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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

こんな噂がある

ハロウィンの夜、23時59分に スマートフォンに向かって 「死にたい」と強く念じると

10月32日に行けるらしい

それは終わりのない 永遠の夜を過ごせる1日だという

優詩

永遠の夜か…

大学受験に失敗して 浪人生活で半年を経た頃

おれはなんだか 虚しい人生を送っていると 思うようになった

勉強にも何にも 未来を見出すことができない

こんなことなら いっそ快も不快もない 空間に身を放り投げたい

最近そればかり考えて なにも手につかない感じがする

永遠の夜

そんな言葉が魅力的に思えるほど 疲れきっているのだろう

優詩

そうだ…

優詩

まだおれはここにいるのかな

ポケットから スマートフォンを取り出した

画面に表示されている時刻は 0:15

日付は 10月32日

優詩

ああ

優詩

よかった

優詩

ここは夜の世界だ…

そう おれは 噂に乗ってみたのだ

結果として 静かな夜が訪れた

優詩

もうあの日々に戻っても

優詩

なにもないんだから

優詩

しばらくここでゆっくりしよう

不確かな孤独感と寂しさ その安定しない感情は

心を蝕み しかしその蝕まれていくことが

麻酔のように 居心地の悪い安定を 感じさせた

だからなのか

どこにも帰りたいと 思えなくなった

ただぼんやりと 夜の街にはりつめた闇を

肌で感じながら歩き続ける

優詩

優詩

…あれは?

足音が聞こえた 闇の奥から誰かが走ってくる

かと思うと おれのほうに向かって疾走してきた

おれの前にあらわれたのは

髪を振りみだした 背の低い少女だった

琴海

逃げなきゃ

琴海

あれにやられる前に!

肩で息をしている彼女は 憔悴しきった声で叫ぶ

優詩

なぜ…

琴海

こっちに来て

琴海

早く!

少女はやにわに おれの右腕を掴んで

さっき歩いてきたほうへ おれを連れようとした

琴海

あれに呑まれたら死ぬ!

琴海

急いで!

おれは背後を振り返る

たしかにそこから 巨大で黒いものが近づいてきている

それは闇と言うより 真っ黒なブラックホールとでも 言うべきだった

琴海

早く!

琴海

はあ…はあ…

おれたちは 息を切らしながら

路地裏をかいくぐり 巨大な黒から逃れた

琴海

なんでこんなことをしたの

優詩

優詩

おれは

優詩

あの噂どおり

優詩

別の世界に行きたいと思って…

琴海

別の世界…

琴海

そんなものがほんとにあると思ったの?

琴海

バカだね

優詩

琴海

なにも分かってないくせに

優詩

じゃあ

優詩

いったい今起きているこれはなんなんだ

琴海

アブストラクト・バグ

琴海

一般にはそう言われてるけど

琴海

どうして起きたのか解明されていないデータの破損

琴海

なぜか10月32日という

琴海

パラレル的なもう1つの現実が現れてしまった

優詩

もう1つの現実…

琴海

そう

琴海

ここからほんとうの現実に帰るための方法はひとつ

琴海

10月32日が終わる23時59分に

琴海

「帰りたい」とスマートフォンに向かって強く願うこと

琴海

もし帰れなかったら

琴海

とんでもないことになる

優詩

じゃあ

優詩

きみは

琴海

わたしは

琴海

きみを現実世界にひきもどすために

琴海

ここに来た

優詩

そうか

琴海

とにかくきみは愚か

琴海

遊び半分でこんなとこに来るなんて

優詩

遊び半分なんかじゃないんだ

優詩

おれは死にたいと思って

優詩

本気で消えたいと思った

優詩

だから永遠の夜があるなら

優詩

そこに行きたいと

琴海

ふーん

琴海

やっぱり遊び半分だね

優詩

なぜ

琴海

いい?

琴海

現実世界にはまだまだきみの知らないものがたくさんある

琴海

辛いことの方が多いかもしれないけど

琴海

きっと幸せなこともある

琴海

きみはその幸せを見つけるために

琴海

生き続けなければならないんだよ

優詩

少し沈黙があって

遠くから犬の遠吠えのような 不気味な地鳴りが聞こえた

琴海

…!

琴海

また来る…!

琴海

まだ走れる?

琴海

逃げるよ!

優詩

優詩

ああ…分かった

琴海

こっち!はやく!

シャツが汗でびっしょり濡れてしまった

しかし着替えもない どうすることもできなかった

琴海

スマートフォン

琴海

見せてくれるかな

優詩

いいよ

優詩

ちょっと待って

優詩

優詩

はい

琴海

ありがと

琴海

琴海

14時36分

琴海

なんだかんだで

琴海

あと10時間を切った

優詩

優詩

きみのおかげだ

琴海

お礼はいらない

琴海

わたしが勝手に

琴海

助けてるだけだから

優詩

そっか

優詩

でもありがとう

優詩

ここ最近

優詩

誰とも話してなくて

優詩

きみと話せたことが嬉しい

琴海

そうかな

琴海

わたしはきみが思うほど

琴海

楽しい人じゃないでしょ

優詩

そんなこと言うなよ

琴海

優詩

…ごめん

琴海

いや

琴海

いいんだよ

優詩

うん…

琴海

琴海

ところで

琴海

きみの名前なんて言うの?

優詩

おれは

優詩

優詩

琴海

いい名前だね

琴海

どうしてさ…

琴海

死にたいって思ったの?

優詩

それは…

優詩

高校に入ってから

優詩

目指してた大学に進学するために

優詩

起きてる間じゅう勉強することに決めたんだ

優詩

でも

優詩

定まった科目だけを

優詩

ひたすら頭に叩き込んでいくうちに

優詩

疲れてしまって

優詩

次第に友達との付き合いも減ってしまった

優詩

結局努力は報われず

優詩

志望校に落ちてしまった

優詩

それでも勉強するしかなかった

優詩

勉強しかできなかったからだ

優詩

いつの間にかそんな無機質な人間になってしまった

優詩

おれは

優詩

次第にその勉強すら嫌になってしまって

優詩

逃げる場所を失ってしまった

優詩

だから死のうとしか

優詩

思えなくなった

琴海

琴海

そうなんだね

琴海

軽くあしらってごめんね

琴海

でもね

琴海

それはほんとに軽い理由だよ

琴海

きみなら現実に戻ったとき

琴海

死ぬ以外の選択肢を見つけられる

琴海

そんな気がする

優詩

そうかな…

琴海

だからきみは

琴海

ちゃんと現実に戻るんだよ

琴海

うっ

優詩

少女はそう言い終えると 前のめりに倒れた

おれは慌てて 彼女の上体を抱えた

優詩

おい…

優詩

しっかりするんだ

琴海

ごめんね

琴海

ちょっと眠くなっちゃって…

優詩

え…

琴海

ちょっと寝させて…

琴海

このままでいいから

そう言うと

彼女の瞳が閉じて

深い寝息をつきはじめた

おれは当惑してしまった

彼女の身体はとてもやわらかく しかし氷のように冷たかったからだ

しかし呼吸をして ときどき身をよじった

おれは両腕で彼女を包み込む

なぜだか ひどく悲しい気分になった

何かが分かりかけてきたからだった

琴海

おーい

優詩

…ん

優詩

あっ!?

琴海

大丈夫

琴海

きみも寝ていただけだ

優詩

ごっごめん

優詩

これは…あの…

琴海

気にしないでいい

琴海

それより

琴海

もう23時30分になる

琴海

そろそろ準備しないと

優詩

あっ

優詩

そうだった…

琴海

さあ

琴海

スマートフォンを出して

琴海

…よし

琴海

充電は十分

優詩

…なあ

優詩

もうすぐ元通りになっちゃうんだよな

琴海

そうだよ

優詩

現実に戻る前に

優詩

きみの話を聞かせてほしい

琴海

わたしの話って?

優詩

なぜきみはここにきたのか

優詩

どうしてここのことをよく知っているのか

琴海

…きみには関係ないことだよ

優詩

でも聞きたい

琴海

…じゃあ

琴海

ひとつだけ教えてあげる

琴海

わたしは

琴海

このアブストラクト・バグのなかで生まれた

琴海

架空の存在なの

琴海

ここに来た哀れな人たちを

琴海

現実世界にひきもどす役なんだ

琴海

そういうのって

琴海

必要でしょ

優詩

優詩

そうだったのか

そのとき

遠くからふたたび

不気味な地鳴りが聞こえた

琴海

59分になるまえに

琴海

全部が暗闇になるかもしれない

琴海

でも落ち着いて

琴海

戻りたいって念じて

琴海

わかった?

優詩

わかった

優詩

ありがとう…

優詩

あっ

優詩

来た…

琴海

さあ

琴海

スマートフォンを

優詩

琴海

必死に念じて

琴海

もうこんなことはしないでね

優詩

琴海

それじゃ

琴海

さようなら

10月32日 午前0時12分

琴海はあの日と同じように 暗い世界にひとり 立ち尽くしていた

琴海

よかった

琴海

優詩はちゃんと戻ってくれた

琴海

あのとき嘘をついてしまった

琴海

本当はわたしは

琴海

来年には死ぬかもしれなかった

琴海

だからこの永遠の夜…10月32日に居られる

琴海

こうしなければ

琴海

わたしはなにもできず病で死んでいただろう

琴海

いや

琴海

ここに永続的にいるなら

琴海

それは死と同じかもしれない

琴海

わたしはすでに

琴海

ハロウィンの夜に死んだ

琴海

幽霊なのかもしれないな

彼女は静かに 涙を落とした

決して誰にも見せようとしない涙

でもひそかに 誰かに救われたいと思っているかもしれない

たとえばおれが 彼女の名前をここで呼んだら

喜んでくれるだろうか それとも別のなにかが 待っているのだろうか

優詩

琴海

彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を おれに向けた

優詩

1年ぶりだね

琴海

なんで…

「なんで琴海のもとに戻れたか」 説明は後回しにして

おれは彼女に歩みよって その手をとった

優詩

しばらくこうしていよう

そう言うと琴海は 冷えきった顔をおれにうずめた

いつかおれも そんな琴海と同じになれたら

琴海とずっと一緒にいたいと 強く願っている

Fin. この物語はフィクションです 最後までお読みくださり ありがとうございました

この作品はいかがでしたか?

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コメント

7

ユーザー

山根さんでハロウィンと言えばドロドロホラーかと思いきや…意外性にやられました!面白かったです☺

ユーザー
ユーザー

ホラーからの切なく美しい物語でした😭 面白かったです!

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