八橋
あのさぁ、確かにそっちの言う通り、私の北風と太陽は物語のバリエーションがない。
八橋
でもさ、だからこそ――って考えたりしない?
八橋
自分で言ってしまうけど、北風と太陽って【上着を脱ぐ】か【上着を脱がない】のいずれしかないわけよ。
八橋
事実、こんな単純な選択肢しかないから、一宮君には負けちゃったけどさ。
八橋
ね?
一宮
あ、あぁ。
普通に考えれば二択勝負になるよな。
普通に考えれば二択勝負になるよな。
一宮
(それでも、どちらが正解かまでは絞り込めなかったけどな)
一宮
(結局、こっちのストーリーを踏ませるように誘導しただけだし)
四ツ谷
それで、なにが言いたい?
気だるそうに問うてくる四ツ谷に対して、八橋は笑みを浮かべる。
八橋
例えばさ――私が仕掛けたストーリーが【上着を脱がない】だったらどうする?
一宮
(俺の時は【上着を脱ぐことに抗う】が、八橋の仕掛けたストーリーだった。ただ単純に【上着を脱がない】って行為は、ストーリーとして認められるのだろうか)
一宮
(そもそもの基準がないし【〇〇をしない】という、消極的な行動は駄目なんじゃないか)
一宮
(だからこそ、俺の時はそこに【抗う】という行動を付け足したのだろうし)
七星
なるほど、なかなか面白いことを考えるな。
七星
もし仮に【上着を脱がない】というストーリーが、そちらの仕掛けたストーリーならば、私達は【上着を脱ぐ】必要がある。
七星
しかし、もしかすると【上着を脱ぐ】ほうが、仕掛けられたストーリーなのかもしれない。
七星
そちらの仕掛けたストーリーを回避するつもりが、逆にストーリーを踏んでしまうという算段か。
七星
バリエーションのない物語だからこそ通用する戦略だが、しかし【上着を脱がない】というのは具体性に欠ける行動だ。
七星
【〇〇をする】という能動的行動ならば、それはストーリーとして成立するだろうが、逆に【〇〇をしない】という受動的行動は、おそらくだがストーリーとして認められないだろう。
七星
もしこれがストーリーとして成立するなら【死なない】なんてストーリーも可能になってしまう。
七星
本当に【上着を脱がない】というストーリーを仕掛けているのであれば、残念ながら私達が有利となるな。
八橋
なにか他に特別な条件をつけてるかもよ。
七星
どちらにせよ、バリエーションの少ない物語にストーリーを仕掛けること自体、かなりのリスクを背負うことになる。
七星
どうやら、桃太郎に絞って考えても良さそうだな。
一宮
(七星の思考――考え方としては間違っていない。八橋の物語はバリエーションが乏しく、だからこそ警戒されやすい。それを前提とするなら、桃太郎にストーリーを仕掛けてあると考えるのが筋だ)
一宮
(相手に踏ませるストーリーはともかく、踏まれたら負けになるストーリーは、絶対に手数の多い物語のほうに仕掛けたほうがいい)
一宮
(彼女も俺と同じ考えならば、あえて金太郎は捨てて、人魚姫にストーリーを集中して仕掛けてあるってことか?)
一宮
(実際……俺の桃太郎には2種類のストーリーを仕掛けてある)
一宮
(仕掛けられるストーリーは、チームごとにそれぞれ2種類ずつ)
一宮
(【相手に踏ませる地雷】と【相手が踏んだらこちらが死んでしまう地雷】の2種類だ)
一宮
(八橋には、ブラフで相手を誘い込む役割をお願してある)
八橋
……ねぇ、それって私の絵本にはなにも仕掛けられていないと思ってるってこと?
七星
あぁ、そうなるな。
七星
少なくとも、私達に踏まれて困るストーリーは仕掛けてあるまい。
七星
木の葉を隠すのなら、葉が多く落ちている森の中のほうがいいに決まっている。
七星
木の葉が目立つ場所に、木の葉を隠そうとは思わないだろう?
八橋
さぁ?
私はひねくれ者だからね。
私はひねくれ者だからね。
八橋
もしかしたら、自分の絵本に仕掛けてあるかもよ。
四ツ谷
それはこっちにも同じことが言える。
四ツ谷
金太郎だって、熊と相撲とっただけじゃねぇんだぞ。
七星
どちらにせよ、バリエーションが乏しいのは間違いないがな。
四ツ谷
それは俺の絵本の問題だよ。
四ツ谷
そもそも、金太郎ってのは、のちに坂田金時と呼ばれることになる実在の人物の話であってな……。
七星
だが、所持している金太郎の内容は、熊と相撲を取って、橋をかけて幸せに暮らしただけだ。
七星
やはり、バリエーションは乏しいな。
一宮
(このやたらとバリエーションを気にしている辺り……引っかかるな)
一宮
(もしかして、金太郎にはなにも仕掛けていないと思わせるブラフなんじゃ……)
一宮
だから、あえて金太郎に仕掛けた……とか?
少しばかり揺さぶってみる。
四ツ谷
さぁな?
試してみるか?
試してみるか?
八橋
それじゃあ――私と相撲でも取ってみる?
八橋
こう見えて、腕っぷしには少し自信があったりするのよ。
一宮
(おそらくだが、そこまで分かりやすいところにストーリーは仕掛けない。でも、分かりやすいからこそ――という可能性もなくはない)
一宮
(八橋は良い意味で大胆だけど、悪い意味でいうと考えなしのところがある。あまり派手に動かないほうがいいと思うんだけど)
四ツ谷
いや、遠慮しとく。
女を投げ飛ばす趣味はないし。
女を投げ飛ばす趣味はないし。
八橋
……そう言って、実は負けるのが怖いだけなんじゃない?
四ツ谷
そもそも、なんでお前と相撲をしなきゃならないんだよ。
八橋
いや、もしかして、その行動こそが、そっちの仕掛けたストーリーかもしれないし。
四ツ谷
いやいや、嫌だって。
嫌がる四ツ谷をよそに、八橋はそれっぽく構える。
八橋
はっけよーい……のこった!
四ツ谷
うわっ、あぶねぇ!
突進した八橋をかわす四ツ谷。そこで踏みとどまると、体の向きを変えて四ツ谷の腰に手を回す八橋。
その瞬間を一宮は見逃さなかった。
そう、七星がゆるく唇の口角を上げた瞬間を。
一宮
まずいっ!
一宮
八橋!
それは罠だ!
それは罠だ!






