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浅野
これは……
部屋でひとり、唸っている私の目の前には巨大なパフェが鎮座していた
もはやパフェの容器が花瓶にしかみえないほどの特大サイズだ
『たい焼きモンブランパフェ』
一日に十個しか作られない幻の限定スイーツ
それが お見舞い品の置かれる机に放置されていた
こんな巨大なパフェを先輩は何も言わずに私の死角に置いていったらしい
そもそも どうやって持ってきたんだろう……
見ているだけで胃もたれを起こしそうなので、取りあえず保留とする
パフェを置きながら、私はふとあの日のことを思い出していた
光の中に現れた祖父の顔
そもそも祖父はまだ元気に生きている
生き霊とも考えられたが…
祖父は毎日囲碁を打ちに公民館へ足繁く通っている
あの祖父が生き霊になるとも思えなかった
わからないことだらけだ
しかし ただひとつ確かなことがある
あのとき聴こえてきた "音楽" は『第九』だった
『第九』
『交響曲第9番 歓喜の歌』
音楽室に必ず飾られているあのベートーヴェンが最期に作曲した交響曲
日本では年末のコンサートでよく耳にする曲だ
確か昨年の大晦日、残業の休憩中にホロテレビで聴いた気がする
小学生くらいの子達が同じ衣装を着込み、ホールで合唱していた
あの時なぜか、先輩は第九が流れ始めたところでテレビの電源を無言で落としていた
虫の居所が悪いのかと思っていたが、もしかしたらあのゴーストと何か関係があるのかもしれない
かといって、先輩から聞きだすのは難しそうだ
また思考が振りだしに戻る
………
そういえば、あのゴーストが奏でていた『歓喜の歌』はメロディーが少し違っていた
違っていたというよりは、むしろ……
『ああ友よ、この音色ではない』
はっとする
無意識に口ずさんでいた
『歓喜の歌』は私の一番好きな曲だ
子どもの頃、よく友人とどちらが上手いか競って歌ったものだ
今はもう聴けないが、その曲を記憶している"御守り"を私は持ち歩いている
ひとり懐かしんでいると、するすると病室のドアが開いた
浅野
浅野
ひょっこりと顔を出した彼はなぜか季節外れのマフラーをしてた
宮原は"ゴースト駆除株式会社"の若きエンジニアだ
この年齢で様々な解念剤の調合を受け持っている
うちの会社は結構大きな会社だと最近になって知った
世界中に支店を持ち、解念剤の特許によって ほとんど専売状態らしい
大抜擢されたといえよう
宮原
浅野
こういう気を利けるのは宮原のいいところだ
宮原
宮原
浅野
咄嗟に振り返る
暑さで支えきれなくなったのだろう
パフェの頂上から たい焼きが滑り落ち始めていた
スプーンで苺をクリームから掬いだす
浅野
宮原
一人では食べきれそうもなかったので『たい焼きモンブランパフェ』の制覇に宮原に加勢してもらっている
ごろごろと栗の入ったモンブランをぱくりと口に運び、彼が答える
宮原
宮原
宮原
浅野
浅野
軽口を叩きながらも、私にも相談したいことがあるのだ
宮原
宮原にはあの日のことを事細かく話して伝えた
ライトが効かなかったことや光の怪物のこと-
もちろん、ピザのことも
宮原
宮原は時折質問を交えながら耳を傾けていたが、何か気になることがあるようだ
昔から集中して考えているとき、彼は手の中のペンをもてあそぶ
子供の頃からそれは変わっていない
実は彼とは幼馴染みなのだ
うちの会社の研究室で会ったときは驚いたものだ
浅野
宮原
外から悲鳴があがった
二人の視線がドアの向こうへと移る
宮原
浅野
宮原
そう言うと、にこりとして ドアの向こうへと行ってしまう
宮原にも置いていかれてしまった
にわかに騒がしくなった廊下が 気になりはするも
彼に後から色々と言われてしまうので素直に待つことにした
……………
遅い
宮原が病室を出てから20分ほど経った
騒ぎは聴こえなくなったものの、絶えず走るような足音が響いている
すでにパフェは食べ終えてしまった
本格的に何もすることがなくなったところで、再びドアが開く
宮原だった
幾分か顔色が悪い
浅野
宮原
宮原
え………?
唐突すぎて言葉を失った
浅野
浅野
浅野
………
宮原は答えない
浅野
浅野
宮原
宮原
私は友人の制止も聞かずに病室を出た
浅野
医者によると目立った外傷はなかったらしい
心臓発作か何かだろうと言われた
健康に疎い先輩だったが、風邪を引いたところも見たことがない
先輩が死ぬはずがない
死ぬ はずが……
私は頭の中がぐちゃぐちゃになりながら脳を働かせる
浅野
浅野
宮原
隣の看護師と見合わせ、医者はため息をつく
おもむろにカウンターの装置を起動させる
ホログラムが映し出された
2054.8.15.10:49
先輩が部屋に戻っていった頃だ
ホログラムの先輩は電話が来たようでスマホを取り出す
その直後、不可解な動きを始めた
先輩は一点だけを見つめて何かに怯えるように後ずさり始めた
宮原
ホログラムには先輩しか映っていない
何かに廊下の端まで追い詰められると-
壁にのびる先輩の影が 消えた
ザ ァ ァ l
ホログラムが真っ白に光りだす
いきなりのことで反応できないでいると…
砂嵐が"あの音楽"を奏で始める
ぃゃ…
いやだ……
嫌だ嫌だ嫌だ
宮原
恐怖に駆られた私は逃げ出した
友人も押し倒して光から逃げた
病み上がりの体が悲鳴をあげても構わず走った
なんで?
なんで私なの?
私も先輩みたいに死ぬの?
自分の幻聴なのか、絶えず『第九』が頭の中を流れている
大好きな曲を聴きながら殺されるなんて思ってもみなかった
ごちゃごちゃな感情の涙が視界を悪くする
そのせいで植木鉢なのか人なのか、何かにぶつかり、体を床に強く叩きつける
突然 電流が走ったように記憶が繋がった
あの屋敷で見た顔
祖父ではない人
夢の中で画面に映っていた老人
『歓喜の歌』の合唱団
ああ…あの人は……
ずしりと体が重くなる
何者かに抑え込まれるように体が沈んでいく
死んだ………
死んだ 私は 死んだ
もう逃げる気力もない
そして 私の逃亡は終わりを告げた
『No.9 -ナイン-』へ続く