コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
浄海と姫子に連れられ、桜達は2回目の移動。 日が傾き始めていた。
次の行き先は……雑木林の真ん中に位置する、広めの一軒家。 もちろん不法侵入だ。
半分自然と一体化した庭に佇む、和風の古民家。 秋田に住む曾祖母の実家を思い出す。 ちなみに曾祖母は現在万能細胞で18歳にまで若返りVtuberをやっている。
彼らやブラックドラゴンに限らず、多くのブランドは東原各地の廃墟に、勝手に棲み着いて生活している。
襲撃で追われた時に備えて、あちこちに根城を作っているブランドも多いと聞く。 彼らも同じようにいくつか確保しているのだろう。
ザッ ザッ ザッ
ぼうぼうに生えた草を掻き分け、一行は広い庭を進む。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
自分の家のように他人の家を自慢する浄海。 水はどうするの……と思ったが、庭の隅に古ぼけた井戸があるのに気付いた。
弥生
浄海入道
弥生
浄海が羅列したゲテモノに、弥生は声を張り上げる。
未登録者
彼女の怒声に、全く関係ない佐渡……のクローンである未登録者(アンレジスター)が、頭を押さえて過剰に怯える。
深山桜
弥生
未登録者
未登録者はまた謝り倒す。 歩けるくらいには立ち直ったものの、ここに来るまでの間、彼女からは謝罪の言葉しか聞いていなかった。
一軒家に着いた一行は、誰も侵入していないことを確かめてから、縁側で一息つく。
ドン
浄海入道
弥生
浄海が差し出したキンキンのペットボトルに、弥生は短くツッコんだ。
浄海入道
未登録者
ぺこぺこと、腰の低すぎる態度で、何度も頭を下げる。
汚れた服は洗濯に出し、今は元の家主が置いていったのだろう、フェミニンなブラウスとロングスカートを着ている。
格好も相まって、到底先程まで自分達の首を狙っていた女と、同一人物とは思えない。
深山桜
深山桜
深山桜
ドデカミンを含みながら、弱々しくうつむく彼女を眺める。 酸味と炭酸が、妙に刺々しく感じられた。
未登録者(アンレジスター)……存在を認められていない日本人だ。
万能細胞はその万能さ故、クローンもチキンラーメン感覚で量産できてしまう。
切った爪を万能細胞の袋に入れておけば、そこからどんどん再生が始まり、数日後には自分がもう1人出来上がる……という具合である。
こんな調子で同一人物が量産されてしまっては、もちろん社会に混乱をもたらす。
そこで、同一性を保証するために、頭蓋骨の強化骨格にはICチップが埋め込まれている。
このチップによる認証を受けたもののみが日本人として登録され、当人の同一性を保証するという訳だ。
頭部以外の箇所から再生した者は、もちろんそのチップが埋め込まれていない。 これが未登録者(アンレジスター)だ。
とは言え……彼女が怯えている理由は、このICチップが埋め込まれていなから、ではない。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
弥生
浄海入道
俺も得意じゃねぇんだが、と前置きしてから、浄海は言い聞かせるように話す。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
逃げ道を残すように、浄海はそう付け加えた。
浄海入道
浄海入道
弥生
深山桜
スッ……
息長姫子
奥のふすまが開き、台所の方から、お盆を持った姫子がこちらにやってくる。
息長姫子
息長姫子
未登録者
未登録者はぐすぐすと泣き出す。 せっかく止まっていた涙が、また目尻から溢れ出す。
彼女に遠慮するように、姫子は静かに、お盆を置く。
桜の好きなバームロールが入っていたが、到底手に取る気になれなかった。
弥生
嗚咽を上げる未登録者の手を取り、弥生は精一杯明るい声で彼女を励ます。
弥生
未登録者
とめどなく流れていた未登録者の涙が収まった。 頬は濡れているものの、初めて安心したように笑った。
笑顔を向けられた弥生は、顔をパッと上げる。
弥生
浄海入道
弥生
息長姫子
弥生
息長姫子
弥生
弥生は慌ただしい様子で立ち上がり、奥のふすまへと早足で歩く。
未登録者
遅れて未登録者も立ち上がり、パタパタと彼女の後を追う。 いつの日か動物番組で見た、親鳥について回る雛を思い出した。
浄海入道
深山桜
せっかちな彼女の後ろ姿を見て、桜は微笑む。 久しぶりに心が安らいだ。
本格的に日が落ちる前に、桜は浄海に連れられ、食料調達に向かった。
何を獲るつもりなのか、戦々恐々としていたが……向かった先は、
ザアアアアアア……
深山桜
浄海入道
深山桜
浄海入道
浄海入道
浄海は持ってきたリヤカーからクーラーボックスとタモを持ち上げ、桜に手渡した。
自分は空のポリタンクを持ち上げ、蓋を外しながら川べりに近付く。
深山桜
浄海入道
浄海入道
深山桜
水汲みを浄海に任せ、桜は川の上流を登っていく。
数分歩いた所で、前方に小さな橋がかかっているのが見えた。
深山桜
深山桜
橋に近付いた所で、桜は奇妙な既視感を覚えた。
すぐに思い出す。 この場所には以前来たことがある。
深山桜
あの頃の思い出が蘇る。 調査に来たはずが結局川遊びや釣りに終始してしまい、帰って母に怒られていた。
水切りをして10回も跳ねたり、特大の魚を2人で釣り上げたりした時に見せた、詩織の満面の笑顔が脳裏に蘇る。
深山桜
深山桜
深山桜
最愛の妹と過ごした日々の数々が、胸中に浮かんでは消えていく。
そして……最後には、どうしても思い出してしまう。 難病に冒され、病室で横たわる、やせ細った詩織の顔……。
お葬式を終え、小さな骨壷として返ってきた、彼女を……。
深山桜
『お姉ちゃん』
深山桜
桜は振り返る。
……誰も居なかった。 あの頃と同じ木々が広がっているだけだ。
深山桜
桜はそれでも、周囲に首を、視線を巡らせてしまう。
単なる空耳……それは頭では分かっている。 これまでも何度か、物音や別人の声を聞き間違えたことがある。
きっと今回も、鳥の声か何かを誤認しただけだ。 詩織はこんなところにはいない。
そう自分に言い聞かせても、気付けば桜、日が暮れるまで一緒に遊んだ妹の姿を、探し続けてしまっていた。
魚を回収して、浄海の元に戻る。
浄海入道
彼はすぐに桜の様子に気付いて、声をかけてきた。意外と鋭い。
深山桜
浄海入道
桜がそう答えると、それ以上何も聞いてくることはなかった。
水を組み続ける浄海のそばに寄る。 しばらく無言の時間が続く。
その間も桜は、茂みの向こう、大木の陰、枝木の上に、詩織の姿を探してしまう。
その気持ちがようやく落ち着いた頃、桜は口を開いた。
深山桜
浄海入道
深山桜
浄海入道
浄海はガシャガシャと首を降る。
深山桜
深山桜
浄海入道
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
浄海入道
水中からポリタンクを引き上げた浄海は、蓋をしめて右手に提げ、ざぶざぶとこちらに近付いてくる。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
桜は身が震えた。
詩織の死を病院で目の当たりにしてから、死への恐怖は彼女の心の片隅で、アザのように染み付いていたからだ。
浄海入道
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
矛盾した気持ちを、桜は包み隠さずに打ち明けた。
浄海入道
川岸に上がった浄海は、水の溜まったポリタンクを、リヤカーに積み込んだ。
そして、桜に向き直り、そっけない態度で告げる。
浄海入道
浄海入道
深山桜
深山桜
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
ゴソゴソ
浄海は懐に手を差し入れる。 『あれっ、どこにやったかな』とそのまま探し続ける。
浄海入道
深山桜
浄海に言い当てられ、桜は声が詰まった。どうして彼が詩織のことを知っているのか?
浄海入道
浄海入道
深山桜
浄海入道
深山桜
浄海入道
浄海の一枚の写真を取り出し、桜に手渡した。
深山桜
浄海入道
浄海入道
深山桜
桜の息が、一瞬だけ止まった。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
写真を持つ右手に、自然と力がこもる。
不敵な表情を浮かべる男に対して、桜は人生で初めて、殺意を抱いた。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
浄海の説明を聞いて、桜はとあるニュースを思い出していた。
詩織が亡くなる一月前……東原の隣町で、別の病院に搬送予定だった万能細胞のトラックが、何者かに襲撃され、細胞を奪われたという事件だ。
万能細胞を狙った初めての事件として話題になったが、その後搬送は自衛隊の装甲車で厳重に行われるようになったこともあり、類似の被害は発生せず、桜も忘れてしまっていた。
あれがもし、Z'feel……羽黒の手の者による犯行だったとすれば……
深山桜
深山桜
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
あらかた話を終えた浄海に、桜は無言で羽黒の写真を返す。
浄海入道
深山桜
ビリビリビリ
浄海の言葉を受けて、無言のまま、羽黒の写真を破る。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
浄海の誘いに、桜は淀みなく頷く。
桜の胸中では、今までの人生で経験したことのない、刺々しい熱を帯びた怒りが渦を巻いていた。
その日の夜……。
深山桜
月明かりの下、桜は再び、思い出の橋を訪れていた。
既に時刻は深夜を回っている。
隠れ家に戻って夕食を取り、一度は寝床に着いた。
しかし夜中にトイレで起きた後、妙に目が冴えてしまい、1人で外を出て、ここまで来たのだ。
川べりに立った桜は、右足の靴と靴を脱いで、静かに水面に浸す。
染み入るような冷たさに、耐えきれずすぐに引っ込めた。もう秋だ。
深山桜
足の水を拭っていると、詩織との思い出がまた蘇ってくる。
深山桜
深山桜
深山桜
自由研究をするはずが、遊び呆けた末にペットまで連れて帰ってきてしまい、3人まとめて母に絞られてしまった。
だが、魚は桜と詩織で丹念に世話をして……2人で丁寧に書き上げた生態日記は、見事県のコンクールで金賞を受賞した。
桜は胸元のロケットを優しく握った。このロケットは表彰式の帰りに、父が記念として2人に買い与えてくれたものだ。
オーストラリアの旅行写真の前は、2人で表彰状を持って並んだ写真を入れていた。 当然、2人共眩しい笑顔を浮かべていた……。
靴を履いて両足で立ち、桜は夜空を見上げる。
深山桜
答えの返ってこない問いを、闇に吐き出した。
真実を告げられてから、既に数時間。 夜の冷気に当てられても、胸中の熱は全く冷えることがない。
胸の内から湧き上がった、羽黒に対する敵意……いや、『殺意』は、今もなお色濃く残ったままだ。
だが同時に……桜の胸の内には、自らの怒りに戸惑い、なだめようとするもう1人の自分が、いつの間にか芽生えていた。
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
相反する2つの感情がせめぎあい、内戦のように桜の腹の底を荒らし続ける。
怒りのままに、仇の男の首を討ち取り、詩織に顔向けができるのか……桜は頷けなかった。
深山桜
もう一度、迷いを闇に吐き出す。
『お姉ちゃん』
返ってきた。
跳ね上がる心を抑え、桜は努めて無視する。
どうせ空耳──。
そんな彼女を振り向かせるように、
???
もう一度……ハッキリ聞こえた。
桜は顔を下ろした。 声の方へ、反射的に首を巡らせる。
橋の向こうの大樹……かつての思い出で、遊び疲れて休憩した時に、2人が背中を預けた木の幹。
その向こうに……人影があった。
深山桜
???
人影の頭が、かすかに揺れた。 駆け寄ろうとした桜の足が止まる。
深山桜
???
深山桜
???
深山桜
木の幹から届いた声で、桜は確信する。 あれは詩織だ、詩織なのだ。
詩織
深山桜
詩織
詩織
詩織
深山桜
詩織の声に涙が混ざる。 妹の口から吐き出された嘆きの言葉に、刺すような痛みが胸を走る。
深山桜
痛みを振り払うように、桜は叫んだ。
深山桜
深山桜
微熱が頬を伝う。 妹を懸命に慰める、他ならぬ桜自身が、涙をこらえきれなかった。
例え仇を果たした所で、妹を抱きしめることすら叶わないと、分かっていたから。
2人分の嗚咽が、しばらく続いた。
やがて……先に立ち直った詩織が、涙をこらえて話しかけてくる。
詩織
詩織
詩織
深山桜
えずきそうなのをこらえて、桜は頷いた。
詩織
深山桜
深山桜
桜は必死に呼びかける。
だが、その時にはもう、木の幹の向こうに、人影はなくなっていた。
桜は膝を突く。 ようやく会えた妹に、まだ何も伝えていないのに。
涙が顎まで伝い、膝の間まで垂れていく。夜風が酷く冷たい。
『大丈夫だよ、お姉ちゃん』
詩織の声が響いた。 どこから聞こえたのか、今度は分からなかった。
『また、必ず会えるから……』
安心させるような、柔らかい声。
その二言を残して、妹は姿を消した。