とある名家にて。
語り手
私はこの家の次男として生まれた。
語り手
と言っても我々は双子、長男である兄も、私と同い年である。
語り手
剣術を生業とする一家であり、兄とともに幼少のみぎりより、日々稽古に励んでいた。
ある日のこと―
父上
二人共、こちらへ来なさい。
兄上
はいっ。
私
はいっ。
父上
お前たちも、まもなく元服だ。
父上
この家が断絶しないよう、嫁をとり、世継ぎを育てなくてはならない。
兄上
はいっ。
私
はいっ。
父上
まず長男のお前は次の当主として、我々の古くからの師匠の孫娘と結婚してもらう。
兄上
はい、承知いたしました。
父上
そして弟のお前だが…。
私
はい。
父上
お前は、北条家を知っているな?
私
はい…。
父上
彼らの剣の腕は類稀なるものだ。
父上
我々はぜひ、あの男の血を引く者をこの家に迎え入れたい。
父上
そう思い、私は今、彼らと話をつけている。
私
しかし父上…
私
あの家には、男子しかおりませんが…。
父上
お前が疑問に思うのはもっともだ。
父上
だが、実はだな…
父上
今の妻とは別の女の間に、一人だけ、娘がいるとのことだ。
私
なんですと…!
兄上
なんと…!
父上
そして次男のお前ならば、正妻以外の子供との結婚でも問題はない。
私
はっ、かしこまりました。
父上
これで我が家には、北条の血を引く者を誕生させられるというわけだ。
私
父上、ごもっともでごさいます。
父上
だがその娘はまだ12。年端も行かない小娘だ。
父上
彼女が結婚できる歳になるまで、我々は家をあげて、彼女の身の安全を確保しなくてはいけない。
父上
これは両家のためでもある。
私
はいっ!
兄上
かしこまりました!
しかし―
父上
師匠!なぜです!
師匠
すまない、すまない…
師匠
こうなった以上、わしの孫娘との結婚はできん…。この話は、なかったことにしてくれ。
兄上
なんと…。
私
兄上…。
兄の許嫁であった女性は、刺客としての仕事に失敗し、あえなく死亡。
そして私の縁談も―
父上
なにっ!? 北条と、その長男が…!?
父上
そして妻は自害…
父上
父上
ぬぅ…。やむを得まい。
父上
このような事態は放っておけぬ。我々にまで危険が及ばぬよう、直ちに縁談は破談じゃ!
私
ははあっ!
兄上
弟よ、お前の縁談まで…。
父上
だが待て。
父上
北条の娘…
父上
あの娘はまだ13歳。母親を亡くし、親戚にも虐げられていると聞く…。不憫なものだ。
父上
大人になるまでは、引き続き、あの娘に注意を払うことにする。
父上
彼女の身に万一の事があった際は、我々は、躊躇わずに手を差し伸べる。
父上
よいか!
兄上
はっ!かしこまりました!
私
はっ!承知いたしました!
この時、我々兄弟の腕前は既に免許皆伝。
兄は、自分自身の許嫁の命を奪った者を成敗するため、そして父の命令どおり、私の許嫁だった娘を守るため、皆の反対を押し切り、裏社会へと身を投じた。
家に残された私は、これまでに兄に課せられていた役目を一人で引き受けることとなる…。