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”便利屋ベース”の常連客

持田冴香に呼び出されたのは、

小さな喫茶店だった。

紫雲 かぎり

お待たせしました

持田 冴香

いいえ

持田 冴香

私も今来たところよ

先日会ったときとは打って変わって

持田は非常に穏やかな雰囲気を纏っていた。

紫雲 かぎり

それで

紫雲 かぎり

依頼の内容というのは?

メールには”会ってから話す”

と記されていた。

持田 冴香

猫を見つけてくれたアナタなら

持田 冴香

きっと私が探している人も

持田 冴香

見つけてくれると思ったの

紫雲 かぎり

お金を払って頂けるなら

紫雲 かぎり

大抵のことはしますが…

持田 冴香

よかった

持田 冴香

この人を探して欲しいの

そう言ってテーブルの上に置かれた写真は

画素の荒いモノだった。

古い写真を無理に拡大したような

そんな雰囲気もあったが、

そこに写っているのは

一人の男子高校生だった。

眼鏡をかけ笑みを浮かべるその姿は

写真からでも

人の良さが伝わってくる。

紫雲 かぎり

名前はわかりますか?

持田 冴香

宮内冬真(みやうち とうま)さん

持田 冴香

写真は古いモノしかなくて…

紫雲 かぎり

ちなみに、これは何年前の?

持田 冴香

三十年前かしら…

紫雲 かぎり

ということは…

持田 冴香

生きていたら四十代ぐらいね

紫雲 かぎり

なるほど

紫雲 かぎり

探すだけでいいのですか?

紫雲 かぎり

お会いできるように手配することもできますが

その言葉に持田は

無言で首を横に振った。

持田 冴香

もう随分と昔のことだもの

持田 冴香

きっと、宮内先輩は

持田 冴香

私のことなんて覚えていないと思うわ

持田 冴香

だから

持田 冴香

今どうしているのか

持田 冴香

それさえわかれば十分よ

紫雲 かぎり

……

紫雲 かぎり

名前以外にわかることは?

持田 冴香

H県にある、今は名前が変わってしまったけど

持田 冴香

私立響(ひびき)学園の生徒だったの

持田 冴香

吹奏楽部でピアノがとても上手い人だったわ

持田は当時を懐かしむように

目を細める。

紫雲 かぎり

ちなみに、持田様とのご関係は?

持田 冴香

赤の他人よ

そう言って持田は笑った。

持田 冴香

同じ学校に通っていたってだけ

持田 冴香

恋人でも片思いの相手でもないわ

紫雲 かぎり

じゃあ、どうして……

”探しているのか?”

と口には出さなかったが

言いたいことは察して貰えたらしい。

持田 冴香

三十年前、大きな地震があったでしょ?

紫雲 かぎり

……はい

それは紫雲が生まれる前のこと。

持田 冴香

あのとき宮内先輩に助けられたの

持田 冴香

でも、その後もずっとバタバタしていて

持田 冴香

お礼も言えないまま引っ越しして…

持田 冴香

いつかあのときのお礼が伝えられたら…って

紫雲 かぎり

そうだったんですね

紫雲 かぎり

わかりました

紫雲 かぎり

時間は掛かると思いますが

紫雲 かぎり

必ず見つけます

持田 冴香

ありがとう

持田 冴香

でも、焦る必要は無いから

持田 冴香

ゆっくり探して頂戴

そう言って、

持田はやんわりと微笑んだ。

【三週間後】

やはり、というべきか

持田が思っていたよりも

紫雲かぎりは何倍も早く

宮内冬真を見つけてきた。

持田 冴香

まさかこんなに早く見つけてくれるなんて

持田は感心しきりだった。

紫雲 かぎり

いえ

紫雲 かぎり

あれだけの情報がありましたので

紫雲 かぎり

見つけるのはそれほど難しい作業ではありませんでしたよ

持田 冴香

そう…

持田 冴香

それで、宮内先輩は

紫雲 かぎり

それはご本人に説明して頂こうかと

持田 冴香

え?本人?

そこに眼鏡をかけた

一人の男性が現れると、

あの優しい笑みを浮かべて見せた。

宮内 冬真

久しぶり

持田 冴香

み、宮内先輩!?

持田 冴香

ど、どうしてここに!?

宮内 冬真

直接、君に会って話しがしたいって

宮内 冬真

僕から彼にお願いしたんだ

持田 冴香

え……

持田は嬉しいような

困ったような

複雑な表情を浮かべて

紫雲を見返した。

紫雲 かぎり

奇遇ですよね

紫雲 かぎり

SNSを調べていたら

紫雲 かぎり

三十年前に助けた子を気にかけている投稿を見つけまして

紫雲 かぎり

もしやと思って

紫雲 かぎり

DMを送らせて貰ったんです

持田 冴香

それが…

持田 冴香

宮内先輩…?

持田 冴香

でも、どうして私を探していたんですか?

紫雲 かぎり

同じ理由ですよね?

紫雲に尋ねられて

宮内は小さく頷いた。

宮内 冬真

あのとき……

宮内 冬真

瓦礫の下敷きになっていた君を見つけたとき

宮内 冬真

背後には炎が迫っていた

宮内はその光景を思い出したのか、

眉間にシワを寄せた。

宮内 冬真

だから

宮内 冬真

瓦礫の下から君を助けることしか

宮内 冬真

できなかった…

宮内 冬真

手当ても出来ず

宮内 冬真

あの場に放置してしまったことを

宮内 冬真

ずっと気にかけていたんだ

宮内 冬真

あのときは何も出来なくて

持田 冴香

いいえ

頭を下げようとした宮内を

持田はそっと止めた。

持田 冴香

あのとき宮内先輩が助けてくれなかったら

持田 冴香

私はあそこで炎に焼かれて死んでいたはずです

持田 冴香

瓦礫の下から助けてくれただけでも充分です

宮内 冬真

……

持田 冴香

私の方こそ

持田 冴香

長い間お礼も言えず……

持田 冴香

あのときは

持田 冴香

本当にありがとうございました

そう言って

持田は深々と頭を下げた。

宮内 冬真

そ、そんな…

宮内は言葉に悩みながらも、

その表情はどこか晴れやかだった。

しかしそれは、

顔を上げた持田も同じだった。

宮内 冬真

そういえば

宮内 冬真

どうして僕の名前を?

持田 冴香

吹奏楽部の宮内先輩は

持田 冴香

有名でしたから

宮内 冬真

え、そうだったの?

持田 冴香

はい

持田 冴香

だから、すぐに気が付きました

持田 冴香

今も、ピアノを?

宮内 冬真

あ、いや……

宮内 冬真

そういえば随分と長い間弾いてないな

持田 冴香

そんな!勿体ない!

持田 冴香

私、宮内先輩が弾くピアノが好きで

持田 冴香

…ああ!ごめんなさい!

持田 冴香

いきなりこんなことを言われても迷惑ですよね

宮内 冬真

い、いや

宮内 冬真

そんなことは

あたふたする二人を見て、

紫雲が

紫雲 かぎり

一つ宜しいですか?

と口を挟んだ。

持田 冴香

え、ええ!

持田 冴香

ごめんなさいね

持田 冴香

二人で普通に話し込んでしまって

紫雲 かぎり

いえ、それは構いません

紫雲 かぎり

久しぶりの再会です

紫雲 かぎり

積もる話もあるでしょう

紫雲 かぎり

しかし、それは

紫雲 かぎり

ワタシに報酬を支払ってからでも

紫雲 かぎり

遅くはないと思いますが……

持田 冴香

ええ、そうね

持田 冴香

すっかり忘れていてごめんなさい

持田は重ねて礼を言い、

報酬の支払いを済ませた。

喫茶店を出る前、

紫雲が振り返ると

持田と宮内はまだ

楽しそうに会話を続けていた。

きっと、

学生時代の話しに

花を咲かせているのだろう。

そんな二人を見つめる紫雲の目に

そっと翳りが落ち、

なにかを振り払うように

彼は喫茶店を後にした。

いい事をしたあとの足取りは軽い。

しかし、

目的地に近付けば近付くほど

途端に足取りは重くなる。

”会いたい”

と思う反面、

”会っていいのか?”

と自問を繰り返す。

だが、

あれやこれやと考えているうちに

目的地に着いてしまった。

紫雲 かぎり

……

紫雲 かぎり

(勢いでここまで来てしまったけど…)

店のドアノブを掴むことは出来ず、

そのまま立ち尽くしていると…

───ガチャッ

紫雲 かぎり

!!?

店のドアが開き、

女性が顔を覗かせた。

滝津 七星

紫雲さん!

滝津はパッと笑顔になった。

滝津 七星

いらっしゃいませ!

そして、

紫雲を招き入れた。

店内に客の姿は無く、

滝津は店の扉に

”準備中”

と書かれた札をぶら下げた。

滝津 七星

お久しぶりです!

滝津 七星

元気にしてましたか?

滝津 七星

何度かご連絡したんですけど

滝津 七星

返信が無くて

滝津 七星

心配してたんですよ?

紫雲 かぎり

あ、ああ…

紫雲 かぎり

すまない…

滝津 七星

あ!いえ!

滝津 七星

けして、責めているわけじゃないんです

滝津 七星

とにかく、無事で何よりです

滝津 七星

あ、あの…

滝津 七星

食べて欲しいものがあるんです

滝津 七星

お時間大丈夫でしょうか?

紫雲 かぎり

あ、うん…

滝津は冷蔵庫に向かい、

何かを取り出して戻ってきた。

滝津 七星

はい、これ

滝津 七星

紫雲さんが音信不通だったときに考案した

滝津 七星

新作です!

それはグレープフルーツのタルトだった。

紫雲 かぎり

…いただきます

一口食べると

爽やかな酸味と

カスタードクリームの甘味が

口の中に広がった。

滝津 七星

あの…

滝津 七星

どうですか?

滝津 七星

自分ではうまく出来たなぁって思うんですけど

紫雲 かぎり

…うん

紫雲 かぎり

美味しいよ

滝津 七星

よかったぁ~

滝津 七星

これで明日から正式なメニューとして出せます!

滝津 七星

常連のお客様にも味見をして貰ったんですけど

滝津 七星

やっぱり紫雲さんの後押しが無いと

滝津 七星

正式メニューにする勇気が無くって……

紫雲 かぎり

……

滝津 七星

紫雲さん?

滝津 七星

何か気になることでも?

紫雲 かぎり

ああ…いや…

紫雲 かぎり

少し昔のことを思い出して、ね

滝津 七星

昔のこと?

紫雲 かぎり

……

滝津 七星

……?

紫雲 かぎり

(高校生のとき)

紫雲 かぎり

(七星が初めてお菓子を作って来た日)

紫雲 かぎり

(ボソボソのクッキーで)

紫雲 かぎり

(酷い味だったけど)

紫雲 かぎり

……

紫雲 かぎり

(今となっては良い思い出だな)

滝津 七星

良い思いでなんですね

紫雲 かぎり

え?

滝津 七星

紫雲さんがそんな風に

滝津 七星

柔らかい表情をするの

滝津 七星

初めて見た気がします

紫雲 かぎり

……

言われて咄嗟に

口元を隠した。

滝津 七星

紫雲さんにも大切な人がいるんですね

紫雲 かぎり

……

紫雲 かぎり

滝津さんは

紫雲 かぎり

最初に作ったお菓子

紫雲 かぎり

覚えてますか?

滝津 七星

うーん…

滝津 七星

前にも言いましたけど

滝津 七星

私、事故の影響で記憶が曖昧な部分があって…

滝津 七星

……

滝津 七星

あっ!

滝津 七星

高校生の時に作ったのが初めてかもしれません

紫雲 かぎり

何を作ったんですか?

滝津 七星

クッキーです

滝津 七星

教室で友達と食べて

滝津 七星

酷い味だって

滝津 七星

笑ったのを覚えています

紫雲 かぎり

へぇ…

滝津 七星

紫雲さん?

紫雲 かぎり

それなのに

紫雲 かぎり

今はこんなに美味しい物が作れるようになるなんて

紫雲 かぎり

凄いですね

滝津 七星

そんなことはないですよ

滝津 七星

あのときのクッキーがあまりにも酷くて

滝津 七星

絶対!美味しい物を作るんだ!って

滝津 七星

思ったんです

滝津 七星

それで……

紫雲 かぎり

…それで?

滝津 七星

あ、えっと…

滝津 七星

それで、たぶん

滝津 七星

あの時笑った

滝津 七星

友達を見返してやろう、と

紫雲 かぎり

そうですか

滝津 七星

……

しかし、

そう言った滝津本人は

どうにも納得していない様子だった。

滝津 七星

(あのとき…)

滝津 七星

(クッキーを食べた友達の顔が…)

滝津 七星

(思い出せない……)

紫雲 かぎり

おっと

紫雲 かぎり

仕事の呼び出しだ

紫雲はスマホを見て

立ち上がった。

滝津 七星

え、もう行っちゃうんですか?

紫雲 かぎり

また来ます

紫雲 かぎり

では、ご馳走様でした

紫雲は千円札を数枚テーブルに置いて、

足早に店を出て行った。

紫雲 かぎり

……

紫雲 かぎり

(七星の記憶が変化している…)

紫雲 かぎり

(薬の副作用だろうか…)

紫雲 かぎり

(調べてみる必要がありそうだな)

『人探し』 END

便利屋・紫雲かぎり

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