コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
雨が降っていた。
誰かが泣いているように
静かに、静かに。
見上げた空は
藍よりもなお深い。
薄衣を被せた月が
淡くぼやけた光を投げかけていた。
あの時泣いていたのは
きっと、わたしだったのだろう。
行き場を失ったわたしたちを引き取ってくれたのは
祖父母という人たちだった。
不安そうに見上げる弟に
わたしはちょっと微笑んで
冷たい手を握った。
代理人という人が、なにかムズカシい話しをしていたが
わたしには理解ができなかった。
わたし
思い出すのはあの
月の泣いた夜のことばかりだ。
あの日、わたしが家に帰ると
そこには何もなかった。
ただ、弟だけが
紙のように白い顔をして
困ったような怒ったような、そんな目でわたしを見ていた。
両親は
だめだった。
代理人
代理人が案内したのは、住宅街から外れた一軒家だった。
代理人
代理人
わたしは一つ頷いた。
代理人は不満そうにため息をついて、口早に説明をする。
一つ、家の中にあるものは全て使って構わないこと。
一つ、誰かが訪ねてきても家には入れないこと。
代理人
わたし
代理人
わたし
代理人は何枚かの紙にサインを求めると
アンティークな洋館にわたしを押し込んで
そそくさと帰っていった。
わたしの部屋に置かれていたのは
どこかで見たような古びたライティングデスクと、天蓋のついたベッドだけだ。
鎧戸の閉じられた窓は、少しの光すら入らず
昼も夜も暗いままだった。
家の物は全て使って良いと言われていたが
使えそうな物は少なかった。
ライティングデスクのふたを開けて、ランタンを置く。
この部屋で、わたしが起きている間にできることは
それだけだ。
時間がわからないことを除けば
たいして不便も感じなかった。
口やかましい両親が居ない
それだけで、わたしにはジュウブンだ。
彼らのことを思い出そうとしても
記憶がそれを拒む。
わたしの世界に彼らは不要なのだろう。
柔らかいランタンの光を包む闇が
今のわたしには心地よかった。
ただ一つだけ
ライティングデスクの引き出しが時折
カタカタと音を立てるのだ。
開けてはいけないと、本能が警告する。
気付かなければ
それは無いものと一緒だ、と。
両親を思い出すことを記憶が拒むように
本能が
引き出しを開けるなと警告する。
父親と母親と、弟。
父はいつも、わたしを否定した。
母は、わたしの顔を見ては
おまえなんか産むんじゃなかったと言った。
わたしは父の顔色をうかがい
母から目をそらした。
紙のように白い顔をした弟が責める。
家族という集団の中で、わたしの居場所が用意されたことは
一度もなかった。
わたしには泣くことすら許されない。
ライティングデスクの引き出しが、密やかな音を立てて動き出す。
見ては、いけない。
わたし
自分の叫び声で、わたしは目を覚ました。
カワラ
やまさん
やまさん
カワラ
やまさん
やまさん
カワラ
やまさん
やまさん
カワラ
やまさん
やまさん
カワラ
やまさん
やまさん
カワラ
カワラ
やまさん
やまさん
やまさん
やまさん
そうか。
藍よりもなお深い
薄衣の月夜に
泣いていたのは僕だ。
両親を刺した返り血で染まった姉は
今まで見たものの中で一番美しかった。
だから
僕だけのものにしたかった。
祖父からもらったアンティークのライティングデスクに詰め込んで。
僕
僕はライティングデスクの取っ手にかけたロープを
自分の首に巻いた。
引き出しには、姉さんが詰まっている。だから
僕
美しい僕の姉が、引き出しの中で
カタカタと密やかな音を立てた。
了