語り手
爺さんは、肩にかけた箱の中から真鍮で製(こし)らえた飴屋の笛を出した。
爺さん
今にその手拭が蛇になるから、見ておろう
爺さん
見ておろう
語り手
と繰返して云った。
語り手
子供は一生懸命に手拭を見ていた
語り手
自分も見ていた。
爺さん
見ておろう、見ておろう、好いか
語り手
と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。
語り手
自分は手拭ばかり見ていた。
語り手
けれども手拭はいっこう動かなかった。
語り手
爺さんは笛をぴいぴい吹いた。
語り手
そうして輪の上を何遍も廻った。
語り手
草鞋を爪立てるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。
語り手
怖そうにも見えた。
語り手
面白そうにもあった。
語り手
やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。
語り手
そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、
語り手
手拭の首を、ちょいと撮(つま)んで、ぽっと放り込んだ。
爺さん
こうしておくと、箱の中で蛇になる。
爺さん
今に見せてやる。
爺さん
今に見せてやる
語り手
と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。
語り手
柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。
語り手
自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでも追(つ)いて行った。
語り手
爺さんは時々
爺さん
今になる
語り手
と云ったり、
爺さん
蛇になる
語り手
と云ったりして歩いて行く。しまいには、
爺さん
今になる、蛇になる、
爺さん
きっとなる、笛が鳴る、
語り手
と唄いながら、
語り手
とうとう河の岸へ出た。
語り手
橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、
語り手
爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。
語り手
始めは膝くらいの深さであったが、
語り手
だんだん腰から、胸の方まで水に浸って見えなくなる。
語り手
それでも爺さんは
爺さん
深くなる、夜になる、
爺さん
真直になる
語り手
と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。
語り手
そうして髯も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。
語り手
自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、
語り手
蘆(あし)の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。
語り手
けれども爺さんは、
語り手
とうとう上がって来なかった。
終り






