テラーノベル
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その日は、不自然なほど風が強かった。
夕方、帰り道。ナナセは、狐面から受け取った紙片に書かれた文字を何度も思い返していた。
《喪女ノカカシ》——意味不明だ。 けれど、どこかで見た気がする。 名前だけが、妙に記憶の奥を引っ掻くように疼く。
そして気づいた。 毎日通っているはずの通学路に、一箇所だけ“違和感”のある場所があったのだ。
——神社の裏の空き地。 何年も使われていない小さな田畑の跡地。 あそこに、確か……カカシがあった。
それは、普通のカカシではなかった。
藁ではなく、濡れた女物の服が打ち付けられていた。 木の枝で形を整え、顔の代わりに女のウィッグがかぶせられていた。 胸元に、誰かが赤いスプレーで大きく「死」と書いていた。
それが、昨日から動いているように見えるのだ。
ナナセは気配に導かれるように、その空き地へ足を向けた。
——そこに、いた。
重い風が吹くなか、カカシは“歩いて”いた。 足などないはずなのに、ずるり、ずるりと前へ進んでいた。 濡れたようなワンピースが風に揺れ、髪がぐちゃぐちゃに乱れている。 顔はない。だが、その“頭部”がナナセを向いた瞬間、背筋が凍りついた。
見られている 「私を見たな」と、言われた気がした
そして——
「ナンデアナタハ……モテルノ……?」
女のような、だが壊れたテープのような声が、ナナセの脳内に直接響いた。
ナナセ
「私ハ……見向キモサレナカッタ……ズッ……ト……」
ざらざらと、空気が重たくなる。 時間が止まり、音がねじれる。 ナナセは思わず後ずさった。足元の雑草に足を取られ、倒れる。
そのとき。
狐面の存在
脳裏に、狐面の声が響いた。
ナナセの背中が灼けるように熱くなった。 朱の印が、光る。
その瞬間、ナナセの右手に、見覚えのない短刀が現れた。 小刀よりわずかに長く、黒鉄のように鈍く光る刃。 鍔には、やはり“あの印”が刻まれていた。
ナナセは、知らぬはずの所作で刀を構えた。
ナナセ
しかし、問う暇もない。怪異は腕を伸ばし、ナナセの首をつかもうと迫る。 とっさにナナセは、短刀を振るった。
——ズシャッ。
藁と髪と布の束が、断ち切られる。 中から黒い液体が吹き出した。
喪女ノカカシは、声もなく崩れ、地に沈んでいった。
風が止んだ。
残されたのは、かすかな黒煙と、一つの記憶の断片。
ナナセの目の前に、フラッシュのように映像が走る。
——誰かの声。 ——名前を呼ぶ、柔らかな音。 ——暗い山道。 ——赤く濡れた指先。
「……ナナセ……?」
誰かが呼んだ。 懐かしく、愛おしい声で。 だが、誰の声だったのかはわからない。
気づくと、ナナセは一人だった。 カカシの残骸も、刀も、煙も消え失せ、静かな空き地だけがそこにあった。
背中の印は、わずかに広がっていた。 まるで、鍵穴が少しずつ開いていくように。
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