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瀬崎徹
瀬崎徹
バスのステップを降りた瞬間、激しい雨粒が容赦なく顔を打ち付けた。視界は白い霧と雨に遮られ、数メートル先ですら霞んでいる。
先行したはずのクラスメイトたちの背中は、影も形も見当たらない。俺が傘を探してもたついている間に、彼らはもう闇の向こうへ消えてしまったらしい。
瀬崎徹
焦りが首筋を這い上がったその時、雨のカーテンを割って担任の吉原がぬっと現れた。
吉原先生
瀬崎徹
吉原先生
吉原は苛立たしげに手招きをする。
俺は振り返り、まだバスの中に残っている月村に声をかけるため、少しだけドアを開けた。
瀬崎徹
月村冬美
相変わらずの素っ気ない返事だ。だが、これ以上構っている時間はない。
俺は泥濘んだ地面を踏みしめて走り出した。
吉原先生
雨音に負けないよう、吉原が声を張り上げる。
吉原先生
その時、背後からバシャバシャと水たまりを蹴る音がして、月村が駆け寄ってきた。
月村冬美
吉原先生
吉原が呆れたようにため息をつき、再び歩き出す。
俺は少し歩調を緩めて、隣に並んだ月村の様子をうかがった。
瀬崎徹
月村冬美
瀬崎徹
言葉を濁して前を向く。この様子じゃ、特に変わったことはなさそうだ。ただ機嫌が悪いだけか。
そうして数分ほど歩いた先に、霧の中からぼんやりと大きな建物が浮かび上がった。
村の会合所――そう聞いていたが、想像していたよりもずっと立派で、そして古めかしい木造建築だった。
吉原先生
軒下に入り、傘を畳みながら吉原が周囲を見回す。
遠藤
吉原先生
現れたのは、質素な服に身を包んだ中年の男だった。人好きのしそうな笑みを浮かべている。
遠藤
吉原先生
吉原の声が弾む。生徒たちの安全が確保できたことで、張り詰めていた糸が切れたようだ。
遠藤
吉原先生
遠藤
男は軽く会釈をすると建物の奥へと消えていった。
瀬崎徹
吉原先生
吉原は心底ほっとした様子で雨水が混じった額の汗を拭った。
吉原先生
瀬崎徹
吉原に見送られ、俺は会合所の中へと足を運んだ。
瀬崎徹
廊下は薄暗く、歩くたびに床板が軋んだ音を立てる。古い建物特有の埃と湿気が混じったような匂いがした。
瀬崎徹
月村冬美
ふと気配を感じて横を見ると、月村が無言で横を通り過ぎようとしていた。
瀬崎徹
月村冬美
俺の言葉を遮り、彼女はそれだけ言い捨てて右側の廊下へと消えていった。
瀬崎徹
取り付く島もないとはこのことか。
瀬崎徹
薄暗い廊下を歩いていると、板張りの床が軋む音に混じって場違いなほど下品な笑い声が耳に飛び込んできた。
瀬崎徹
声の主は俺の割り当てられた部屋の、すぐ隣からだった。
襖が少しだけ開いているため中の様子が隙間から垣間見えた。俺は何気なく、その光景を視界の端に捉えた。
新堂章吾
ケタケタと耳障りな笑い声を上げているのは、金髪の新堂章吾(しんどう しょうご)だ。
浅木の威光を笠に着て、虎の威を借る狐を地で行く男。常に誰かを見下していないと気が済まないその性根は、ある意味でこのグループの中で一番腐っているかもしれない。
江藤雄介
ニヤリと口の端を歪めて提案しているのは、頭にバンダナを巻いた江藤雄介(えとう ゆうすけ)だ。
陰湿なイジメのアイデアを出すのは大抵こいつだ。実行犯が浅木なら、こいつは脚本家といったところか。俺は密かにこいつを『バンダナクソ野郎』と呼んで軽蔑している。
浅木豊
部屋の中央でふんぞり返っている赤髪の男、浅木豊が気だるげに答える。
その存在感は圧倒的で、クラスのカーストの頂点に君臨する不良だ。彼と同じ空気を吸うだけで、誰もが萎縮してしまう。
そして、その視線の先には――。
細波将太
部屋の隅で小さくなっている、青髪の細波将太の姿があった。
彼は小刻みに震えながら、視線を床に落としている。気弱で、自分の意見を主張できない性格が災いし、現在は浅木たちの格好の玩具にされていた。
部屋にいる他の男子生徒たちも同様だ。誰もが「なんで浅木たちと同じ部屋になっちまったんだ」と言わんばかりの絶望的な表情で、貝のように押し黙っている。空気は最悪に澱んでいた。
瀬崎徹
俺は心の中で短く祈り、すぐに興味を失ったように視線を外した。
関われば巻き込まれる。それはこのクラスの鉄則だ。
俺は聞かなかったことにして、自分に割り振られた部屋の襖に手を掛けた。
高島隼人
部屋に入るなり、高島が呆れたように声をかけてきた。彼はすでに荷解きを終え、畳の上でくつろいでいる。
瀬崎徹
高島隼人
瀬崎徹
悪気のない軽口だとわかっていても、雨と寒さでささくれ立った神経には障る。俺がムッとした表情を見せると、高島は慌てて手を振った。
高島隼人
瀬崎徹
高島隼人
瀬崎徹
俺はバッグから着替えを取り出し、重く張り付く制服を脱ぎ捨てた。
乾いた布の感触に安堵するものの、体の芯まで染み込んだ冷気はなかなか抜けない。
瀬崎徹
高島隼人
瀬崎徹
タオルで頭を拭きながらため息をつく。
修学旅行の夜といえば大浴場での馬鹿騒ぎが定番だというのに、現実は薄暗い古民家での缶詰生活だ。
高島隼人
高島も天井を仰いで同意するが、すぐに何かを思い出したように顔をしかめた。
高島隼人
瀬崎徹
高島隼人
高島はあっさりと諦めて寝転がった。その能天気さが少し羨ましい。
メガネ
瀬崎徹
不意に、部屋の隅から粘着質な笑い声が聞こえた。そこには、分厚い眼鏡をかけた小柄な男子生徒が座っていた。
クラスでもあまり目立たない、いわゆる「陰キャ」グループの一人だ。
瀬崎徹
メガネ
眼鏡の生徒は、手にした薄汚れたノートを掲げてみせた。
瀬崎徹
メガネ
彼は勿体ぶった仕草で、そのノートを俺に差し出した。正直いらないが、断るのも面倒だ。俺は渋々それを受け取った。
瀬崎徹
メガネ
瀬崎徹
メガネ
彼は人差し指を立てて、さらに付け加えた。
メガネ
瀬崎徹
メガネ
こいつ、こんなやつだったのか。初めて知った……。
瀬崎徹
俺は手元のノートに視線を落とした。表紙には何も書かれていない。
パラリ、とページをめくる。
そこにはクラスメイトの名前と共に、性格や趣味、簡易的な人間関係の相関図などがびっしりと書き込まれていた。
内容は偏見に満ちているものの、観察眼だけは確かで、気持ち悪いほどに的確だった。
高島の「事なかれ主義で平穏な生活ができればそれでいいと思ってそう」という記述には、妙に納得させられる。
瀬崎徹
あるページで、俺の手が止まった。月村冬美のページだ。
『月村冬美:無口、協調性皆無。だがそこが良い。推定スリーサイズ……』
スリーサイズも書かれてるだと!?しかもただの数字じゃない。服の上から目視で計測したような、生々しい分析メモまで添えられている。
瀬崎徹
ビリッ!!
俺は迷わず、月村のページを根元から引きちぎった。そして破り取った紙をくしゃくしゃに丸め、ポケットにねじ込む。
メガネ
メガネが怪訝な顔をしたが、俺は無視してノートを閉じた。
瀬崎徹
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