僕はアイツが苦手だ

猫みたいに自由気ままなところも

僕よりも10㎝は高い身長も

肩くらいまでの綺麗な黒髪も

黒い服がよく似合う ハッとするほど白い肌も

出た...

なんとなく名前を呼べなくて

“猫”って呼べば、その 引き込まれそうな瞳を

見なくてすむと思ったから...

認めるなんて悔しいけど

気持ちに嘘なんてつけなくて

でもきっと実らない

...わかってるよ

“子犬”なんて...

名前で、呼んでほしいのに

アイツが...涼が

もしも女子だったら

こんなに悩まなくて良いのに...

我ながら中学3年にもなって ガキだな、とは思う

だけど、そうでもしないと

コイツ...葵とまともに 話せないような気がしたから

このなんでもない話が

もっと “特別”な話になればいいのに

認めるなんて恥ずいけど

たぶん俺は“子犬”に

葵に、そういう感情を 抱いている...でも

とにかくこの勝負は

今回だけは

“猫”なんて...だから

絶対、名前で呼ばせてやる

『河野、榎本1.5㎞通過！』

うう、しつこい...

呼吸はお互い安定してるけど

こんなに“猫”...涼って 長距離得意だっけ？

一瞬“涼”って言いかけちゃった...

気付かれてない...よね？

『榎本、河野2㎞通過！』

くそ...全然抜かせねぇ...

やっぱりコイツ、長距離上手い...

他の種目なら勝てた筈なのに

一瞬“葵”って言いかけたこと

気付いてねー...よな？

『河野、榎本ラスト！』

ラストあと...500m......！

まだ差、無いな...

今ラストスパート掛ける...？

でも...

しまった...

だけど、今追い掛ければ...！

ぐらっ...

傾いた視界と、 女子の悲鳴に似た声に

一瞬

何が起こったのか判らなかった

唐突な足首の痛み

あ...僕、転んだ......？

なんでだよ

いつも僕はドジばっかりで

気持ちの整理も出来なくて

結局、ダメじゃん

今も...なんで泣いてんだよ

カッコ悪い......

そうだよ...馬鹿だよ僕は

あれ、涼...勝負は？

その気が無いのに

涼はその気が無いくせに

先生いねーじゃん

ん...もう泣いてねーな

そんな卑怯なことで

自分の有利に進めたくはないから

“気持ちが伝わらない”なんて

そんな悩み言えないし...

ずっと悩んで

言わないって決めてた

でも、さ

きっと、ここで言わねーと

気持ちの整理、つかないし....

え

今、僕の名前...

なに...涼は何言ってんの......？

突然に近付いた距離

捻った足の痛みも感じなかった

この先は

僕から言わせてよ

心臓バクバクなんて

情けないな......

僕の悩みの種も

頑張れたのも

全部、涼がいたからだよ

ありがとう

そして

Fin