「もう、アル。唇ふにゃふにゃになっちゃったじゃん……」
「ごめんね、テオ。でも、テオがかわいいから」
「謝る気ないでしょ、それ。あと、僕のせいにしないで」
アルフレートがアルメヒティヒカレッジに編入してきて一日が経った。結局午後の授業もアルフレートのお守というか、学校案内で出られなかったし、ランベルトがどうなったかも聞けなかった。
アルフレートはあの後、僕に新しい約束を結ばせてきた。僕が二度目のキスに翻弄されて、頭が回らない時に。別にそれが悪いって言っているわけじゃないんだけど、もっと順序というものがあると思った。怒ってない、別に怒ってないけど……
(一日三回キスって。恋人みたいじゃんか……)
いや、恋人かもしれない。両思いってアルフレートはいっていたし。でも、告白の言葉を聞いていないからわからない。それかもしくは、告白の文化がこの世界にはないのかもしれない。わからないけど、僕は勝手に恋人と思うことにした。多分、アルフレートもそう思っているから。
そして、一日三回のキスをするという約束をして、寝起きのディープキスをかまされたところだった。
まだポヤポヤと起きたての頭で、何をされたかわからなかった。意識が覚醒しそうになれば、思考をぐちゃぐちゃにするかの如く、喉の奥のほうまで舌を入れようとしてきて。さすがにそれは怒ったけど、十分くらいはキスされていたと思う。
何はともあれ、十一年前の約束をアルフレートは守ってくれた。僕も約束を果たせて嬉しく思う。これからは、アルフレートが勇者として招集されない限りは、学園で一緒にいられるだろう。
(――って、あまりにも順風満帆すぎない!?)
言葉は間違っているのかもしれないが、大好きな幼馴染が自分のために勇者の仕事放棄して、権力使って学園に編入してきて。それで、同じ部屋、約束守って恋人みたいな同棲……同居生活が始まって!
(いやいや、僕モブじゃん。モブAじゃん。なのに、なんで!)
なんでこうなった!?
未だによくわかっていない。アルフレートが僕のことを好きな理由……は、幼馴染で僕だけがアルフレートの内面に触れたからとか何とかで。でも、それでも、これは――
「何考えごとしてるの。テオ」
「う、うーんと。なんか、幸せだなって思って。あまりにできすぎてる、かも、とか。夢だったら嫌だなと思って……アル!?」
パシンッ! と刹那響いた破裂音に僕は飛び上がってしまった。何事だ、と横を見れば、アルフレートが自分の頬を思いっきり叩いていたのだ。彼の頬には真っ赤な手跡がついている。
「あああ、あああ、アル! ある何してるの!?」
「痛い」
「だよね……じゃなくて! なんで、自分のこと叩いたりしたの!?」
「テオが夢かもしれないっていったから。ほら、痛い」
「痛そう……だけど」
それは、本来僕がやるべきことじゃないかと思った。何で、アルフレートは自分を叩いのだろうか。
「俺も、夢かもしれないって思った。でも、痛いし……それに夢にしたくない。こうしてまた会えたんだから……………………まあ、俺が上の奴ら脅してここにきたんだけど」
「あ、アル?」
「ん? 何。テオ。そんな困ったかわいい顔して」
「いや、えっと。そうだね。僕も嬉しい。夢じゃなくてよかったって思ってる。その、ただの幼馴染じゃなくなっちゃったっていうか、身分の差もあるけど。いつかアルと同じ学校に通えたりしないかな、とか思ってたから。夢が一個かなって」
そう言い終わるか、言い終わらないかのタイミングでアルフレートにい抱き着かれた。愛おしくてたまらないって顔で、僕の肩に頭を擦り寄せている。体格差があってかなり重いし、痛いけど、拒むことはできなかった。
ポンポンと背中を優しくたたけば「嬉しい、好き」とアルフレートは口にする。
僕も好きだよ、と言いたかったけど、廊下だし、誰かに聞かれたらいやだなと思って口を閉じる。そして、ふと顔を上げたとき廊下の端から見慣れた黒い頭の男子生徒が走ってきた。
「おい、平民貴族!」
「ランベルト?」
憤怒を振りまきながら歩いてきたのは、昨日アルフレートに睡眠魔法をかけられて、多分教師たちにことごとく怒られたはずのランベルトだった。いつもはしっかりとしている服もどこかしわくちゃで、ネクタイも曲がっている。黒髪はあっちこっち寝癖がついていて、かっこ悪かった。
あ、と僕が口を開く前にランベルトの瞳が大きく見開かれる。
「アルフレート・エルフォルク!」
「……ああ、耳障りな。ごほん、誰かと思えば、ランベルトじゃないか。魔法による後遺症は? うん、大丈夫そうだね」
「貴様、貴様、貴様! どの面を下げて、俺様の前に!」
また聞き捨てならぬセリフをアルフレートが吐いた気がしたが、僕はそれよりもランベルトの格好が気になって仕方がなかった。彼が怒っている理由はなんとなくわかるし、そして一番あいたくない相手に出会ってしまって、さらに怒り心頭……といったところだろう。
「テオ、教室に行こう? 今日からテオと授業受けられるんだよね。楽しみだなあ」
「あ、あはは……アル、あのね、一応無視は」
「貴様! おい、平民貴族の貴様!」
と、アルフレートが華麗にランベルトを無視して、背を向けると、さらに逆上してキーッと叫ぶように指をさされる。背中越しでも、その視線が刺さっていたい。
「貴様が、起こしに来なかったかったから、こんなことになっているんだろ!」
「テオ、どういうこと?」
冷たく鋭い目が、今度は真上から突き刺さる。幼馴染とはいえ、こんなに冷気を放った瞳を向けられたのは初めてかもしれない。
赤と青、といった感じの怒りと殺意。それを二方向から向けられて、僕は口を開くにも開けなかった。
(アルが怒ってる理由はわからないんだけど、な。ランベルトはなんとなく)
ランベルトの腰巾着になってからは、朝が弱い彼のためにわざわざ起こしに行っていたからだ。そして、ついでに身なりも整えて、紙もとかして。そんな使用人みたいな生活をしていた。アルフレートのことで頭がいっぱいだったので、すっかりと抜け落ちていた。ルーティーンになっていたはずなのに。
ランベルトのいつもより乱れている理由がようやくわかった。
「どういうって、えーっと。僕が、ランベルトのお世話してたんだよ。おせ……やらせてもらってたの」
「はあ!? 俺も、テオにお世話されたい…………じゃなくて、それっていじめだよ。テオ」
「だから、善意で」
聞いてない。
アルフレートは、僕の肩を掴んでものすごい勢いで、これまたものすごい勢いで上下左右に揺さぶるものだから、脳が振動して頭が痛い。酔って吐きそうだった。
僕だったはじめのうちは、そんなことしていなかったのだが、ランベルトがあまりにも何もできなくて、見ていてかわいそうになったからやってあげただけで。それが定着して、今の形になったのは悪いとは思うけど。甘やかした僕の責任だとは思うけど。
そんなふうに、アルフレートに尋問されていれば、ヒュンと昨日のように火球が僕たちのほうへ飛んできた。
「無視するな、アルフレート・エルフォルク!」
「ちょっと、今取り込み中なんだけど。それと、魔法の私用は禁止って昨日で、痛い目見たと思うけど、まだやる?」
じゅっ、とこれまた昨日と同じく、ランベルトの放った魔法はアルフレートにい相殺される。大きな舌打ちとともに、さらに魔力が彼を中心に集まるのが分かった。こんな廊下でドンパチやられたら困るし、みんながみに来る。
アルフレートも、珍しく額に筋を立てており、話を聞いてくれる様子はない。
「いいよ。君がその気なら受けてたとう。でも、俺が勝ったら、今後一切テオに近づかないって約束してもらえる?」
「ハハッ、勝つ気でいるのか偽物勇者…………へぶっ!」
アルフレートは左手の手袋を外して、ランベルトの顔に投げつけた。およそ、手袋とは思えない速さと音がしたが、気のせいだろう。
アルメヒティヒカレッジの制服の装飾品というか、必需品。手袋を相手に投げつけたら、決闘の申し込みの証である。
「あ、アル、決闘なんて!」
「あいつが、テオを自分の所有物っていうふうに見てるのが気に入らない。テオは俺のなのに」
いや、気味のでもないんだけど……と、いおうとしたが、すでに視線をかち合わせてバチバチとしている二人に声をかける勇気なんてなかった。アルフレートも、決闘なんて申し込んで。勇者としてそれでいいのだろうか。
そうこうしているうちに、僕抜きで話が進んでいき、騒ぎを聞きつけた教師がぎょっと目を向いて二人を交互に見た。アルフレートが単刀直入に「決闘です」なんていうものだから、教師は頭を抱えていた。だが、決闘を受けたランベルトもやる気だったし、これは簡単に覆せないもの。ルールに従い、ルールの中で戦う。それが、アルメヒティヒカレッジでの決闘。
(もう、朝から何やってんの……)
まだ、学園に来て二日。ただでさえ、勇者ってだけで目立つのに。それがいろんな人の耳に入ったら、それはそれでまた面倒なことになる。
それから、場所は移動し、剣術の訓練場に僕たちは移動した。
決闘は、コインの裏表で剣か魔法どちらかに決まる。今回は、裏で魔法――ランベルトの得意な、魔法で決闘することになった。
アルフレートが負けるとは思わないが、ランベルトが本気を出せる状況では分が悪いかも、とも思う。まあ、アルフレートには三桁以上の加護があるから負けるなんてことはないだろうけど。
公平性を保つため、使用する魔法は初めに提示しておく。それ以外を使ったら失格。防御魔法はあり。いろいろと細かいルールはあったが、訓練場には教師数人と、僕たちしかいなかった。もし、この決闘が表にバレたら生徒たちがわらわらと集まってきただろうから。僕だけは特例だけど。
「泣いて謝るなら、今のうちだ! アルフレート・エルフォルク! 負けて、跪くのは貴様なんだからな!」
「テオー俺のこと、ちゃんと見ててね」
「おい、聞け! この、クソ勇者!」
お遊戯かなにかと思っているんだろうか。授業参観で親にいい所見せようとする子供のように、アルフレートはぶんぶんと手を振っている。決闘に集中してほしいところだが、彼には余裕があるのだろう。心の余裕ってやつだ。
それに比べて、ランベルトは顔を真っ赤にして、今にも噴火しそうだった。
教師は、ま反対の二人を見て頭痛がする、とでもいうように額を抑えていた。だが、らちが明かないので、教師は手をまっすぐとあげる。
「これより、アルフレート・エルフォルクと、ランベルト・クヴァールの決闘を執り行う。両者前へ――はじめ!」
ビシッと下ろされた腕。戦いの火ぶたは切って落とされたのだった。
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