リビングに戻って鼻歌を歌いながら食器を片付ける。
こんなことしてたら本当に奥さんみたい。
何度も雅紀の家でご飯は食べてるけどいつも決まってニノも一緒で
料理作るのも片付けるのも3人でやっていたから
だからこんなキモチにはならなかったけど
今は奥さんなキモチで
もう少しだけこのままのキモチでいさせてって思ったけど
ブーブー
机の上で雅紀のスマホが震えて自然と目がいく。
通知で明るくなった画面
見ちゃいけないって思ったけど見えちゃって
風邪、早く治してね
また、お出かけしようね
しおりって書かれた差出人からのLINEだった。
彼女ってこの人なのかな
さっきまで奥さん気取りしていた私の気分はどんどん沈んでいく
いつか私が雅紀のお嫁さんになれたらな
なんて願望ももう叶わないんだな
って突きつけられる現実。
だけど雅紀は風邪の時、彼女じゃなくて私にそばにいてほしいって
それはどうして?
私だったら好きな人に隣にいてほしい
それだけで治る気がするから
どうして私を選んでくれたの?
彼女に風邪をうつしたくなかったから?
それだったら悲しいな
私はうつっても大丈夫ってことでしょ?
わかんないよ
雅紀の行動、感情、全てがわかんない
どうしようもなく胸が締め付けられて
苦しくて苦しくて
咲羅
気づいたらニノに電話していた。
和也
咲羅
誰かと話してこの苦しさから解放されたかった。
モヤモヤして気持ち悪いから誰かに話を聞いてほしかった。
そんなのニノしかいなくて。
迷惑承知で電話、かけちゃった
和也
咲羅
和也
耳がキンとなるくらいの大きな声。
すっごく驚いているらしい。
和也
咲羅
和也
咲羅
電話越しでもお見通しなニノ
なんであなたそんなに鋭いの?!
和也
咲羅
和也
こんな時間で悪いし、電話できただけで充分だよって断ったけど
和也
そう言われたら断れなくて
ありがとう
だけ言って電話を切った。
にのの家から雅紀の家は自転車で10分くらい。
ぼーっとテレビの横の写真を見てたらすぐにスマホが鳴った。
和也 【ついたよ】
って一言だけ送られてきたLINE。
それを確認して、コートとマフラーをしてできるだけ音を立てないようにして家から出た。
咲羅
自転車にまたがりながら携帯をいじっていたニノへ近づく。
和也
咲羅
ニノはキコキコ自転車を押しながらうんうんって私の話を聞いてくれた。
やっぱり人に話すと心が少し軽くなる
少しだけだけど苦しみから解放された気がした
和也
自販機でホットコーヒーを買ったニノは私にもって聞いてくれて
咲羅
私はホットレモンを選んだ。
気づいたら前に雅紀に彼女できたって報告された時にたどり着いた公園に来ていた。
やっぱりここに来ると思い出しちゃう
あの時の味わったこともない苦しさが蘇って来る。
そのときニノに話を聞いてもらったときに座ってたベンチに座って。
白い息をはいて何気ない話をして。
少しだけ、雅紀を忘れることができた。
和也
咲羅
和也
再び雅紀の話になって胸がきゅうと縮まった。
咲羅
和也
咲羅
思わずニノがコーヒーを吹き出しそうになっていた。
そうだよね、普通驚くよね
どこまでしつこいんだって思われるよね
咲羅
和也
咲羅
和也
ごくん、とコーヒーを飲むニノは
どこを見ているのかどんな気持ちなのか
ただただ遠くを見つめてそのまま黙り込んでしまった。
そのままゆっくりと時間が流れる。
クシャッて飲み終わったコーヒーの缶を潰す音がすごく大きく聞こえた。
和也
咲羅
和也
肘を膝にのっけて前かがみになって
潰した空き缶を見つめるニノ
和也
新しい恋、か…
見つかるのかな
だけどやっぱりこんなに長い間好きだった人を簡単には忘れられないよ
咲羅
和也
咲羅
和也
空き缶から私へ視線を移す。
久しぶりに見るニノの真剣な眼差しに見つめられてなんか私、緊張してる
和也
咲羅
うそ…だよね?
咲羅
冗談…だよね?
あははって笑うんだよね?
和也
聞きたくない
ニノとはこれからもこのままでいたい
だから…
和也
咲羅
初めて知った
全く知らなかった
全く気づけなかった
だけどなかったことにしたくて
今まで通りの関係でいたくて
咲羅
夜中のテンションかなにかだよ
なんて戸惑う自分に言い聞かせてホットレモンの入っていたペットボトルを捨てようとベンチから立ち上がる。
帰ってしまえばわからないよ
ニノだってきっと覚えてないよ
…なのに
咲羅
ぎゅうって後ろからニノに抱きしめられた。