鴉天狗
鴉天狗
なぜ、このお寺が“餘魅慈(よみじ)“寺と呼ばれているのか
鴉天狗
ご存知ですか?
アサミ
え?
突然のことに戸惑う
鴉天狗
“餘魅慈“は当て字なんですよ
鴉天狗
本来の“よみじ“は──
鴉天狗
黄泉の路と書いて、黄泉路
アサミ
…………
鴉天狗
文字通り、黄泉へ行くための道
鴉天狗
死者が迷わないための──
アサミ
…………
鴉天狗
満月の日はなぜか、うつし世と隠り世の境目が曖昧に
鴉天狗
なるんですよね
アサミ
…………
鴉天狗
それに2年前から、変な“噂“が立っちゃうし
鴉天狗
──だから、あなたは……
鴉天狗
その“噂“を耳にし、来られたのでしょう?
鴉天狗
鴉天狗
──阿左美(アサミ)リエさん
阿左美リエ
……!
鴉天狗
それとも、芸名の方の“玄野(くろの)リエ“さんと、お呼びした方がいいですかね?
阿左美リエ
……どうして、わたしの名前を…………?
鴉天狗
あなたのご主人、阿左美慎哉さんのピアノコンサートに何度か
鴉天狗
拝聴しに行ったことがありましてね
鴉天狗
そのときに……♪
阿左美リエ
あなたは、いったい……?
鴉天狗
さて、何者でしょうね〜
鴉天狗
鴉天狗
烏天狗を先祖に持つ
鴉天狗
元人間とだけ、申し上げておきましょうか
阿左美リエ
(……なんとなく)
阿左美リエ
(人間じゃないなとは、思ってたけれど──)
不思議と恐怖は感じない
鴉天狗
あ、でも、ちゃーんと
鴉天狗
人間のふりをして
鴉天狗
正規ルートでお金を支払ってたので、ご安心ください
阿左美リエ
阿左美リエ
地方ロケで訪れるまで、餘魅慈寺なんて知らなかったし
阿左美リエ
たまたまだったの……
鴉天狗
…………
『満月の夜、餘魅慈寺に行けば、死んだ人に会える──』
阿左美リエ
宿泊先の同室で、新人マネージャーの子から
阿左美リエ
その“噂“を聞かされたとき……
阿左美リエ
もしかしたら、“あの人“に会えるかもしれないと思って…………
鴉天狗
鴉天狗
……お気持ちはわかりますが
鴉天狗
一度(ひとたび)死者となれば──
鴉天狗
生者と交わることは、許されません
阿左美リエ
……どんなに願っても?
鴉天狗
致しかねます
阿左美リエ
はっきり、言うのね……
鴉天狗
見張り番ですから
空が白けてきた
阿左美リエ
(……もうすぐ、夜明けだ)
鴉天狗
そろそろ、お帰りになられた方がいいですね
阿左美リエ
…………
鴉天狗
──片付けは私がしますので、大丈夫ですよ
鴉天狗
その前に──
黒い羽根を渡した
阿左美リエ
これは……
鴉天狗
お守りみたいなものです
鴉天狗
無事に戻れるように
阿左美リエ
鴉天狗
あなたが天寿をまっとうすることを──
鴉天狗
心から祈っています
•
•
•
鴉天狗
鴉天狗
彼女、似てたな
鴉天狗
──紅紫くんの面影に
阿左美リエ
…………
いつの間にか、旅館の前に立っていた
阿左美リエ
(どうやって、戻ってきたのかしら……?)
真理恵
真理恵
あ! いた……!
真理恵が駆け寄ってきた
真理恵
アサミさん! どこへ行かれてたんですか?
阿左美リエ
コンビニに
とっさにウソをついた
真理恵
起きたらいなくて、驚きましたよ
阿左美リエ
阿左美リエ
ごめんなさい
阿左美リエ
LIMEすべきだったわね
真理恵
何事もなくて、ホッとしました
真理恵
ところで──
真理恵
その綺麗な黒い羽根は、どうしたのですか?
阿左美リエ
これ?
阿左美リエ
阿左美リエ
ちょっとね
真理恵
?
ふたりは旅館の中へと入っていった
後日、自治体とお寺の関係者によって、餘魅慈寺の解体工事が開始された
スムーズに解体が進んでいるらしく、早ければ2ヶ月で終了予定らしい──
阿左美リエ
……もう二度と
阿左美リエ
……あそこへは、行けないのね
複雑な思いを抱えながら、ぼんやりと窓の外をながめた