「またチョコレートが届いてましたよ」
僕の1日は、律儀なお手伝いさんの声で始まる。
硬いベッドから体を起こし、ストーブの火を消して、埃臭い屋根裏から出る。
音を立てないように階段を降りて、リビングに出るとテーブルには綺麗にラッピングされたチョコレートが置いてある。
お手伝いさんを介して渡される、差出人不明のチョコレート。
それは今日まで1週間、送られてきた。
そして今日は
バレンタインデー
雪穂
1人の女性がリビングに来た。
名前の通り雪のように白い肌。腰まで伸びる長く艶やかな髪。この広い家に住むにふさわしい、絵画から抜け出たような美人。
長い睫(まつ)毛に縁どられた瞳と目があった。鼓動が大きくなった。
雪穂
月也
雪穂
お手伝いさん
雪穂
お手伝いさん
お手伝いさん
月也
お手伝いさん
月也
お手伝いさん
月也
雪穂
お手伝いさん
お手伝いさんは口元に手を当てると、そそくさと台所に消えた。
二人きりになった朝食の席で、鈴のような声が滑る
雪穂
雪穂
雪穂
雪穂
月也
資産家の令嬢、篠宮雪穂。 容姿端麗、頭脳明晰、品行方正
お義父さんが欲しかったのは、跡継ぎにふさわしすぎる彼女だけ。
彼女に劣る弟の僕はお義父さんにとっては邪魔者にすぎない。
あの手この手で僕が家を出て行くように仕向けて来た。
部屋は屋根裏にグレードダウン。体罰。等々…
だけど僕は出て行くつもりはない。出て行かない理由がある。
雪穂
月也
雪穂
ベッドに腰かける雪穂が妖しい笑みを向けてきた。隣に腰かける僕はその瞳をじっと見つめた。
月也
雪穂
雪穂
これを禁断のナントカと言うらしい。 この甘い秘密は誰にも邪魔させない。
階下から響くお手伝いさんの悲鳴が沈黙を切り裂いた。
何かあったのだろうか、とドアに視線を送ると雪穂が僕の肩に手を置いた。
雪穂
耳に雪穂の息がかかる。全身の毛が逆立った。
雪穂
お義父さんが病院に搬送された。
先程まで、雪穂からバレンタインのチョコレートを貰って上機嫌だった。
雪穂が病院に向かった後、僕は雪穂の部屋のゴミ箱から、中身のない乾燥剤を見つけた。
お菓子等に入っている「食べられません」のアレ。
基本、少量なら体内に入っても害はないが 雪穂のゴミ箱にあった乾燥剤は生石灰。
海苔や煎餅の湿り防止に使われるそれは、少量でも体内に入れれば口、喉、食道が火傷を起こし物を飲み込むことが困難になる。
月也
笑みがこぼれた
姉の雪穂と弟の月也の関係は、幼い時から気づいていた。 私は蚊帳の外になる時が多かった。
だから私は月也が嫌い
私より遅く生まれたくせに、私よりお姉ちゃんを独占するなんて許せない。 私の大好きなお姉ちゃんを。
あれは私が中学生になって初めての冬。たぶんバレンタインの日だった。
資産家の父の財産を乗っ取った母は、用済みの父を家から追い出した。
その際に来た新しいお父さん__いや、お義父さんは完璧超人なお姉ちゃんを大層気にいった。
財産を得た母は上機嫌で、私達姉弟に「今のお父さんと新しいお(義)父さん、どっちと暮らしたい?」と聞いた。
すかさずお義父さんが、「雪穂ちゃんは是非こちらで育てたいな。跡継ぎ候補は何人もいらない気がする。」
当然、月也は「雪穂お姉ちゃんが残るなら僕も残る」と言う。 話の流れ的に私が父と家を出ることになった。
ムカついた。悔しかった。 こんなにもお姉ちゃんが大好きなのに、どうして離ればなれにならなきゃいけないの
どうして月也ばかり…
だからお義父さんにこっそりと吹聴した。
「お姉ちゃんと月也っていつも一緒にいるんだよ。もう中学生なのに手なんか繋いじゃってるの」 「もしかして らぶらぶ なんじゃない?」
お義父さんが目の色を変えたのを見て、ほくそ笑んだ。
ざまあ見ろ。「いつも一緒」にはさせないから。黙って出て行ってやるかよ
そして5年の月日が流れる。
父はすっかり酒びたりになり、病院でお世話になることが増えて来た。 恐らくもう長くない。
だから今のうちに、お姉ちゃん達に取り入って同情を買ってあの家に戻る口実を作らなきゃ。
私はお姉ちゃんと、より密に連絡を取り始める。
雪穂
花菜
雪穂
雪穂
花菜
しめた。ここでアイツを退けたら、堂々とあの家に戻れるわ
花菜
花菜
花菜
花菜
雪穂
雪穂
計算外。あの日私が吹聴したことを真に受けて、そこまでやるなんて
ちょっと二人が一緒にいづらい空気を作ってくれたら、それでよかったのに。
これじゃ、あの家に首尾よく戻れるか怪しいわ。月也が私を恨んでるかもしれない。
私が吹聴したことを月也が知っていたら? 昔から変なところで感がいい人だから、あり得ないことじゃない。
なんとか月也の好感度を上げないと
そう言えば、あのビッグイベントのバレンタインまであと1週間。これを利用して__
世話焼きな姉を演じて、私は月也に1週間チョコを送り続けた。
そしてバレンタイン当日。 私は最後の仕上げにかかる_
花菜
花菜
花菜
月也
花菜
花菜
花菜
月也
花菜
やっぱりね。
この1週間チョコを送り続けて来たのは、全てこれを聞く環境をセッティングする為なんだろう
僕の真意を聞き出して、僕が今の状態になったのは自分のせいじゃないと確認する為
実に都合のいい
花菜お姉ちゃんが昔から僕を嫌っていたことも、お義父さんと初めて会った時に花菜お姉ちゃんが何か言ったこともわかっている。
月也
そんな見えすいた手には乗らない
僕も昔から花菜お姉ちゃんが嫌いだった
月也
花菜
月也
乾燥剤なんて、いくらでも手に入る
月也
コメント
8件
すごかったです! すいません語彙力がw
何に苦労したかって、3姉弟の名前ですよ。今回こだわらせて頂いたんですが、どうしても順番通りにならず…3姉弟の名前の頭文字を見て鼻で笑ってください😔 読んでくださりありがとうございます❗