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翌日の朝。
中央区に近付いた段階で、頑強な柵が見えてきていた。
もはや壁と呼んでいいそれは、黒々とした光沢を放つ鋼鉄で組み上げられ、向こうの中央区を取り囲み、冷徹に分断している。
ただ……ブランドの蛮行により崩壊した建物も多いこちら側に比べ、中央区の景観は、補修工事も併せて行ったのか、とても整っていた。
簡単には通れそうにないあの柵は……中央区を『閉鎖』しているのか、『保護』しているのか……一見しただけでは、分からなかった。
柵の前で警備に当たっていたのは、見覚えのあるブランドの社員達。
桜の姿を認めた途端、血相を変えて駆け寄ってくる。
WildCowrus社員
ティガーラック社員
怒りをたぎらせ、得物を手に迫ってくる彼等に対し、
佐渡泉
WildCowrus社員
後ろの佐渡が、桜の首元にサバイバルナイフを当てながら吐き捨てた。
ギリィッ……
深山桜
背中の後ろで手錠をかけられ、その上から万力のような力で佐渡に両手首を締められ、桜は痛みにうめく。
佐渡泉
ティガーラック社員
WildCowrus社員
事態を理解した瞬間、2人の社員は土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
ドゴォッ!!
近い方にいたティガーラックの社員を、佐渡は躊躇なく蹴り飛ばす。
ティガーラック社員
佐渡泉
WildCowrus社員
腰砕けになりながら、WildCowrusの社員は門の方まで引き返していく。
先程までは見えなかった、小さな関門。
その周囲を警備していたWildCowrusとティガーラックの社員が、佐渡と桜の姿を見てにわかに焦りだす。
ティガーラック社員
佐渡泉
佐渡泉
佐渡泉
ティガーラック社員
WildCowrus社員
スッ
警備の社員達はおずおずと、バーコードリーダーに似た、拳銃型の機械を見せてくる。
チップリーダー……強化頭蓋骨内に埋められたICチップを読み取る機械だ。 重要施設の立ち入りや本人確認の際に使われる。
WildCowrus社員
ティガーラック社員
佐渡泉
佐渡は不満たっぷりに舌打ちすると、ナイフをポケットに仕舞い、その手で桜の前髪を乱暴にかき上げた。
ピッ
額に向けられたチップリーダーが、軽い電子音をあげる。 裏側の画面を社員達が覗き込んで、
ティガーラック社員
WildCowrus社員
佐渡泉
ドスの利いた声を上げて、佐渡はWildCowrusの社員に詰め寄る。
WildCowrus社員
ティガーラック社員
社員達は怯えがちに頼み込んでくる。佐渡は右手を振り上げ、
ガッ!
WildCowrus社員
WildCowrusの社員が持っていたチップリーダーを、強引に奪い取る。 そのまま自分の額に押し当てた。
ピッ!
佐渡泉
自分で計測をして、WildCowrusの社員の眼前に裏側を突きつける。
WildCowrus社員
社員はためらいがちにそう言う。
リーダーを押し付けるように返した佐渡は、桜を押し飛ばし、強引に門をくぐる。
佐渡泉
深山桜
2人はそのまま中央区へと入っていくが……
WildCowrus社員
社員の戸惑う声。 振り返ると、裏側の画面を見ながら、WildCowrus社員が戸惑った様子をあげていた。
WildCowrus社員
リーダーを手に、慌ただしく駆け寄ってきた社員を、
ドガァッ!!
WildCowrus社員
佐渡は躊躇なく蹴り飛ばした。 社員はリーダーを取り落とし、関門の方へ吹っ飛ぶ。
グシャッ!!
振るった足で、地面に転がったリーダーを踏み砕いた。
佐渡泉
佐渡はそう吐き捨てて、再び歩き出す。
タッタッタッ
深山桜
住宅街に続く道路の向こうから、小走りで弥生がやってくる。
弥生
佐渡泉
佐渡はポケットからナイフを取り出し、再び桜の喉元に突きつけた。
深山桜
弥生
佐渡泉
弥生
弥生
弥生
どこかぎこちない様子で、弥生は佐渡に頼み込む。
佐渡泉
弥生
佐渡泉
詩織の名前を出した途端、佐渡はたじろいだ。 渋々と言った様子で、ナイフを仕舞い、代わりに携帯を取り出す。
タタタッ
ティガーラック社員
騒ぎを聞きつけて、関門の方から数人の社員達がやってきた。
佐渡泉
深山桜
社員達に一喝した後に、佐渡は桜を突き飛ばし、携帯の操作を始める。
アドレス帳を開き、何かの連絡先をタップしようとして、
ザンッ!!
一直線に飛んできたサバイバルナイフに、親指を綺麗にぶち切られた。
ブシュッ
佐渡泉
根本から血が吹き出し、佐渡が絶叫する。携帯を取り落とす。
佐渡泉
佐渡は怒りを顕にして顔を向けたが、その瞬間に叫びが止んだ。
関門の向こう、ざわつく社員達の間を悠々通り抜けて……。
佐渡泉
佐渡がこちらに、やって来ていた。
佐渡泉
弥生
弥生……そして、2人のそばにいる佐渡が、同じように戦いた。
ダダダダダッ
ブラックドラゴン社員A
いかめしい服装に身を包んだ男達……ブラックドラゴンの社員達が、関門を通ってこちらに走ってくる。
弥生
千秋
ドガァ!
弥生
かばうように前に出た弥生を、咄嗟に蹴り飛ばす──千秋。
ブラックドラゴン社員B
だが、3人を取り囲んできた社員達は、誰1人として彼女を信じない。 自分達のヘッドと瓜二つの女性を、蔑むような視線で笑っている。
佐渡泉
佐渡泉
ティガーラック社員
2人の佐渡に戸惑っていた他ブランドの社員も、状況を理解するにつれ、こちらに居る方に敵愾心を向けてくる。 最早覆しようがなかった。
千秋
ブラックドラゴン社員C
千秋
ブラックドラゴン社員A
千秋
ドガァッ!!
強烈な殴打の音が響く。 殴られたのは──
千秋
千秋。 彼女が右腕を大きく振るった瞬間、カウンターのような勢いで佐渡がストレートを放った。 みぞおちに左拳が深々と突き刺さる。
千秋
佐渡泉
苦しそうに咳き込む同じ顔の人間を、佐渡は鼻で笑って見下す。
スッ──
うずくまる千秋に対して、2本目のサバイバルナイフを懐から取り出した瞬間、
弥生
弥生が悲痛な叫びを上げて飛びかかったが、間に合わなかった。
ザシュッッ!!
佐渡が千秋の首を切り裂いた。
鮮血と鉄臭さがほとばしる。 首の3割ほどを切られた千秋が、横にバタリと倒れる。
千秋
本能的に傷口を手で押さえるが、血が止まることはない。 手の下からあっという間に滲み出し、地面に流れていく。
弥生
深山桜
桜と弥生は千秋に近寄る。 既に意識が混濁しているのか、彼女は自分達に一切反応を返さない。
弥生
弥生
千秋の首を必死に押さえながら、弥生は大粒の涙を流して、見下ろす佐渡に助けを乞う。
佐渡泉
ナイフを仕舞った泉は、飛び散った返り血を拭いながら、にやりと笑う。
佐渡泉
千秋
佐渡泉
ゴシャッ!!
左足を掲げ、2人の押さえる手ごと、千秋の首を踏み砕いた。
再び鮮血が飛んだ。 虫の息を発して細かく震えていた彼女の動きが、ピタリと止まった。
弥生
弥生の虚ろな声が漏れ出る。 佐渡のブーツの下で、千秋の首が奇妙に歪む。
ガンッ!!
佐渡はそのまま左足を振り上げ、弥生の顔を蹴り上げた。 後ろで取り囲んでいたブラックドラゴンの社員の足元に、悲鳴もなく吹っ飛ぶ。
ブラックドラゴン社員
ガッ!
社員はあざ笑いながら、弥生を蹴り飛ばした。
佐渡は左足で、動かなくなった千秋の胴体を押さえる。 右足で彼女の髪を掴み──
ズチィッ!!
首を引きちぎった。 無残に千切れた皮膚や血管、骨を垂らして、だらんと頭部が持ち上がる。
佐渡泉
同じ高さに持ち上げ、既に生気の失せた千秋の顔を、佐渡はジロジロと眺めた。
ポイッ
ゆっくりと身体を起こした弥生に、佐渡は生首を投げ渡す。
佐渡泉
弥生
太ももの上に着地した千秋の頭部を、弥生は力なく抱える。
うつむく彼女の上半身がカクンと揺れたかと思うと、雫が2滴こぼれ落ち、千秋の顔に垂れた。
首が千切れた胴体を、佐渡は軽く蹴飛ばす。
佐渡泉
ブラックドラゴン社員
佐渡が命じると、ブラックドラゴンの社員が胴体の両足を掴み、ずるずると引きずっていく。
弥生
よろよろと立ち上がった弥生が、千秋の頭を抱えながら、おぼつかない足取りで社員に近寄っていく。
佐渡泉
ガッ!
佐渡は足払いで弥生を転ばす。 弥生は咄嗟に千秋の頭を守るように倒れ込んだ。
弥生
ゴミのように引きずられていく千秋の胴体に、弥生は必死にすがり寄る。
ブラックドラゴン社員
ドカッ!
そばにいた社員に蹴り飛ばされ、弥生は再び地面を転がる。
弥生
生首を抱えて嗚咽する彼女に、桜は何も声をかけられなかった。
千秋の肉体が捨てられた後、桜と弥生はブラックドラゴンの社員に引っ張られ、やってきた車に連行される。
乗せられた車は……よりにもよって、救急車だった。
万能細胞があれば、脳死を迎える前に首を繋ぎ合わせる事ができるかもしれない……が、佐渡も他の社員も、それを許すような真似は認めないだろう。
弥生
ブラックドラゴンの社員に囲まれながら、手錠をかけられた弥生がすすり泣きを続ける。
弥生
担架に乗せられた、物言わぬ千秋の死体の前で、延々と謝り続けていた。
ブラックドラゴン社員C
流石に罪悪感を感じてきたのか、社員の1人が少し上ずった声をあげる。
ブラックドラゴン社員C
ブラックドラゴン社員C
佐渡泉
社員の提案を、佐渡は腕組みして座り込んだまま一蹴する。 桜はその様子を黙って窺っていた。
弥生
弥生
血が滴る千秋の生首を目線の高さまで持ち上げ、ぼろぼろと泣きながら弥生は謝り続ける。
どれだけ言葉をかけようとも、既に事切れた彼女は、何一つ反応を返すことは──。
千秋
唇がかすかに揺れた。 蚊の羽音のような、小さな、小さな風が、口からかすかに吹いてきた気がした。
弥生
弥生の泣き声が止まった。 車内全員の視線が、生首に向けられた瞬間、
千秋
生首が叫んだ。 あらん限りの怒りが、車内に反響した。
ドガァッ!!
弥生
瞬時に佐渡が動いた。 弥生の向かいに座っていた彼女は、右腕を振るい、千秋の頭を後頭部を殴りつける。 勢いは止まらず、弥生の胸にぶつかる。
千秋
千秋の生首は抜けた悲鳴をあげて、またすぐに動かなくなった。
弥生
ブラックドラゴン社員C
弥生と、ブラックドラゴンの社員の内の1人が動揺する。
車内にいるそれ以外の人間は、運転している社員を除いて、速やかに動き出した。
ドガァッ!!
千秋の生首を殴りつけた佐渡が、その勢いのまま、動揺している社員にも拳を振るう。
ブラックドラゴン社員C
だが、威力が足りなかったのか、昏倒させるには至らない。
ガキィッ!
後ろ手の手錠を一息で引きちぎり、桜は立ち上がった。 混乱している社員の後ろに回り、彼を羽交い締めにする。
深山桜
ブラックドラゴン社員C
反射的にもがく社員を、桜は全力で押さえつける。
ドゴッ!! バゴッ!! バキャッ!!
ブラックドラゴン社員C
社員の野太い悲鳴。 頭突きをするかのように、彼の後頭部が桜の顔面にぶつかった。
ずるっ……
抵抗が無くなったのを感じて、桜は手を離す。 早くも腫れ上がった顔面を晒して、社員は担架すぐそばに崩れ落ちた。
弥生
状況が理解できないのは、弥生1人だけになった。
隣に座った桜は、彼女にかけられていた手錠の鎖を、簡単に引きちぎった。
右拳にこびりついた、ブラックドラゴンの社員の鼻血を、近くにあったタオルでゆっくりと拭ってから……。
千秋
佐渡──いや、千秋は、弥生に柔らかく微笑んだ。
弥生
弥生
弥生は号泣しながら、千秋──ではなく、佐渡の生首を放り出し、立ち上がって弥生に抱きついた。
弥生
千秋
泣きわめく彼女の頭をゆっくりと撫でながら、今度は千秋が涙声で謝る。
ブラックドラゴン社員A
千秋
運転手から声をかけられ、2人はゆっくりと肩を並べて座る。
息長姫子
深山桜
脳内で響く姫子に答えながら、桜はようやく一息ついた。
中央区に潜入する、少し前。
付近の廃ビルで、桜達が考えた作戦は……
千秋が佐渡に扮し、桜が捕まった振りをして潜入する──振りをして、本当に捕まる、というものだった。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
未登録者A
浄海の後ろにいたいかつい服装の男達が、外見に似つかわしくない緊張した面持ちで頭を下げてくる。
未登録者B
深山桜
桜は隣に立つ千秋の様子をうかがう。
潜入作戦を成功させるには、何よりも千秋に、完璧に佐渡を演じ、周囲の社員達を騙し切る胆力が必要になる。
真実を知って以降、すっかり性格が変わってしまった彼女が、あの乱暴な女の演技をこなせるのか……?
深山桜
千秋
決意の固まった表情で、桜の目を見据え、しっかりと頷いた。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
桜は返事ができない姫子の代わりに頷いた。
深山桜
弥生
深山桜
弥生
千秋
身体を密着させながら、千秋はいきり立つ弥生をなだめる。 気持ちは分かるがもうそろそろ離れた方が良いと思う。
中央区の中に居る弥生には、幽体離脱した姫子が向かい、憑依して脳内に伝える形で計画を知らせていた。
ただしその内容は、『佐渡に扮した千秋が、桜を捕まえた振りをして潜入する』……つまり、最初の佐渡こそが千秋だと信じ込んでいた訳である。
未登録者A
未登録者B
深山桜
弥生
乗せられてしまったことが相当恥ずかしかったのか、弥生は顔を赤らめてそっぽを向く。
千秋
千秋
弥生の身体に腕を回し、包み込むように優しく抱きしめた。
弥生
顔を真っ赤にさせて、弥生は千秋を押しのけ、勢い良く立ち上がる。
弥生
弥生は慌ただしい手振りで、担架に乗せられた佐渡の死体と、気絶したままのブラックドラゴンの社員を指差す。
弥生
未登録者B
千秋と未登録者が慌ただしく立ち上がる。 佐渡は口を、社員は口と手足をガチガチに縛った。
千秋
作業の最中、弥生や未登録者の人達に聞こえない大きさで、そっと千秋が問いかけてくる。
千秋
深山桜
桜は小さく頷いた。
弥生には、潜入作戦の内容に加え、東原病院での出来事や、Z'feelの計画の詳細について、姫子を通して伝えておいた。
だが、常世で浄海からもたらされた真実は伝えていない。 合わせて、姫子の正体が本物の詩織だということも伏せている。
深山桜
息長姫子
自分に対しても、今まで通りに接するよう姫子に頼んだ時に、脳内で響いた沈んだ声色が、桜は頭から離れなかった。
隠蔽工作が終わり、一息ついた頃だった。
ピリリリリリ!
千秋
突如、けたたましい電子音が鳴った。 千秋が慌てる。
佐渡の死体から取り上げた携帯に着信が入ったのだ。 画面に表示された名前は「三下」のそっけない2文字。
千秋
弥生
千秋
目を閉じ、ふうっと息を吐いてから、千秋は険しい顔付きで目を開け、着信に出る。
千秋
ブラックドラゴン社員
ドゴォオン……! ガシャアァ……!
携帯の向こうから、切羽詰まった男の声と、暴力的な騒音が聞こえてくる。
ブラックドラゴン社員
ドガァァアァ!
ブラックドラゴン社員
一際強い騒音の直後、男の悲鳴が聞こえ、それきり声は聞こえなくなった。
弥生
深山桜
思わず声を上げる弥生を口止めする。 電話の向こうで誰が聞いてるか分からない。
少し時間が経った後に、
浄海入道
ウキウキとした声で、恐ろしげな内容を話す、浄海の声が聞こえてきた。
千秋
向こうの社員達に聞こえないようにか、声を潜めて千秋が話す。 すると浄海は、
浄海入道
全く態度を変えないまま、噛み合わない返事を返してきた。
千秋
浄海入道
浄海入道
人の神経を逆なでするような、ふざけた口調。 電話の向こうのおどけた様子が目に浮かぶ。
浄海入道
バキャッ──!!
最後に、耳をつんざく強烈な破砕音が聞こえ、通話が切れた。
深山桜
弥生
桜達は一様に頷く。 つまり、社員達を自分の元におびき寄せろということだ。
元々、否が応でも目立ってしまう浄海は、雑魚が片付くまで陽動に徹すると決めていた。
弥生
弥生
千秋
千秋
千秋
千秋が不安げな表情で尋ねてくる。 桜も、同じ心配を抱いていたが……。
ゴゴゴゴォォォォォ……!!
突如地震が起こり、それが収まった後に、
『緊急事態発生──緊急事態発生──』
『轟ノ雷鳴の襲撃が発生──北ゲート近くのガソリンスタンドが爆発した模様──』
『爆発により北部の防壁が一部破損──各社員は北ゲートに向かい、応戦と防壁の修復に当たれ──』
『繰り返す──轟ノ雷鳴の襲撃が発生──』
市内放送で聞こえてきた緊迫した声に、取り越し苦労だったことを理解した。
弥生
深山桜
その後、千秋は佐渡の振りをして、アドレス帳に載っているブラックドラゴンの幹部達に片っ端から電話をかけ、浄海の元に向かうよう指示を出した。
区内の警備に当たっていた社員も、車を止めて直接指示を出す。
Z'feel社員
千秋
グイッ!
深山桜
これみよがしに髪を捕まれ、頭がズキズキと痛む。
千秋
Z'feel社員
殴りかかるふりをして一喝すると、社員達は逃げるように北ゲートへと向かっていく。
千秋
タンを吐き捨ててから、桜の髪を引っ張って、救急車に戻る。
ドアを締めた直後、
千秋
深山桜
千秋
態度を180度変えて謝り倒す彼女に、桜は何度も手を降った。
あらかた指示を出し終えた後、一行は中央区を流す。
区内を警備していた社員達が全員浄海の対処に向かったためか、普段賑わっているこの街も、無人街のように人気がなくなっている。
深山桜
弥生
弥生
弥生
深山桜
誰も歩いていない、車も1台も通っていない大通りを、一行の乗る救急車が静かに通っていく。
深山桜
深山桜
死んだように静まり返る街の姿を見て、桜は改めて覚悟を固めた。
中央区を流しながら、偵察に向かった姫子の帰りを待つ間、一行は話し合う。
弥生
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
弥生
深山桜
千秋
不安げに吐いた千秋の言葉に、桜は返事ができない。
ほとんどの社員が浄海の元に向かっている中、今は羽黒の影武者を討つ絶好のチャンスだ。
だが、羽黒の影武者は護衛の部隊が警護に当たっているはずだ。 人数は少ないだろうが、精鋭が揃っていることは想像に難くない。
千秋や未登録者の人達は戦えない以上、こちらの戦力は桜と弥生だけだ。 果たして相手になるのか……?
息長姫子
深山桜
姫子の声が聞こえてきた。 桜は耳を澄ませて、彼女の偵察結果を聞く。
息長姫子
息長姫子
息長姫子
深山桜
イーストスクエアは、東原の中央区の中央、つまり東原の中心に位置する屋外ステージである。
かつては野外フェスやライブビューイングなどの各種イベントが盛んに行われていたものの……
ブランドの隆盛以降、そういった屋外でのイベントはブランドによるテロ行為じみた過激な営業活動の格好のターゲットとなってしまい、ほとんど使われなくなってしまった。
息長姫子
深山桜
息長姫子
息長姫子
息長姫子
深山桜
桜は一旦目を閉じる。 緊張と不安から、早鐘を打つ心を落ち着かせ……
深山桜
迷いを振り払って、桜は皆に呼びかけた。
イーストスクエアには、30人程の男達が集まっていた。
いずれも見覚えがある。 昨日浄海と共に東原病院に乗り込んだ際、相手したZ'feelの社員達だ。
あの時は無事に撃破できたが、浄海のいない今……もう一度倒せるのか。
深山桜
深山桜
息長姫子
小さく呟いて、桜は物陰から抜け出て、屋外ステージに歩いていく。
羽黒龍極
ステージの上、玉座のような大きな椅子にふんぞり返った羽黒が、眼下の社員達に怒鳴り散らす。
Z'feel社員A
Z'feel社員B
羽黒龍極
Z'feel社員C
羽黒龍極
こちらに気付いた社員の1人が、声を張り上げる。
ダダダダダッ
その瞬間、ステージの近くにいた社員達の殆どが、こちらに向かって走ってくる。 桜は身構えた。
Z'feel社員A
話し合いも何もない。 最初から殺意をむき出しにして、Z'feelの社員は襲いかかってくる。
ブゥン!!
右斜め下から振るってきた左アッパーを、桜は左に踏み込んでかわす。
ゲシッ!
Z'feel社員A
足元を刈り取り、社員を転ばせる。 ドタリと間の抜けた音がした。
Z'feel社員B
別の社員が金属バットを掲げ、真上から振り下ろしてくる。 瞬時に腰の刀を掴んだ。
ガキャッ!!
真横に構えて受け止める。 直後、社員が腹めがけて右足を蹴り込んでくる。
すぐさま跳んだ。 足を折りたたみ、身体の下で右足をやり過ごし、
ゴキッ!!
Z'feel社員B
着地の勢いで、右足のスネを踏みつける。不穏な音を立てて、曲がってはいけない方に曲がった。 ドタリと倒れ込む。
Z'feel社員C
Z'feel社員D
両脇から2人が殴りかかる。 桜はしゃがむ。
ゴゴッ!!
Z'feel社員C
Z'feel社員D
お互いに殴り合い、お互いにうめき合う。
桜はしゃがんだまま、刀を縦に回して、男達の足の間に差し込み──跳んだ。
キーーーン!!
Z'feel社員C
Z'feel社員D
ジャンプの勢いで、刀が男達の急所に食い込んだ。 今までで一番激しい悲鳴を上げて、ドタドタと倒れ込む。
Z'feel社員E
Z'feel社員F
着地した桜は身体を起こす。 残りの社員は、桜の猛攻におののき、動きが止まっていた。
Z'feel社員A
最初に転ばされた社員は、次々と倒れ込んだ仲間達で身動きが取れない。 桜は素早く近づき、
ゴキャッ!!
Z'feel社員A
躊躇なく顔面を踏み抜く。 途端に動かなくなった。
パン パン パン パン
羽黒龍極
ステージ上の羽黒が、高笑いを上げながら手を叩いた。
羽黒龍極
羽黒龍極
深山桜
余裕の態度を崩さない羽黒に、桜は怒りが募る。
羽黒龍極
ダダダダダダダダダ──!
羽黒の指示を受け、固まっていた残りの社員達が一斉に広がる。 桜は囲まれた。
羽黒龍極
羽黒龍極
深山桜
人垣の向こうでふんぞり返る羽黒に向けて、桜は声を張り上げる。
羽黒龍極
深山桜
羽黒龍極
小馬鹿にするように、羽黒は下を向いて笑う。
羽黒龍極
深山桜
羽黒龍極
羽黒龍極
羽黒龍極
深山桜
桜は言葉が詰まる。 目をそらしていた事実を、羽黒によって突きつけられる。
羽黒龍極
羽黒龍極
羽黒龍極
羽黒龍極
羽黒龍極
羽黒龍極
立ち上がった羽黒は、桜を見下ろしながら、芝居がかった身振りで右手の人差し指を突きつける。
彼が吐いた一連の言葉に……桜は何も反論できなかった。
羽黒龍極
羽黒龍極
羽黒は鼻で笑って、再び椅子に腰掛ける。
羽黒龍極
その叫びをきっかけに、
『うおらあああぁぁぁぁぁぁ!!!』
周囲から怒号を浴びせられた。
桜を取り囲む社員達が、ある者は素手で、ある者は得物を振り上げ、一斉に襲いかかってくる。
息長姫子
姫子の叫び。言うまでもなく、桜は跳ぶ。
タッ──!!
視界が飛び上がる。 強いデジャブを覚える。
浄海と会った時と同じだ──あの時も周囲の包囲から逃れるために跳んだ。
ただ今は、ここから方向転換する術はない。 跳び上がったら、あとは落ちるだけ──。
桜は下に視界を向ける。 自分がいた場所に詰めかけていた社員達は、全員顔を上げて、全員ニヤついた表情で待ち構えて──。
全員、右からやってきた救急車に、撥ね飛ばされた。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
ギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャー
なぜかギャグ漫画のように呆けた感じの悲鳴を上げて、社員達は吹っ飛んでいった。
救急車が通過した後の、血痕がいくつか飛んだタイルの地面に、桜は無事着地する。
深山桜
一息ついてから、救急車の方を見る。
ドゴォォォォォォォ!!
Z'feel社員E
ガシャァァァァァァ!!
Z'feel社員F
救急車だけでなく、どこから持ってきたのか、ワゴンやバンが縦横無尽に走り回り、Z'feelの社員を轢きまくっていた。
屈強な男達も、乗用車の前には成すすべもなく倒されていく。
桜はステージの方を見た。
羽黒龍極
余裕をたたえて座っていた羽黒が、口をあんぐりと開けて固まっている。 そんな奴の元へ……
バサッッ!
ネットが広がった。 奴の立っているステージの下、完全なる死角から。
羽黒龍極
避ける暇もなく、緑の網目に羽黒が捕まる。
弥生
ステージの下、ネットを広げた弥生がこちらに向かって叫ぶ。
計画通り──! 桜はすぐさま走り出す。
だが──。
羽黒龍極
深山桜
先程の羽黒の言葉が、脳内で反響し、足が止まった。
弥生
息長姫子
2人が同時に叫ぶ。 我に返った桜が、再び走り出そうとするが、
ガッ!
深山桜
左足首を掴まれる。 桜は倒れ込む。
Z'feel社員E
社員の1人の、憎らしい声が後方から聞こえてきた。 マズい──!
身体が勝手に動いた。 這いつくばった状態から、右手が勝手に動き、腰の刀を抜き取る。
深山桜
桜の身体を通して、姫子が叫び──
ブンッ!!
刀を放り投げた。 やり投げのようにかっ飛んでいくそれを、
ガシッ!
弥生は躊躇なく、柄を掴んで止める。
羽黒龍極
網でもがいている羽黒が慄く。 当然そんな命乞い、彼女が聞き入れるはずがなかった。
一息でステージに上がった弥生は、滅茶苦茶な構えで刀を掲げ、
弥生
雄叫びを上げながら、全力で振り下ろした。
ザンッ!!!
人体ではなく、機体が砕ける音がした。
彼女が振るった刀は、網を切り裂いて、羽黒の左脇腹に命中し、彼の身体を真っ二つに粉砕した。
上半身が吹き飛ぶ。 下半身の断面から、基盤やケーブル、ネジが出血のように飛び出す。
ガコッ!
上半身は宙を舞い、2回バウンドしたあと、ステージ袖の壁にぶつかった。
バチバチバチ……。
上半身の断面、身体の各所のひび割れから、電流が迸る。
羽黒龍極
口元から漏れ出るうめきは、声色がどんどん狂っていき……やがて動かなくなった。
Z'feel社員E
混乱の声が、後方から聞こえてくる。 桜は左足を振り払い、立ち上がってステージに急ぐ。
深山桜
弥生
荒い深呼吸を繰り返しながら、弥生が刀を渡してくる。
桜はそれを受け取り、鞘に仕舞ってから、頭を下げた。
弥生
深山桜
弥生
タタタタタ……
弥生はフンと鼻を鳴らしてから、小走りでふっ飛ばした羽黒の上半身の方へ走っていく。
Z'feel社員B
Z'feel社員C
Z'feel社員D
ステージの下では、満身創痍の身体で、Z'feelの社員達がよろよろと集まってくる。
Z'feel社員E
Z'feel社員A
ドタッ……
現実を受け入れられなかったか、単に体力の限界か、近くまで来ていた社員ががっくりと倒れ込んだ。
ゴシャッ!
上半身を持って戻ってきた弥生が、ステージの床を凹ます勢いで置く。 そして声を張り上げる。
弥生
ゲシッ!
下半身をステージから蹴り落とし、更に張り上げる。
弥生
Z'feel社員B
弥生
弥生
先程の羽黒に対抗するかのように、予定になかった演説をはじめる弥生。 彼女の主張は止まらない。
弥生
弥生
弥生
弥生
耳をつんざくような声量で、弥生は怒鳴り散らす。
……その理屈は、子供でも分かるほどに破綻していた。 どう考えても実現可能な話ではないし、暴力を止めるために暴力を振るうなど、完全に本末転倒である。
そもそも、反論すべき相手はもはや聞く耳を持っていない。 彼女の支離滅裂な主張にはなんの意味もなかった。
……と思っていた桜は、その数秒後に、考えを覆される。
ダダダッ!
先程気を失い、地面に転がっていた社員がにわかに起き上がり、ステージの上、弥生のすぐ近くへと登ってくる。
弥生
深山桜
弥生がたじろぐ。 桜は咄嗟に飛び出そうとするが──身体が重い。 姫子が憑依していなかった。
深山桜
桜が追いつけないまま、男は慌てふためく弥生に対し──
Z'feel社員A
イーストスクエア中に響き渡る声で叫びながら、勢い良く土下座した。
弥生
Z'feel社員A
弥生
顔を上げた社員が発した言葉に、他ならぬ弥生が驚いた。
Z'feel社員A
Z'feel社員A
Z'feel社員A
弥生
まくしたててくるZ'feelの社員に、弥生は目を剥いた。
Z'feel社員A
Z'feel社員A
Z'feel社員A
弥生
目を輝かせてひざまずく社員に、弥生はドン引く。 だが彼の勢いは止まらない。
Z'feel社員B
Z'feel社員A
Z'feel社員A
反対する他の社員達に対し、彼は弥生と桜をせわしなく指さしながら説得する。
Z'feel社員A
Z'feel社員A
Z'feel社員B
Z'feel社員E
深山桜
桜達の目の前で、見る見るうちに状況が変わっていく。 全く予想打にしていなかった展開に、足が震える。
じわじわと賛同の声が広がっていく中、強硬に反対する社員も出てくる。
Z'feel社員D
玉を潰した社員が、桜を睨みつけながら、やや離れた所で声高に異議を唱える。
Z'feel社員D
???
その後ろで、鋭い声が響いた。 社員達が一斉に振り向く。
佐渡……いや、千秋だ。 ブラックドラゴンの社員に扮した未登録者達を引きつれ、堂々とこちらにやってきたのだ。
Z'feel社員E
Z'feel社員F
千秋
矛盾を強引に誤魔化して、千秋達はステージへの階段を登り、こちらにやってくる。
そして……今だオロオロしている弥生に近づき、
ザッ!
他の社員達に見せつけるように、一斉にひざまずいた。
千秋
千秋
凛とした声色で、千秋は堂々と言い放つ。
Z'feel社員B
Z'feel社員C
Z'feel社員E
社員達の感情が、動揺から信頼へと変わっていく。
戦況は、ほぼ決まった。 決まってしまったと言うべきか……。
Z'feel社員D
なおも食い下がる社員に対して、
ギッ!
Z'feel社員D
千秋は射殺すような鋭い目でにらみつける。 ゆっくりと立ち上がり、弥生の後ろまで歩いていきながら、
千秋
千秋
ぎゅっ……
千秋
後ろから優しく抱きしめながら、千秋はヘッドの器とは全く関係のない要素をあげる。
Z'feel社員D
なぜかその理屈で、論理的に反対していた社員は、あっさりと了承した。
少しの間、沈黙が続いた後、
弥生
顔を真っ赤にさせながら、拳を突き上げ、やけくそ気味に叫んだ弥生を、
『ウオオオォォォォォォォォォォ!!!』
その場にいた全ての社員達が、雄叫びを上げて持ち上げた。