにヴィクターは気付いた。
ヴィクター

ヴィクター
22年前に亡くなったエレノア・クルーズはあなたの実の娘さんですね

アリスは最初ハッと驚いた顔をしたが、やがて苦笑いを浮かべた。
アリス
刑事さんはそこまで調べられたのですね

ヴィクター
時間は掛かりましたがね

アリス

アリス
では、私がどういう理由で

アリス
あの事件を引き起こしたのかも既にご存知なんですね?

ヴィクター
エレノアさんを死に追いやったメアリーたちへの復讐ですね

ヴィクター
ということは、あれはやはり自殺ではなく殺人だったんですか?

その頷き方に少し違和感を覚えたが、ヴィクターはそのまま質問を続けた。
ヴィクター
表向きは彼女が窓から飛び降りたとありますが

ヴィクター
本当はなにが起こったんですか?

アリス

アリス
エレノアは私の娘でもありましたが

アリス
「ローズ」では生徒の1人でした

アリス
高校を進学する際、夫のウィリアムがかつて校内で起きたいざこざを心配して

アリス
エレノアが娘だというのを隠して入学を認めました

ヴィクター
その話も耳に入っています

ヴィクター
別の教師が生徒以上に自分の子どもに肩入れしたことで

ヴィクター
保護者から差別だ、と苦情を受けたんですね

アリス
それもあって、ウィリアムはエレノアの入学を認めはしましたが

アリス
あくまで校内では生徒と教師の関係でいるんだと強く言っていたのを覚えています

アリス
私も過去の問題も含めてそれが賢明だと思ったし

アリス
エレノアが楽しい高校生活を全うする上でも大切なことだと思っていました

アリス
…けれど

アリス
高校入学から半年後にエレノアが「ローズ」に通いたいと言い出しました

アリス
私は希望通りエレノアを通わせましたが…

ヴィクター
ジェシカたちにいじめの対象にされたわけですか

アリス
そのいじめに遭った原因が私にもあるんです

ヴィクター

ヴィクター
話の流れから察すると

ヴィクター
当時、指導されていたあなたの娘が習っているということで

ヴィクター
娘さんが特別視された立場だとジェシカたちが勝手に認識したんですね?

アリス
バカですよね

アリス
夫は高校での問題を心配してお互いの関係を隠した上で入学を認めたのに

アリス
そのときの私ときたらエレノアの本心が嬉しくて舞い上がってたのか

アリス
他の生徒たちに嬉しそうに自分の娘だと

アリス
紹介してしまったんですから

ヴィクター

ヴィクター
あなたは警察の自殺という結論に不満は抱かれなかったのですか?

ヴィクターは室内横のマジックミラーをチラッと一瞥した。
アリス
勿論、抱きました

アリス
なにせエレノアは教習を志願していたんです

アリス
練習の過酷さに嫌気が差したとは思えないし

アリス
もしそうなら迷わず私にそのことを言うはずでしたから

アリス
だからと言って、教え子が娘を窓から突き落としたとも考えたくはありませんでした

アリス
私にとって、生徒は自分の子ども同然でした

アリス
ですので、あのときは自殺は認められなかったにしても

アリス
生徒たちに疑惑を抱くなんてことは出来ませんでした

アリス
それは22年経った今でも同じです

ヴィクター
しかし、実際はその生徒たちが共謀し窓から突き落としたんですね

アリス
私にとっては残酷な運命の始まりだったのかもしれません

アリス
エレノアの高校進学が決まったと同時にウィリアムが交通事故で亡くなり

アリス
精神的に追い詰められ姓まで変えた娘の希望に沿って「ローズ」に迎えたものの

アリス
そこでも最愛の娘を失うことになってしまったんですから…

アリス
半年ほど前、事務所にいる私の所に

アリス
妙な男が現れたんです

アリス
とても印象が悪くて見ていた生徒たちも怯えていたので

アリス
警察を呼ぼうとしたんです

アリス
でも、その男からいきなり言われた言葉で手が止まりました

アリス
「22年前の女子生徒の自殺騒ぎだが

アリス
本当は殺されたらしい」と

アリス
無論、そんな男の話など聞く必要もないと追い返そうとしたんですが

アリス
続けて男はこう言ったんです

アリス
「俺の彼女が昔のここの生徒で

アリス
どうやらその女がエレノアの死に関わってるらしいんだ」と

ヴィクター
(ネルソンだな)

ヴィクターは取調室にてネルソンが言った言葉を思い返した。
「エレノアの自殺騒ぎが起きたが、口外しないでくれと頼まれた」
ヴィクター
(口外しないでくれと頼まれた、つまり本当は自殺じゃなく他殺なのだと解釈した)

ヴィクター
(それで独自に調べ、当時指導してたアリスの所に来たってわけか)

ヴィクター

ヴィクター
それで話を聞くことにしたんですね

アリス
嘘を吐く理由もないと思ったし

アリス
詳しく聞かせてほしいとこちらからお願いしました

ヴィクター
あなたに会いに来た男も殺されたんですが

ヴィクター
それもあなたが手を?

アリス
その通りです

アリス
22年前の真相を打ち明けた私が

アリス
エレノアの復讐に次々と教え子を殺したんだと気付き

アリス
脅迫をしてきたのでやむを得ず…

ヴィクター

ヴィクター
で、その男の口から事件の真相を知った

アリス
エレノアは窓から自ら飛び降りたのではなく

アリス
ジェシカの指示で窓の前にエレノアを立たせ

アリス
背後から勢いよく押したんだと聞きました

ヴィクター
動機はやはりあなたの子どもだったから、ですか?

アリス
それについてはあの男も知らないと言っていましたが

アリス
とにかくエレノアは自殺をしたんじゃないという安心感と同時に

アリス
初めて教え子に対する激しい憎悪が私の心を支配したのです

アリス
計画を立て、実行に移すときはとにかく無我夢中で

アリス
殺すときは昔の教え子だという認識は一切持ちませんでした

アリス
ただひたすら、娘の命を奪った憎い人間だということだけを頭に入れていました

アリスは全てを話し終えたように俯いてしまったが、ヴィクターにはどうしても聞きたいことがあった。
ヴィクター
腕は何故切断したんです?

ヴィクター
そして現場に遺されていた一輪の薔薇

ヴィクター
あれはなにを意味しているんですか?

アリス

アリス
実は私にも分からないんです

ヴィクター
分からない?

ヴィクターが眉を潜めると、アリスは申し訳なさそうに頭を下げ始めた。
アリス
娘の仇を打つとはいえ、内心ではかなり動揺していたのかもしれません

アリス
それで、自分でも考え付かない行動を起こしたんじゃないかと…

ヴィクター
薔薇についてはどうです?

アリス
それについても詳しい理由が思い浮かばないんですが

アリス
恐らく警察に対するかすかな抗議だったのかもしれません

アリス
エレノアを死を自殺と導いた捜査をした警察に対するわずかな抗議のつもりで

アリス
無意識に置いたのかもしれません

そういうと、またしてもアリスはこれ以上はもう…という風に口を閉ざした。
ヴィクター
(なにかおかしい)

ヴィクターは挙動不審なアリスの様子を見ながらそう思った。