ナルセ
海はいい。

ナルセ
なんというか、こう――心を洗ってくれるというか。

ナルセ
潮風で体が若干ベッタベタになるのを除けば、とても海は大きくていい。

ナルセ
かの、どこぞの誰かもこう言っている。

ナルセ
海は広いな、大きいな――とな。

ナルセのせがれ
なに、たそがれてんだよ。

ナルセのせがれ
ったく、俺の手持ちほとんどなくなったからな。

ナルセのせがれ
あっちに到着した後に、やれまた金貸せって言われても出てこないと思えよ。

ナルセ
甘いな――お前は。

ナルセ
あっちの方にはATMという文明の利器があるんだよ。

ナルセのせがれ
じゃあ、親父が今度は引き出せよ。

ナルセのせがれ
フェリー代、2人と1台でどれだけになったと思ってんだ?

ナルセのせがれ
まだ空きがあったから良かったけど、逆を言えば、ここまで来たら本当に後戻りできねぇからな。

ナルセ
――心配いらんよ。

ナルセ
退かぬ媚びぬ、顧みぬ――ってやつだ。

ナルセのせがれ
親父はたまに省みたら?

ナルセ
とにかく、フェリーの到着まではまだ長い。

ナルセのせがれ
まぁ、明日になるからな。

ナルセ
――ん?

ナルセ
明日?

ナルセ
数時間程度じゃないのか?

ナルセのせがれ
そりゃ、津軽海峡を渡るんであれば、そこまで時間はかかんねぇよ。

ナルセのせがれ
でも、乗った場所が場所だろ?

ナルセのせがれ
少しでもガソリン代を節約したいっていうわがまま言ったのは誰だ?

ナルセのせがれ
そもそも、当日にフェリーの空きがあること自体が奇跡だと思えよ。

ナルセ
明日ということは、もし今日中に彼らがピンチに陥っても駆けつけることができないということか。

ナルセのせがれ
そうだな。

ナルセ
フェリーがあっちに到着してから、どれくらいで目的地に到着するんだ?

ナルセのせがれ
いや、分かんねーけど、簡単には到着できないと思ったほうがいいぜ。

ナルセのせがれ
北海道ってでかいから。

ナルセ
くそ、北海道はでっかいどーってやつか。

ナルセのせがれ
――な?

ナルセのせがれ
親父がどれだけ無謀なことをやってるか分かるか?

ナルセのせがれ
下手したら、到着する前に事件が解決するってこともあり得る。

ナルセのせがれ
まぁ、それに越したことはないけどな。

ナルセ
――ん、携帯通じるのか?

ナルセ
父さんの携帯はずっと圏外なんだが。

ナルセのせがれ
いや、フェリー内にWi-Fi飛んでるだろ?

ナルセのせがれ
こういうところは無料ってわけにはいかないけど、繋いでおいたほうが便利だぜ。

せがれはそう言うと、ナルセに背を向けて電話に出る。
ナルセのせがれ
おぉ、誰かと思ったら――久しぶりだな。

ナルセのせがれ
え?

ナルセのせがれ
3年D組のグループメール?

ナルセのせがれ
あー、ここしばらく見てないなぁ。

ナルセのせがれ
あぁ、分かったって!

ナルセのせがれ
マドカ、今すぐ確認するから、そんなにでかい声を出すなって!

ナルセのせがれ
あぁ、確認したらメール入れとく。それじゃ。

ナルセ
どうした?

ナルセのせがれ
いや、高校の時の同級生――マドカって親父分かるか?

ナルセ
いや、多分顔を見れば分かるんだろうが、父さんくらいの歳になると、若い子は全員同じに見えてな。

ナルセのせがれ
覚えてねぇってことでいいか?

ナルセのせがれ
まぁ、息子のクラスメイトのことを完全網羅してるほうが怖いけどな。

ナルセ
それで、そのマドカって子がどうした?

ナルセのせがれ
あぁ、グループメールを確認しろって言い出してよ。

ナルセのせがれ
あんまり動かないところだから、最近は通知も入れてなかったんだよな。

察するに3年D組のみんなと連絡が取れるグループメールがあるようだ。
あんな凄惨な事件を、共に乗り越えた仲間だからこそ、大人になっても繋がりがあるのだろう。
もっとも、その繋がりは随分と薄れてしまったようだが。
ナルセのせがれ
こ、これは――。

ナルセ
こ、これは――。

せがれが開いたグループメールには、こう書き込まれていたのであった。