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十年前の夏休み。
七歳だった俺、倉敷柚子葉は、東京郊外にある薬王院での参拝の帰り道、参道で出会った赤鬼に霊魂を奪われた。
それから十年が経った十七歳になる夏休み。俺は再び田舎のお祖父ちゃんの家に遊びに行く。
そこで陰陽師に襲われ、小鬼に襲われ十年前に消えた消えたはずの 片思い相手 "志恩"と再会する。
東京郊外にある"八童子市"の各所に出没する妖怪を退治しつつ、志恩と協力して葉月兄さんを探していく。
倉敷家に代々受け継がれる "七度返りの宝刀" を巡る戦いが、現代と平安時代を交差して始まる。
津名久
鬼童丸の手のひらに握られた俺の霊魂は、小さな光となって彼の手のひらに吸収された。
肉体から霊魂が離れる感覚。 自分が自分ではない感覚が 俺の体を包み込む。
その直後、足に力が入らなくなり、俺は立っていられなくなる。
柚子葉
いや、違う。 俺が地面に倒れているんだ。
声を振り絞り、志恩に助けを求める。
柚子葉
志恩と葉月兄の方へと手を伸ばす。
志恩は叫びながら、参道に倒れる俺を受け止めてくれた。
志恩
柚子葉
死人と化した俺の体。
意識はハッキリしてるのに、指先に力が入らない。 まるで金縛りにあったみたいだ。
氷のように冷えた指先を、 志恩の温かい手のひらが包み込む。
それからの記憶は 途切れ途切れになる。
俺を背中に背負った志恩は、 鬼童丸の背中を追い続ける。
力なく後ろを振り返る俺は、 木漏れ日の斜面を走り抜ける葉月兄を目で追う。
カランカラン、と 下駄が参道を跳ねる音が聴こえる。
参道の両脇には赤い灯籠。
志恩
葉月
志恩に追いついた葉月兄は、 俺の頭を優しく撫でてくれた。
葉月
柚子葉
葉月兄の手のひら。 すごく暖かい。
鬼童丸の背中を追い続ける志恩は、 並走する葉月兄に向けて叫んだ。
志恩
葉月
柚子葉
なんの話だか分からない。
葉月兄と志恩。 俺に秘密にしてる事があるのかな。
そんな事を思いながら、 上を見上げる。
柚子葉
葉がカサカサと 音を立てるのが聴こえる。
木々の葉の隙間から差し込む木漏れ日は、俺の顔を次々と照らしていく。
さっきまで蒸し暑いと思っていたはずなのに、今ではすごく暖かく感じる。
柚子葉
まぶたが重くて 目を開けていられない。
志恩の背中に額を当てる。 甚平に染み込んだ香水と 汗の入り混じった匂いがした。
斜面の参道を駆け降りる志恩の顔を覗き込む。 サングラスを掛けた横顔を見て、思わず見惚れてしまう。
立ち止まった鬼童丸を目で追い、 俺は声を振り絞る。
その先には"大きな杉の木"があった。
柚子葉
赤鬼
大きな杉の木に手を触れる鬼童丸。 体重を掛けたはずの彼の手のひらは、杉の木の中に入って行った。
杉の木に吸収されるのはおかしい。 そう思ったのは、 俺だけではなかったようだ。
俺を背負う志恩、 立ち止まった葉月兄も凝視していた。
志恩に背中から下ろされた俺は、 杉の木を囲むように設置された柵に もたれかかる。
柚子葉
俺の頬に手を当てる志恩は、 着ていた甚平の上着を被せてきた。
志恩
柚子葉
しゃがみ込んでいた志恩に 手を伸ばす。 だけど、手のひらは空を切った。
俺の頭を撫でた志恩は、 葉月兄を見上げて訊いた。
志恩
葉月
志恩
葉月
傍らから立ち上がる志恩と葉月兄。 俺は二人を目で追うことしか出来なかった。
鬼童丸と同じように 杉の木に触れる二人は、 杉の木に吸い込まれるように 姿を消していった。
俺は力を振り絞って手を伸ばす。
柚子葉
志恩
俺に手を振る志恩は、 大きな杉の木に吸い込まれた。
柚子葉
葉月
志恩のあとを追うように、 葉月兄も杉の木に吸い込まれた。
二人を目で追っていた俺は、 伸ばしていた手のひらに 力が入らない事に気づく。
木の葉の隙間から差し込む太陽は、俺の全身を照らし続けた。
柚子葉
眠い。起きていられない。
葉月兄の話だと、シゲシゲと千代子お祖母ちゃんが迎えにくるはずだった。
柚子葉
黒い影
でも、俺の目の前に立っていた人物は、シゲシゲでも千代子お祖母ちゃんでもなかった。
俺を見下ろす黒い影。
不思議と黒い影が危険な存在だとは、思わなかった。
柚子葉
志恩の香水臭い匂いじゃなくて、 もっと他の――。
俺は仏壇の前で目を覚ます。
線香の香りが部屋中を漂っている。
どうやら寝ていたようだ。
座布団から起き上がり、 居間に通じる襖を開く。
柚子葉
シゲシゲ
聞き慣れた声の方へと目を向ける。
そこにはシゲシゲお祖父ちゃんが座布団に座っていた。