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番外編
玄関のドアが閉まる音。
「ただいま」
元貴がそう言うと、
「おかえり」
すぐに返ってくる声。
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数年前までは、同じ場所にいるだけでドキドキしていたのに。
今は――同じ部屋に帰ってくる。
それが当たり前になっていた。
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「今日、遅かったね」
涼架がソファに座ったまま言う。
「ちょっとね」
元貴はカバンを置きながら笑う。
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「ごはん、食べる?」
「あとでいい」
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そのやりとりも、すごく普通。
でも――
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「…元貴」
名前を呼ばれる。
少しだけ低い声。
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「なに?」
振り向いた瞬間、
手首を軽くつかまれる。
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「え、ちょっ…」
そのまま、ぐっと引かれる。
気づいたときには、ソファのすぐ前。
距離が、一気に近くなる。
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「なに、急に」
元貴の声が少しだけ上ずる。
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「いや」
涼架は落ち着いたまま言う。
「顔見たくなっただけ」
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「さっき帰ってきたばっかじゃん」
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「それでも」
少しだけ間をおいて、
「足りない」
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一瞬、言葉が出なくなる。
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昔より距離は近いはずなのに、
こういうときだけ、心臓がうるさくなる。
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「…ほんとズルい」
元貴が小さく言う。
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「元貴も同じでしょ」
涼架が少しだけ笑う。
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否定できない。
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「…まあね」
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そのまま、静かな時間が流れる。
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離れればいいのに、離れない。
むしろ――
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「ねえ」
元貴が小さく言う。
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「なに」
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「もうちょい近くてもいい?」
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一瞬だけ、涼架が目を細める。
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「いいよ」
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その言葉で、距離がさらに縮まる。
肩が触れる。
息がかかるくらい近い。
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でも、怖くはない。
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「…ほんと、変わったね」
元貴がつぶやく。
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「前からだよ」
涼架が静かに言う。
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「ただ、我慢してただけ」
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その言葉に、胸が熱くなる。
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「じゃあ今は?」
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「もう我慢しない」
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少しだけ、額が触れそうな距離。
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「元貴がいるなら」
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元貴は少しだけ目を閉じて、笑う。
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「逃げないって言ったしね」
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そのまま、静かに寄り添う。
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外は夜で、静かで。
部屋の中も、同じくらい静かで。
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でも――
心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。
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「ねえ」
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「ん?」
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「こういうのさ」
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「うん」
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「嫌じゃないよね」
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「全然」
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少しだけ笑う。
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「むしろ、好き」
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その一言で、空気がやわらかくなる。
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もう、言えなかったことはない。
隠す距離もない。
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ただ隣にいるだけで、全部伝わる。
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それでもまだ――
少しだけドキドキするのが、ちょうどよかった。