ある日の昼休み。 咲は屋上へと続く階段の踊り場で、 クラスの男子と話をしていた。 特に親しいわけでもない その男子に呼び止められ、 「ちょっと話がある」と言われたのだ。
男子生徒
小堺さんってさ、さっぱりしてるよね。そういうとこ、正直好きかもって思ってたんだよね
不意の告白に、咲は戸惑った。 その男子とは、 ろくに話したことすらなかったからだ。
咲
ごめん、そういうの考えたことないから……
できるだけ柔らかく断ろうとした瞬間、 階段の影から何かの気配を感じた。
視線を上げると―― そこに立っていたのは、哲汰だった。 何も言わず、ただじっと、ふたりを見ていた。
その目はいつもと違い、少し冷たく、 そして複雑な色を帯びていた。
咲はハッとして男子に頭を下げると、 その場を離れた。 哲汰のところへ駆け寄るも、 彼は目を合わせようとしなかった。
咲
……見てたの?
哲汰
うん。たまたま、ね
咲
違うの。ただ、告白されたってだけで、私から何か言ったわけじゃない
焦る咲に、哲汰は小さく首を振った。
哲汰
信じてるよ。咲ちゃんがそういうことする人じゃないってことは
けれど、その声にはどこか 寂しさが混じっていた。 それが咲の胸に、ズクンと痛みを落とす。
哲汰
でも……
哲汰
そういうふうに咲ちゃんを見るやつがいるってこと、やっぱり……俺、気になるんだ
咲
哲汰……
哲汰
ごめん、束縛したいわけじゃない。でも、咲ちゃんのことになると、どうしても冷静じゃいられなくてさ
そう言って初めて、彼は咲を見た。 その瞳は、まっすぐで、 まるで心の奥を覗き込んでくるようだった。
咲は、ほんの少しだけ目を伏せる。
咲
私……たぶん、慣れてるの。そうやって勝手に好きって言われて、勝手に期待されて、勝手に裏切られるの
咲
でも……哲汰にまで、
そう思われるのは嫌だ
そう思われるのは嫌だ
その瞬間、哲汰はふっと表情を緩めた。
哲汰
じゃあ、俺にだけは特別になってくれない?
咲
……え?
哲汰
俺は、ちゃんと咲ちゃんを知りたい。誰にも見せてない顔も、寂しさも、全部
咲の胸がドクンと鳴った。 哲汰の言葉が、またしても心の奥に刺さる。
咲
……そういうこと言って欲しくなかった
そう言いながらも、 咲の頬は、少し赤く染まっていた。