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壺の中は静かだった。水のような何もない空間。音も匂いもない。
月
不思議と焦りはなかった。暴れれば壊せる。
実際力を込めればヒビくらい入れられた。でも今回はやめた。
月
玉壺の言葉が頭に残っている。
玉壺
私は鬼だ。人を喰らう存在。それは変わらない事実。
それなのに遊郭で過ごした時間がどうしても邪魔をする。
泣いてくれた禿。不器用に優しかった女将。強がっていた堕姫。
優しさを向けられた記憶が人を餌だと割り切るのを邪魔してくる。
月
そう気づいた。助けたいわけじゃない。守りたいわけでもない。
――見捨てるのが怖いだけだ。
何もしなかった自分が誰かの死を選んだ事実を背負うのが怖い。
だから手を伸ばす。だから止める。だから救おうとする。
それは優しさじゃない。ただの逃げだ。
月
月
息を吐く。壺の中で膝を抱えた。もし鬼殺隊が目の前に現れたら。
もし守りたい人の代わりに誰かを殺さなければならなかったら。
多分――私は迷う。その瞬間に負ける。
月
ぽつりと声に出した。誰に聞かせるでもなく。
私は人の優しさを知ってしまった。もう消すことはできない。
月
優しさがあるままでも。躊躇しながらでも。
でも選べるようにならなきゃ。逃げずに。目を逸らさずに。
壺の外から玉壺の気配がした。
玉壺
玉壺
問いかけるような声。私は顔を上げ静かに答えた。
月
月
月
一瞬の沈黙。
玉壺
どこか楽しそうな声で言った。
玉壺
私は力を込め壺を割った。
壺が軋み外の景色が歪む。
玉壺
玉壺
逃げ場のない言葉。心臓が強く脈打った。
――でも。逃げないそう決めて私は立ち上がった。