その翌日。 三国から連絡が入り、俺たちは3人で集まった。
店員
一條恭平
三国綾乃
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
注文を取り終えた店員がその場を離れる。六戸はメニューをパタンと閉じて笑った。
今頼んだ分、全部俺の財布に跳ね返るのか……。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
注文した料理が届き、店員がテーブルから離れた時に、三国が切り出した。
三国綾乃
三国綾乃
六戸夏美
一條恭平
もたらされた真実に、俺は同情の念を抱く。
事故により将来の道を閉ざされ、絶望して自ら命を断ったものの、未練までは断ち切れず、霊と化してしまったのだろう。
ただ、1つ疑問は残る。どうして東郷さんは、あんな場所に留まっているのか。
一條恭平
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
六戸夏美
六戸は呑気な顔で、口いっぱいにチャーハンを頬張った。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
六戸夏美
三国綾乃
六戸の問いかけに、三国は麺を持ち上げる手が止まった。俺も答えられない。
東郷さんはあの焼却炉の前に縛り付けられている上、足があの状態では満足に立つことも出来ないだろう。
もう一度地面を駆けるという願いを叶えるには、障害が大きすぎる。俺は何も良案が思い浮かばなかった。
三国綾乃
三国の右手が動き出す。放置していた麺を口に含み、一息で啜り上げた。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
半分かじった煮卵を飲み込んでから、三国は言った。
一條恭平
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
さも店の方は知ってるだろう、という調子で三国は聞いてくる。
まずその冥々書店って店知らねえ──と言おうとした時に、俺は思い出した。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
六戸夏美
若干食い気味に、六戸は三国の誘いを蹴り飛ばした。
一條恭平
六戸夏美
ためらいなく言い放ち、彼女は太麺をすすった。
六戸夏美
三国綾乃
咀嚼して飲み込んでから、追加でなじる。流石に三国が突っ込む。
三国綾乃
その2秒後に独り言じみた口調で言い直すのを聞いて、俺も午後練に行きたくなった。
店を出て、宣言通り午後練に向かう六戸と別れる。
冥々書店に向かう道すがら、俺は昨日の潮条市の霊園での出来事を三国に話した。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
ラーメン屋を出てから数十分。俺と三国は千東通りまでやってきた。
一條恭平
一條恭平
一抹の不安を抱えて、俺は彼女についていく。
賑やかしい表通りから、この前の廃クラブとは逆側の裏通りに入る。
こちらは再開発前の昔ながらの町並みが残っており、(知らねえくせに)昭和の感じを思い出す。
……が、彼女に連れられてやってきた冥々書店は、ノスタルジーを通り越し、古臭い雰囲気が包まれていた。
三国綾乃
一條恭平
三国の言葉に首を振る。
この店の前を通りがかったことは何回もあるが、興味を惹かれそうな本はまず置いてないだろうその店構えから、今まで完全スルーしてきた。
現代の建築基準ならどこかしら引っかかっていそうな、古臭い一軒家。
軒先に並べられた本棚には、商品の古本が所狭しと並んでいるが、これがまた古臭いものばかり。
令和どころか平成に出版された本すら一冊もなさそうだ。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
まだ会ってもいない三国の師匠を羨みつつ、俺たちは中に入ろうと、引き戸に手を伸ばし──。
ガララララ
男性
一條恭平
男性
ぶつかりそうになり、お互いに驚く。
俺と同じタイミングで、店の中からガタイの良い男性が出てきたのだ。
こんな店に客が入るなど全く思っていなかったから、完全に油断していた。それは向こうも同じだろう。
俺が脇にずれると、男性はどこか慌ただしい様子で通り抜け、そのまま足早に立ち去っていった。
三国綾乃
後ろの三国は、なぜかその男性の背中に、蔑むような視線を送っている。
一條恭平
三国綾乃
念を押すように、妙に力強い口調で否定される。
一條恭平
三国綾乃
ぐいっと背中を押される。この時点で嫌な予感がした。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
いやいや中に入る。鬼が出るか蛇が出るか……。と言っても、中は店構えから想像していた通りだった。
軒先に並んでいるのと同じような本棚が、狭い通路にずらずらずらずらっと並んでいる。
通路の奥には、意外に(←失礼)小綺麗なカウンターが備え付けられているが、その向こうにあるべき人影は見当たらない。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
三国に言われて、カウンターの向こう、小上がりの奥の壁に取り付けられた扉に気付く。
俺たちは全ての本をスルーして、まっすぐカウンターの向こうに回り、靴を脱いで上がった。
扉をコンコンと、2回ノックする。
一條恭平
一條恭平
古びた店構えにぴったりな、シワの深い老婆を俺は勝手に想像する。
だが、
???
三国の呼びかけに応える、澄んだ男声に俺は驚いた。
一條恭平
三国綾乃
俺は錆びついたドアノブを回し、キイと扉を開ける。
精液の臭いがした。
一條恭平
思わずえずきそうになる。全く予想だにしていなかった臭気に、俺は困惑する。
三国綾乃
俺の後ろから、三国がちょっと怒った口調で呼びかける。
???
余りいたくない、湿った熱気のこもった和室。
その隅に寝そべり、上半身を起こして気だるそうに答えたのは、中性的な雰囲気の男性だった。
全裸の。
一條恭平
俺はポツリと漏らした。
六戸の拒絶、先程の男性の正体、三国の妙に刺々しい態度──。
それら全ての理由が、鼻腔に押し入る栗の花の匂いと、一糸まとわぬしなやかな裸体で、克明に伺い知れる。
どっちかって言うと暑いのに、妙な寒気がしてくる。この寒気、人生で初めて味わうタイプ。
???
一條恭平
一応その言葉を信じて、俺は中に進む。そのへんに落ちてた薄い毛布をつまみ、丸出しだった男性の下半身にかけた。
年は30手前だろうか。でも40手前にも見える、年齢不詳の美青年。
それなりに身だしなみを整えれば、女性に見えなくもないが、今のあられもない姿では取り繕いようがない。
一條恭平
???
一條恭平
なんかしてきた時にすぐ逃げられるよう、俺はできるだけあの人から遠い位置に腰を下ろした。
近くに座布団があったが当然使わない。その脇にはローションのボトルが2本転がっていた。
三国綾乃
三国は妙に荒い足音を立てて踏み入り、奥の壁に据え付けられた窓を全開にする。
???
三国綾乃
???
???
三国綾乃
恥知らずに語ろうとする彼を、三国は切って捨て、俺の隣にドシンと座った。
三国綾乃
更科雅
三国綾乃
更科雅
一條恭平
俺は気のない挨拶をする。
おばあさんは嘘にせよ、色々とどういう人なのか勝手な想像はしていたのだが……全く、カスりもしなかった。
外国の血でも入っているのか、日本人離れした気品のある顔立ち。
口には動脈血のように赤いルージュが塗られている。少し乱れている。
一條恭平
余計なお世話と言われそうな感想を抱いていると、その口がにっこりと笑って、
更科雅
背筋がすうっと冷えた。
笑うと逆に怖いのは弟子と同じか。まあこっちは別に顔が怖いわけではないのだが……。
三国綾乃
更科雅
三国綾乃
三国は刺々しい口調で促され、更科さんは仕方ないといった様子で動き出す。
奥の壁に置かれている、レトロ感漂う鏡台の前に、のそのそと四つん這いで這っていく。
鏡の手前に置かれていた、ボクサーパンツを手に取って、
パサッ
その辺に放り投げ、その下に置いてあったウェットティッシュかなんかの袋を掴んだ。
三国綾乃
更科雅
一條恭平
更科雅
一條恭平
更科さんは片手で袋を開けて、コットンみたいなのを取り出す。
鏡を見ながら、コットンで口元のルージュ、それにマスカラも拭き取っていく。
更科雅
三国綾乃
更科雅
三国綾乃
三国が呆れるようにため息を着いた。まさか彼女のこんな反応を拝む日が来ることになろうとは。
更科雅
更科雅
合間合間に口を閉じて、すっすっと紅を拭っていく。
一條恭平
更科雅
一條恭平
更科雅
三国綾乃
三国が眉間に皺を寄せ、不満を顕にする。彼女がこんな態度をするということは、ろくな儀式ではないのだろうが。
一條恭平
更科雅
更科雅
一條恭平
更科雅
口紅を拭き終えた更科さんは、俺に一言謝ってから、鏡台の小物入れを開けて、細いマジックみたいなペンを取り出した。
蓋を開けて、鏡を見ながら今度は眉毛を描き込んでいく。なんだっけあれ、アイブロウだったか。
三国綾乃
更科さんの代わりに、三国が補足してくれる。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
三国は渋い表情で首を振る。そんなバグ技みたいな儀式に手を出すのははばかられる。
三国綾乃
一條恭平
更科雅
眉毛を描き終えた更科さんは、ペンを小物入れに仕舞って、こちらを向いた。
一條恭平
俺は少し驚いた。口紅・マスカラ・眉が変わっただけなのに、中性的な見た目から、王子様系のイケメンにガラリと雰囲気が変わっている。
女は化粧で変わると言うが、男も同じだったのか。この人が特別なのかも知れないが……。
更科雅
ひょいっ
不意に毛布の下から、更科さんが左足を伸ばしてきた。
しなやかで美しい足だが、アルビノの蛇が襲ってきたみたいでビビる。
近くの座布団に転がっていたローションのボトル2本のうち、1本を器用に左足で掴んだ。
その時に、よく見たらローションではなく除光液のボトルだと気付く。もう1本はやっぱりローションだったが。
そのまますすすと巣穴へ……ではなく毛布の下へ引っ込み、左手で掴む。
更科雅
更科雅
更科さんは除光液の蓋を開け、さっきも使ったコットンに含ませて、今度はマニキュアを落とし始めた。
更科雅
一條恭平
俺はかまくびさん……高田壮一の折れ曲がった首を思い出す。
あの男も、奴の心持ち次第では、普通の首で現れることはできる……
しかし、撲殺という壮絶な体験が奴の魂に重しとして残っていたがゆえに、あのようなおぞましい姿になったのかも知れない。
逆に東郷さんの身体は、足は潰れているのに対して、病院から飛び降り自殺した時の傷はどこにも見られない。
あの人にとって、潰れた足── いや、自分で『潰した』足こそが、自らをあの地に縛りつける鎖の1つになっているのだろう。
更科雅
更科雅
更科雅
綺麗に落ちた左手の爪に、ふうっと吐息をかける。
完全に偏見だが、あの人の吐息は湿っていて逆に乾くのが遅くなりそうだ。
更科雅
更科雅
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国はいまいち納得しきっていない表情を浮かべる。
更科雅
三国綾乃
更科雅
左手のマニキュアを落とし始めてから、少しだけ不満そうに更科さんが返す。
三国綾乃
ポロン♪ ポロロン♪
三国の言葉は、軽やかな着信音で遮られた。
鏡台のそばに転がっていた、更科さんのであろう携帯に着信が入った。
右手の人差し指を口の前に立て、俺たちを黙らせつつ、左手で携帯を取る。
更科雅
更科雅
全く異なる口調で話し始めて、俺はビビった。か、母さん……?
更科雅
更科雅
更科雅
更科さんはすぐに電話を切った。毛布の上にぽいっと置き、ため息を着く。
一條恭平
更科雅
一條恭平
事情が飲み込めない俺に対して、三国が顔を寄せて、
三国綾乃
ゆっくりと。
その一言で色々察する。そういやさっきパトロンからの支援で暮らしてるとか言ってたな……。
更科雅
一條恭平
更科雅
更科雅
更科さんは柔らかく、誘惑するような甘さを添えて、俺ににっこりと笑った。
一條恭平
俺は機械的に断り、綺麗に立ち上がった。三国も遅れて立ち上がる。
三国綾乃
一條恭平
いまだ湿ったほてりが残る室内を、そそくさと扉まで歩いていく。
これ以上この人の甘さに浸っていると、色々と揺らぎそうだ。
更科雅
少しすねたように口をとがらせる更科さんを残し、俺たちは部屋を出た。
引き戸を開けて外に出た時に、道路を挟んで向かい側、一軒家の庭で掃除をしていたおばさんと目があった。
もちろん声をかけたりはせずに、黙って道を歩いていくが……。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
方針が決まったところで、六戸にグループ通話をかけ、形下ろしの儀式を執り行うことを伝える。
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
三国綾乃
六戸夏美
携帯の向こうで、あっけらかんと、本当にあっけらかんと、六戸は話す。
正直に言うと、俺も依代の役は六戸が適切だろうと考えてはいた。
だが、霊に身体を憑依させるという危険な役目なんて、そう簡単に他人に押し付けることはできず、どう頼もうか言いあぐねていた。
一條恭平
俺は念を押すように確認する。
六戸夏美
六戸夏美
六戸はまるで臆すること無く、あっさりと受け入れる。
三国綾乃
隣の三国が、ホッとしたような表情でお礼を言った。
六戸夏美
三国綾乃
三国の表情は一瞬で冷たくなり、ふざける彼女の通話を遠慮なく切った。
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