時雨
降りしきる雨の音が、窓の外で重苦しく響いている。部屋の中は、スペインが好んで焚いている甘ったるい香水の匂いが充満していて、呼吸をするたびに肺の奥が焼けるように痛んだ。
日本は、自分の手首に巻き付いた柔らかな、しかし決して逃がさない強さを持つ手枷を見つめた。スペインの指は長く、白く、その力は常に優しさと支配欲の境界線上で揺れている。
「……もう、終わりにしましょう、スペインさん」
日本は努めて冷静に、いつもの敬語で告げた。身長163センチの彼女は、186センチのスペインに背後から抱き締められると、まるで大きな捕食者にすっぽりと覆い隠されてしまう。彼の肩が小さく震えたのが、背中越しに伝わってきた。
「……は? 今、なんて言うたん? 日本」
スペインの声には、狂気を孕んだ甘い響きがあった。彼はゆっくりと日本を回転させ、その瞳を覗き込む。瞳孔が開いたその眼差しは、獲物を逃すまいとする執着で満たされている。彼は耳元で、湿った吐息を吐きながら関西弁で囁いた。
「別れる? あんなに愛し合っとるのに? 俺の愛が、足りひんの? ……それとも、また『お薬』が足りひんのか?」
彼は慣れた手つきで、テーブルの上に置いてあった銀色のケースを開いた。中には、日本を穏やかに、しかし確実に「自分のもの」として繋ぎ止めるための錠剤が並んでいる。彼はその一粒を指で摘まみ、日本の顎を強引に持ち上げた。
「これ飲んだら、また世界が綺麗に見えるで。俺のことだけを考えて、俺のためだけに生きたらええんや。外の世界なんて、日本を傷つけるだけやろ? ……ほら、口開けて」
「……っ、嫌です。もう、こんな生活は……」
日本が抵抗して顔を背けると、スペインは一瞬で表情を凍りつかせた。その細い目が、冷たく光る。彼は強引に日本の頬を挟み込み、無理やり口を開かせると、その錠剤を放り込んだ。そして、逃げられないように手で口を塞ぎ、無理やり嚥下を促す。
「ごくん、しぃや。ええ子やね」
スペインは満足げに、頬に伝った涙を親指で拭った。その手は慈愛に満ちているようでいて、日本の逃げ道を物理的に断つ監獄のようだった。
「日本、俺はな、君が死ぬまで――いや、死んだ後もずっと、この手で繋ぎ止めておきたいんよ。君が誰かを思う暇も、自分を見失う暇もないくらい、俺の愛で満たしてやる。だから、別れるなんて言葉、二度と口にせんといて」
スペインは日本の華奢な体に顔を埋め、赤ん坊のようにすがりついた。その腕の拘束は、薬の効能よりも強く、日本の意識を塗りつぶしていく。
「……愛しとるよ、日本。君は俺の、最高のお人形さんやから」
外の雨は止む気配を見せず、ただ二人の沈黙を飲み込んでいった。日本は、朦朧とする意識の中で、スペインという名の歪んだ愛情の檻が、より一層深く、強固に自分を閉じ込めていくのを感じていた。抵抗する気力すら奪うその狂った優しさに、彼女はただ、されるがままにその胸に抱かれ続けていた。
