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進め、今日の向こう側へ

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進め、今日の向こう側へ

1 - 進め、今日の向こう側へ

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190

2021年09月14日

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2021年9月12日 わたしはこの日を 永遠に忘れないだろう

その日も平凡に1日が終わるはずだった もうすぐ付き合って3年になるリクから 突然電話が来るまでは

リク

…別れよう

樹里

どうして?どうしてなの?

リク

樹里が嫌いになったわけじゃない

リク

この関係を続けていくことに

リク

おれが耐えられなくなったんだ

リク

このままじゃ

リク

樹里を不幸にしてしまう

樹里

なんで

樹里

わたしは不幸になるなんて

樹里

思ったこともないよ

リク

いや

リク

なんだか樹里は

リク

分かっているようで怖いんだ

樹里

分かってるって?

リク

ときどき樹里の横顔に

リク

ほんの一瞬だけ

リク

不安が見えるんだ

リク

まるで2人の将来を

リク

すっかり分かっているようで

樹里

…でも

樹里

別れるなんてできないよ

樹里

リクがいなかったら

樹里

わたしは

樹里

わたしは…

リク

大丈夫

リク

おれがいなくても

リク

樹里はきっとうまくやっていける

リク

おれのことは忘れて

リク

しっかり生きるんだ

リク

それじゃ樹里

リク

大好き、だったよ

樹里

リク…

電話はそこで切れた

あまりにも突拍子のない とつぜんの離別に

わたしは耐えられなかった

なによりもリクが自らの意志で わたしから離れたということに

わたしは耐えられなかった

このままじゃ終われなかった

わたしはなんとしてでも リクとの関係を終わらせたくなかった

でも結果として リクは離れた

リクなしでやっていける可能性は ゼロに等しい

これからどうやって 生きていけばいいのか

わたしは途方に暮れて ゆく宛もなくさびれた街路を歩いた

その時だった

眩いばかりの閃光が わたしの視界を覆い わたしを包み込んだ

樹里

…!

目を覚ますといつのまにか 自室のベッドの上だった

わたしは慌ててスマホを手に取る

これまで見ていたものが すべて悪い夢であればと願いつつ

通話履歴を開いた

樹里

…あれ

願いが通じたのか リクとの通話履歴は存在しなかった

時計を見る 2021年9月12日の朝だった

樹里

ああ…!

樹里

あれは夢だったんだ!

樹里

よかったぁ…

そうだ こんなに相思相愛なわたしとリクが

突拍子もなく別れるわけがないのだ

樹里

…そうだ

リクに電話しよう そうすれば完全に

あの悪い夢を忘れられるかもしれない

樹里

樹里

…もしもし

樹里

リク?

リク

どうしたの?

リクの声 世界でいちばんやさしい声だ

樹里

ごめんね

樹里

わたし

樹里

悪い夢を見たの

樹里

リクに電話しないと

樹里

って思って…

リク

大丈夫だよ

リク

もう心配することないよ

樹里

ありがと…

樹里

リクは

樹里

突然どこかに行ったりしない?

リク

そんなこと

リク

あるわけないじゃないか

リク

おれは樹里と一緒にいなくちゃだめなんだ

リク

樹里を愛してる

樹里

リク…

泣きじゃくるわたしを リクはやさしくなだめてくれた

リクはきっと運命の人だ 別れるはずなんてない

平凡に終わるはずの今日だったが それは突然に暗転することとなる

夕方になって リクから突然電話が来たからだった

リク

樹里

樹里

どうしたの?

リク

話しておきたいことがあって…

樹里

なに?

別れたいと言われたらどうしよう どう引きとめれば良いのだろう

リク

別れよう

樹里

樹里

なんで

リク

おれはこれまで

リク

ふたりでずっとやっていけると

リク

思ってたけど

リク

やっぱり無理だ

樹里

それってどういう…

リク

一緒にはいられない

リク

このままだと押しつぶされそうなんだ

リク

ごめんね

樹里

そんな

リク

ごめん

リク

大好きだったよ

リク

それじゃあね

電話はそこで切れた

どことなく見覚えのある終わり方

そうか 夢の中だ

昨日見ていた夢とまったく同じ

疑問と焦燥が 熱になってわたしにめまいをもたらす

同じだ

昨日とぜんぶ同じ

なんでこうなることが分かっていながら どうしようも出来なかったんだろう

そんなことを考えていると

急に目の前が明るくなり

光がすべてを呑んだ

目を覚ますと 自分の部屋だった

急いで時計を見る

2021年9月12日の朝

わたしは大慌てで リクに電話をかける

リク

もしもし

リク

どうしたの?

樹里

リク…

樹里

わたし

樹里

怖い夢を見て…

昨日のままではいけない

繰り返すわけにはいかないのだ

リク

どんな夢?

樹里

樹里

あのね

樹里

いまから会いに行きたい

樹里

いい?

リク

リク

なんで?

樹里

まだわたし、怖くて

樹里

だからリクに会って安心したい

リク

いまから?

樹里

うん

リク

…そうか

リク

分かった

リク

いいよ

リク

どこかで待ち合わせしようか

樹里

うん…

樹里

市内のいつもの公園でどうかな?

リク

大丈夫だよ

樹里

じゃあ行くね

リク

分かった

ややあって電話が切られた

よかった もう昨日の夢を繰り返すことはない

リクはもう既に着いていた

ようやく安心できた 不安で不安で仕方なかった

樹里

ごめんねリク

樹里

ありがとう

リク

いいんだよ

樹里

昨日ね、こんな夢を見たんだ

樹里

突然リクに別れようって言われて

樹里

引き止めようとしたけど

樹里

結局すぐに電話が切れて…

樹里

それでわたしはどうしようもなくなるんだけど

樹里

リクはそんなこと

樹里

絶対しないって信じてるから

リク

ああ

リク

おれはいつだって樹里の傍にいるよ

リク

おれだって

リク

樹里がいないと耐えられないんだ

樹里

ありがと、リク

樹里

…愛してる

リク

おれもだよ

リク

でもね

樹里

ん?

リクは突然わたしの手を握って わたしに身を寄せた

リク

どうしようも出来ないこともあるんだ

リク

未来できっと樹里を不幸にすることだって

リク

きっとあるだろう

リク

だからその前に

リク

しておきたいことがあって

リク

だから…

リク

樹里と

リク

別れたい

樹里

…どうして

樹里

どうして!

リクの顔を覗きこんだ でもリクは目を合わせようとしない

樹里

リク…

リク

このままだとおれは

リク

樹里のことをきっと不幸にする

リク

たくさん愛してくれて

リク

おれは幸せ者だった

リク

でも耐えられない

リク

樹里とさよならしなきゃ

リク

ごめんね

リク

大好きだったよ…

樹里

リク

樹里

わたしは…

言いよどんだわたしの唇に

リクの唇があわさった

どうすることもできない状態が数秒経って

リクの顔が離れた

頬に暖かい滴が 流れたのがわかった

動けなくなったわたしを放るように リクは足早に公園を後にした

どうしてだろう

わたしはもう 悲しみから抜け出せないのかもしれない

気づいたらあの街路を とぼとぼと歩いている

樹里

リク…

なんの予兆もなく訪れた「終わり」

わたしはどうすれば この悪夢から救いだされるのか

いや

どうすればリクを 引きとめられるのか

延々とそんなことを考えていると またあの光に包まれた

気がつくと自室

2021年9月12日

リクに電話をかけようか

そう思ったがやめておいた

電話しても たぶん結果は変わらないからだ

なぜわたしは見放されるんだろう

そもそもこの悪夢は

どうすれば断ち切れるのか

この悪い夢の先に リクとの日常が待っている

いまはそう思うしかないのか

樹里

…そうだ

わたしは閃いた

なんの理由もなしにリクがわたしを 見すてることはない

つまり どこかに原因があるはず

それを片っ端から調べなくては

まずはリクと出会ったころから

大学時代の卒業アルバムを開く

リクとはおなじ学年で おなじ文学部だった

わたしから告白して 「おれでよければ」と言われたとき

人生で一番感動した

大学を卒業してから

お互い違う会社に入ったけど

毎日電話を欠かさなかった

電話越しの大好きという言葉は その次の日を生きのびるための パワーになった

休みの日には予定を合わせて いろんな場所に遊びに行った

リクはいつも奢ってくれた

わたしがプレゼントした財布を たくさん使いたいと言ってくれた

財布…財布… そうだ

リクの財布

いつもたくさん メモみたいなものが入っていた

なにかのカードだろうか

わたしの知らないメモ

そういえば

大学を出てから

なぜかリクはわたしと 会いたがらない日があった

最初のうちは 不安でしかなかったけど

不安だからこそ それを払拭しなければならなかった

なるべく忘れるようつとめた

でも もしかしたらわたしに 隠し事をしている?

ほかに好きな人ができたの?

そんなわけはない

でも

突然別れを切り出される

そこに真意があるとすれば?

きっとそうだ

リク

どうしたの

リク

そんなに慌てて…

樹里

リク

樹里

確かめたいことがあるの

リク

リク

どうして

樹里

ほかに好きな人ができた

樹里

そうでしょ

リク

……

リク

なんで

樹里

…それ

樹里

こっちが聞きたいよ

やっぱりそうだった

リクはこれ以上ない沈痛な面持ちで 下唇を噛んでいた

リク

…別れよう

樹里

なんで…

樹里

なんでこんなことに

リク

なんでもなにもないよ

リク

樹里はおれに

リク

疑いをかけているんだろ?

リク

まあたしかに

リク

おれもそう思わせて悪かったよ

リク

変に思われないようにやってきた

リク

でもダメだったな

リク

別れよう

リク

いい機会だ

樹里

…っ

いつまでも目を合わせようとしない リクの顔を

わたしは思い切り 平手で打った

リク

………

リクはなにか口ごもる素振りを見せて 身をひるがえし歩き去る

わたしはベンチに力なく座りこみ 声を上げてひとり泣いた

泣き疲れてそのまま ベンチでうたた寝をしていた

もしかしてと思って スマホの時刻を見るが

2021年9月12日午後6時12分

結局いつもと変わらない

でも今日だけは

いつもの場所に行けなかった

あの場所まで歩く元気もないし あの場所に行く意味もない

ここで静かに 時間が経つのを待とう

ゆっくりと 実にゆっくりと時間が過ぎた

少しずつ公園は暗くなり

わたしも闇に溶け込むように 眠くなってきた

樹里

…!

目が覚めると ベッドの上だった

右足がやけに重く 呼吸がしづらい

誰かが電話をかけている

看護士

もしもし…もしもし!

看護士

立石さんの意識が戻りました!

看護士

…ええそうです!

看護士

主任はICUまで!

看護士

ご家族の方にも連絡を!

看護士

…承知しました!はい!

樹里

看護士

立石さん…よかった…

看護士

どうなってここに来たか覚えてますか?

樹里

え…

樹里

わたしは

樹里

変な夢を見てて…

看護士

無理して思い出すことはないですよ

看護士

ともかくにも

看護士

もう大丈夫です

いかにも大喜びと言わんばかりに 白衣の女はわたしに笑いかける

樹里

…あの

樹里

リクは…

看護士

リク?

看護士

立石さん、リクって…

彼女の目が丸くなった まるで何かを悟ったかのように

ちょうどそのとき 部屋のドアが開いて

お母さんが現れた

綾子

樹里

綾子

あんたこんなに心配かけて…

綾子

もしかして

綾子

死ぬつもりじゃなかったでしょうね

樹里

え…

樹里

どういうこと

看護士

お母さん

看護士

いまは娘さんを責めないで

看護士

なにも覚えてないんです

綾子

ええ?

綾子

記憶に障害があるということ?

看護士

…いえ!それは違います!

看護士

意識はいたって正常です

看護士

一時的に辛い気持ちを忘れているだけです

綾子

……そう

なにがなんだか 理解できないままだった

お母さんは苛立った様子で 不満げにため息をついた

綾子

これ

綾子

4日前に

綾子

リクさんが届けにきたのよ

樹里

リクが…?

樹里

リク!?

樹里

お母さん

樹里

リクはどこ?

樹里

いまリクはどこにいるの!?

綾子

落ち着いて

綾子

リクさんは13日に

綾子

脳腫瘍の摘出で

綾子

亡くなられたの

綾子

まったく樹里

綾子

あんたは立ち会いもせずに

綾子

のこのこ死のうとしてたの?

樹里

…え

樹里

リクが

樹里

しん、だ?

樹里

なんで?

樹里

なんで!

樹里

リクは、リクはリクは

樹里

なんで死んだの!

樹里

なんで……

綾子

すべては

綾子

樹里のためだったのよ

2021年9月16日 あの日から4日経っていた

お母さんの話によれば こうらしい

リクは9月12日 わたしに別れることを告げた

それからすぐ お母さんに

わたしに宛てた手紙を 持ってきた

一方悲しみに暮れたわたしは そこで自ら死ぬことしか 考えなかった

わたしは道路に身を投げ トラックに轢かれた

重傷を負って意識を失った すぐさま救急車が駆けつけた

一命は取りとめたが 脚に後遺症が残るほどの大怪我だった

だからわたしは 4日間昏睡状態だった

でもいまのわたしには どれだけ怪我が酷くても 関係のないことだ

リクはもういない

その最期すら見届けることが できなかった

ただそれだけの事実で わたしは失意のどん底に 突き落とされた

見慣れたあの場所へ来た

もうあの苦しい時間を繰り返すことは ないだろう

今日 ひとつだけ分かったことがある

リクはわたしを遠ざけようと あんなことを言ったのではなく

わたしにリク自身を忘れて 生きて欲しいから

別れようと告げたのだ

それに気づかなかったわたしは

ただひたすら 愚かだった

でももう良かった

前方に白い光があった

わたしはその光に身を委ねて 瞼を閉じた

樹里

…!

2021年9月12日 見覚えのある部屋

樹里

あれは

樹里

全部夢だったのかな…

たしかに全ては夢なのかもしれない

けれど わたしにとっては

すべて実感をともなった 現実に他ならない

…あの時間が近づいていた もうすぐ電話が来る

来た リクからの着信

樹里

もしもし

リク

樹里

樹里

リク…

わたしは泣き出しそうになるのを ぐっと堪えた

リク

おれたち、別れよう

リク

樹里にとっては辛いかもしれないけど

リク

それでも別れたい

樹里

わたしも

樹里

わたしも、リクがそう決めたなら

樹里

大丈夫、だよ

リク

ほんとうに

リク

ありがとう

リク

きっと樹里も辛かったよね

樹里

うん

樹里

ちょっとだけね

樹里

でももう、大丈夫

樹里

わたし

樹里

ちゃんと歩いていけそう

リク

よかった

リク

樹里はこれからも

リク

ちゃんと生きてくれよ

リク

必ず幸せになれるから

樹里

うん

樹里

わたしも

樹里

リクのこと、忘れないよ

リク

樹里…

リク

ありがとう

リク

ほんとうに

リク

樹里と一緒でよかった

リク

大好き、だったよ

樹里

わたしも

樹里

大好き、だったよ

リク

…へへ

リク

なんか照れくさいな

リク

じゃあ…元気でね

樹里

うん

そして 電話は終わった

わたしはようやく あることに気づいた

いつの間にか 悪い夢だと思っていた9月12日たちは

ゆっくり ほんとうの夢へとすり変わっていた ということに

そして事実を認めた時 現実に戻れることにも

2021年9月17日

わたしはお母さんからもらった リクが書いた手紙を開封した

リクはずっと前から わたしにそれを望んでいたのかもしれない

このあと リクのお墓に行くつもりだ

最後に直接 リクにありがとうが言いたかった

人間はあまりに不条理で 納得いかない場に面したとき

その場を繰り返し生きる幻想を 見ることがあるという

リクとわたしは そこにとどまっていたのだろう

リクからもらった手紙 そこにはたった一言

こう書いてあった

進め、今日の向こう側へ

Fin. 最後までお読みくださり ありがとうございました この物語はフィクションです

この作品はいかがでしたか?

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コメント

4

ユーザー

今回はいつもと少し雰囲気が違う作品でしたが、構成もお話もすごく良かったです!胸キュンしました✨もはや公式作家さんレベルですね…!

ユーザー
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