七星
(こうも簡単に引っかかってくれるとは思わなかった)
四ツ谷と相撲をとり始めた八橋の姿を見て、七星は内心でほくそ笑んだ。
七星
(こちらの予定では、もう少し場の硬直が続き、四ツ谷が苛立ち始める――という流れになるはずだった)
七星
(そこで、八橋という女に八つ当たりをし、おそらく止めに入るであろう一宮と取っ組み合いを始める……その取っ組み合いこそが相撲となる。そんな予定だった)
七星
(しかし、幸いなことにあちらから仕掛けてきてくれたのだ。こればかりはラッキーだ)
八橋と組み合った八橋。四ツ谷が七星のほうへと視線を向けてくる。彼もまた笑みを浮かべていた。
七星
(人間というのは基本的に面倒くさがる。ゆえにどうしてもインパクトのある選択肢に飛びつきがちだ)
七星
(確かに選択肢の少ない物語は、警戒されやすいが、警戒されやすいからこそ安全だったりもする)
七星
(相手がグー、チョキ、パーのいずれかを出すじゃんけんと、相手がグー、チョキ、パーの一種しか出さないじゃんけんでは、条件は全く同じなのに、なぜか後者のほうが勝ちやすいと錯覚してしまうものだ)
七星
(残念ながら、私達の勝ち)
七星
(安易な選択に流れてしまったそちらの負けだ)
四ツ谷
ご苦労さん。
思ったより、あんたが馬鹿で良かったわ。
八橋
くっ……!
四ツ谷の言葉と同時に、八橋が見えない力に弾き飛ばされる。
そして、八橋の周囲を漂っていた絵本に鎖が巻きつけられる。
七星
残念だったな……。
七星
チーム戦というのは、自分以外の人間をいかに管理するかを問われるものだ。
七星
今回はそちらより、私のほうが勝っていただけのこと。
七星
そちらの意思は引き継ぐから、心配しないで欲しい。
四ツ谷
裏の裏――かかせてもらったよ。
四ツ谷
まさか、こんな単純な行動が、俺の仕掛けたストーリーだとは思わなかっただろ?
八橋
一宮君……ごめん。
一宮
あぁ……。
八橋
こいつらの勝ち誇った感じが面白くて、もう我慢できないわ。
七星
(どうした?)
七星
(負け惜しみにしては随分と不穏な感じが……)
ふと、四ツ谷のほうを見ると、明らかな異変が起きていた。
七星
四ツ谷……その絵本、どうした?
四ツ谷
そんな、姐さんだって……。
四ツ谷が指を指す方向へと視線をやると、そこには鎖が巻きついた人魚姫の無惨な姿があった。
一宮
裏の裏か――果たして、最初から本当に表だったのかな?
八橋
いやー、私演技上手くない?
八橋
今から女優目指せるレベル。
七星
な……なぜ?
七星
なにが起きた?
一宮
簡単なことさ。
一宮
そっちが俺のストーリーを踏んだんだよ。
一宮
もちろん、踏ませたら俺が勝ちになるほうのストーリー……。
一宮
そう、桃太郎が鬼をやっつけたみたいに【敵をやっつける】というストーリーをな。
一宮
そっちは八橋という敵をやっつけた。
一宮
よって、俺の仕掛けたストーリーを踏ん……。
七星
いや、待て!
七星
その前にそっちがこちらのストーリーを踏んでるじゃないか!
七星
これはチーム戦で、2人は一連托生。
七星
そちらの八橋が、先に【相撲をとる】というストーリーを踏んだのだから、その後にこちらがストーリーを踏もうが、それは無効になるはずだ。
一宮
そう、だから【敵を倒す】なんてストーリーは、絶対に使えないはずなんだ。
一宮
だって、そのストーリーを踏まれるってことは、こちらが先にやられる――負けるってことだから。
八橋
でもねぇ、それがこの場合じゃ生きてくるわけよ。
八橋
だってこれはチーム戦でしょ?
一宮
問題はチームの振り分け方だが、ストーリーをセットした時点で確信した。
一宮
この勝負のチーム分けは、単純に本人と従えている人間で振り分けられるってね。
一宮
正確には、捕縛権を有している者と、捕縛される者でチームとしてみなされる。
一宮
そうじゃなきゃ、俺の桃太郎に【踏ませるストーリー】と【踏まれてはいけないストーリー】の2種類をセットすることはできないはずだから。
八橋
まぁ、私も両方セットするって事前に打ち合わせておいたからね。
七星
え……まさか。
七星
そんなことがあり得るのか?
八橋
ね?
八橋
信じられないでしょう?
八橋
この一宮君って男が、まさか私を従えず、しかも捕縛権を放棄しているなんて。
一宮
もう分かっただろ?
一宮
俺達は最初からチームを組んでなかったとみなされていたんだよ。
一宮
つまり、この勝負に参加していたのは、七星と四ツ谷のチーム、八橋単独のチーム、そして俺単独のチーム。
一宮
3チームによる三つ巴だった。
八橋
確かに私は、四ツ谷の【相撲をとる】というストーリーを踏んでしまった。
八橋
だから、この時点で私の負けは確定した。
八橋
でも、それと同時に、そっちは【敵を倒す】という一宮君のストーリーを踏んだわけ。
一宮
もちろん、俺と八橋は別のチーム扱いになるから、八橋が負けてしまっても、俺のストーリーは有効となる。
八橋
その結果がこれ。
八橋
現状、生き残っているのは一宮君だけ。
八橋
あんたらの負けよ。
四ツ谷
あの、やたらと八橋が一宮に負けたことをアピールしていたのも、一宮が八橋の捕縛権を有していると思わせるためのブラフだったのか。
七星
なぜだ?
七星
なぜ、その女を従えようとしないんだ!
一宮
いや……なんていうか、そういうの嫌なだけで、特に理由はない。
四ツ谷
裏の裏をかいたつもりが、そもそも前提から間違ってたってことかよ。
七星
くくっ……くくくくくくっ。
一宮の言葉を聞いた七星は、思わず笑いを堪えられずに声を出してしまった。
七星
あっはっはっはっは!
七星
気に入ったぞ。
七星
正直者が馬鹿を見る世の中で、そこまで潔く正直になれるなんて!
七星
どうやら、私の知見が浅かったようだ。
七星
一宮、見事だった。
八橋
あのぉ、私も囮役として活躍したんですけどぉ。
七星
そうだったな。
七星
あの大胆不適な立ち回りまで、囮役に徹するための演技だったとはな。
七星
脱帽だ。
七星は四ツ谷とアイコンタクト。四ツ谷が力強く頷くと、七星は口を開いた。
七星
私達の……負けだ。
七星
処遇は好きにすればいい。