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主
主
主
主
雨の降る夜だった
窓ガラスを叩く雨音を聞きながら ないこはコンビニの冷えた弁当を適当に口へ運ぶ
時刻は深夜二時
社会人になって三年
上司に頭を下げて、取引先に笑顔を貼りつけ 数字に追われ続ける毎日
帰宅する頃にはいつも心が擦り切れていた
何のために生きているのか 分からなくなる夜も多かった
それでも歌だけはやめられなかった
机の上に置いた安いマイク
ノイズ混じりのイヤホン
狭いワンルームで小さな声で歌う時間だけが 自分に戻れる気がした
その日も録音を終えたあと 何となく動画サイトを眺めていた
おすすめ欄
聞いたこともない名前
歌ってみたの再生数は少ない
サムネイルも地味
でも、なぜか指が止まった
再生ボタンを押した瞬間に世界が変わった
流れてきた声は綺麗だった
いや正確には綺麗じゃないのに目が離せなかった
低くて
少し荒くて
どこか投げやりで
でも、その奥にどうしようもなく 苦しそうな感情が混ざっていた
まるで誰にも助けを求められない人の歌だった
ないこ
息が止まる
動画が終わっても ないこはしばらく動けなかった
胸の奥が熱い
心臓がうるさい
人生で初めてだった この人を放っておけないと思ったのは
ないこ
気づけば彼のDM画面を開いていた
送信を押した瞬間に我に返る
ないこ
勢いだけで送ってしまった
返信なんて来るはずない
そう思っていたのに
翌朝
会社のトイレでスマホを開いたないこは 思わず声を漏らしそうになった
たった一文だけ返信が来ていた
なのに、それだけで世界が明るく見えた
当時のifは普通の会社員だった
朝起きて、働いて、帰宅して
眠気と戦いながら録音する毎日
一方でないこも同じだった
昼は会社で働き夜は配信
夢なんて簡単に叶うものじゃない
分かっていた
それでも
ないこ
深夜通話の向こうでないこは笑っていた
if
ないこ
if
呆れた声
でも通話は切られない
それが少し嬉しかった
ifは愛想が良いタイプじゃなかった
褒めても「ふーん」で終わる
疲れるとすぐ口数が減る
配信後は「寝る」と言って即落ちする
それでも、ないこは毎日通話を繋ぎたかった
ifの声を聞くと、不思議と頑張れたから
ある日
ないこ
if
ないこ
少しの沈黙
通話越しに、マイクを触る音がした
if
if
if
笑いながら言っていた
でも、その笑い方は少し寂しそうだった
ないこはその声が忘れられなかった
それから少ししてから仲間が増えた
りうら・ほとけ・初兎・悠佑
六人で始めた活動は少しずつ形になっていった
最初は小さな通話グループだった
夜になると誰かが通話を開き そこに全員が集まる
りうら
りうら
初兎
りうら
悠佑
if
ないこ
if
if
他愛もない会話
でも、その時間が好きだった
現実の苦しさを少しだけ忘れられるから
録音中も騒がしかった
りうら
if
hotoke
if
ないこ
if
照れ隠しみたいに返すifを見ながら ないこは静かに笑っていた
こういう時間がずっと続けばいいと思っていた
初めてのグループ配信
オリジナル曲
小さなライブ
コメント欄に流れる“好き”の文字
全部が新鮮だった
ないこ
ないこ
if
りうら
if
hotoke
if
笑い声が重なる
楽しかった
本当に
でも、人気が出るほど ないこは眠れなくなっていった
登録者が増える
ライブ会場が大きくなる
案件が増える
世間から“期待”される
嬉しいはずなのに怖かった
失敗したらどうしよう
自分のせいで メンバーの未来を壊したらどうしよう
そんな考えが頭から離れなくなっていた
グループ結成から二年後
あの頃とは少しだけ環境が変わっていた
ほとけと初兎と悠佑は歌い手活動一本で 生活するようになり 配信や収録で忙しくなっていた
りうらは大学生になり 講義終わりに 眠そうな声で通話へ入ってくることが増えた
りうら
りうら
hotoke
初兎
りうら
変わっていく環境
大人になっていく生活
それでも、夜になれば 自然と通話に集まる空気だけは変わらなかった
ないこは事務所を立ち上げ、社長になった
周囲は祝福した
すごい
かっこいい
夢を叶えた
そう言われた
でも実際は地獄みたいに忙しかった
案件管理
ライブ制作
メンバーのスケジュール調整
企業対応
炎上対策
数字
責任
毎日毎日、“失敗できない”が積み重なっていく
誰かが傷つけば自分の責任
メンバーが苦しめば自分の責任
夜中まで仕事をしても終わらない
それでも笑っていなければならなかった
社長だから
リーダーだから
ある日の会議後
メンバーが帰ったあとも ないこは一人残っていた
パソコンの画面には未返信メールが並んでいる
頭痛が酷い
目も霞む
でも止まれない
止まった瞬間に全部崩れる気がした
そんな時スマホが震えた
短いメッセージ
それだけで、少しだけ息が楽になる
図星だった
返事が止まる
数秒後
着信画面が表示される
if
ないこ
if
ないこ
if
低い声
怒っているのが分かる
でも、その奥に心配が混ざっていることを ないこは知っていた
ないこ
if
ないこ
沈黙
キーボードを打つ音だけが響く
その時
if
ないこ
if
if
ないこ
if
強い声だった
if
その言葉に、ないこは何も返せなかった
ただ、少しだけ泣きそうになった
昔、自分には価値がないと思っていた
でも今は “倒れたら困る”と言ってくれる人がいる
それだけで、生きていていい気がした
けれどないこは止まれなかった
ライブ前になれば仕事は増える
睡眠時間は削られていく
それでも、ないこは笑っていた
メンバーの前では社長だからと言いながら
そんなある日
久しぶりのオフの日だった
ファミレスにメンバー全員で集まっていた
昔みたいに他愛もない話をしていたはずなのに ないこだけスマホを見続けていた
りうら
ないこ
悠佑
hotoke
ないこ
笑って返す
けれど、その笑顔が無理をしていることくらい 皆分かっていた
ifは黙ったままドリンクを飲んでいた
そして店を出たあとに二人きりになった
数日後
収録終わりのスタジオでifが机に台本を置いた
if
ないこ
if
ないこ
if
ないこ
if
空気が冷える
周囲のスタッフが息を呑んだ
ないこ
if
低い声
感情を押し殺した声だった
if
ないこ
if
そのままifはスタジオを出ていった
扉が閉まる音だけが響く
重い沈黙
りうら
hotoke
初兎
悠佑
優しい声だった
でも、その優しさすら、ないこには苦しかった
ないこ
その大丈夫がもう限界だった
静まり返る空間
ないこは何も言えなかった
図星だったから
成功するほど、人は離れていく
昔みたいに全員で笑う時間は減った
仕事の話ばかり増えた
社長という立場は便利だった
でも同時に対等を奪っていく
皆が気を遣うことが増えた気がする
空気を読む
距離ができる
ifだけは違った
普通に怒るし、普通に呆れる
だからこそ ないこはifに嫌われるのが怖かった
深夜
ないこ
窓ガラスに映る自分の顔はひどく疲れて見えた
その瞬間
急に息が苦しくなった
視界が揺れる
立ち上がろうとしても足に力が入らない
ないこ
床に崩れ落ちる
床に崩れ落ちるスマホが遠い
意識がぼやける
それでも最後に浮かんだのはifの顔だった
また怒られるなぁとぼんやり思った
次に目を開けた時に絶対機嫌悪いんだろうな
そんなことを考えながら ないこの意識はゆっくり途切れていった
そして大型ライブ一週間前
そして大型ライブ一週間前会議室には 重たい空気が流れていた
大量の資料
修正だらけの企画書
徹夜続きのメンバー
ないこ自身も、ほとんど寝れていなかった
それでも会議を止めなかった
社長だから
リーダーだから
全部、自分が回さなければならないと思っていた
そんな中だった
資料を説明していたないこが突然言葉を止めた
りうら
次の瞬間
身体が崩れ落ちた
hotoke
初兎
空気が凍る
その中で一番最初に動いたのはifだった
if
抱き起こした身体が異常なぐらい熱い
呼吸も浅い
最悪だった
if
怒鳴り声がスタジオに響く
ifの手が震えていた
怖かった
本当にこのまま消えてしまう気がして
病院は静かだった
病室にはりうら達の姿もあった
りうら
hotoke
初兎
悠佑
重たい空気
その中でifだけがずっと黙っていた
スマホを握る手が痛いほど強く力が入っている
ifはないこに怒っていた
そして止められなかった自分にも
点滴の音だけが響く個室
ないこが目を覚ました時 一番最初に見えたのはifだった
ソファに座って腕を組んでいる
明らかに機嫌が悪い
ないこ
if
ないこ
if
低い声
ないこは少しだけ笑った
でも
if
その声は震えていた
お前が潰れたら全部終わる立場やろ
if
ないこ
if
ifは俯く
拳を強く握りながら
if
その言葉にないこは目を見開いた
ifはいつも不器用だった
優しいくせに優しいと言われるのを嫌がる
誰かを救っても自覚がない
でも、その不器用さに何度も救われてきた
ないこ
if
ないこ
if
ないこ
if
ないこ
ifは眉を寄せる
照れ隠しみたいに視線を逸らしながら
if
if
if
違う
“隣にいてくれた”ことが救いだったのだ
数ヶ月後
ライブ当日
大歓声が会場を包んでいた
スポットライト
揺れるペンライト
ステージの中心で、メンバーが笑っている
夢みたいな景色だった
MC中
ないこは客席を見渡しながら小さく息を吸った
ないこ
会場が静かになる
ないこ
そう言いながら、ないこは隣を見る
ifは「何見てんねん」みたいな顔をしていた
でも、その顔を見るだけで安心する
ライブ終わり
誰もいなくなったステージ
照明も落ちた静かな空間でifが隣に座った
if
ないこ
if
ないこ
if
呆れた声
でも、その声はどこか優しかった
ないこは小さく笑う
人生は苦しい
失うものもある
成功するほど孤独になる
それでもこの人が隣にいる限り
まだ、頑張れる気がした
ステージライトの外側
誰も知らない場所で
二人は静かに笑い合った
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