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来世待月。《 赤×水・水さん女性設定 》
――西暦1915年。
俺は、役所勤めの役人だった。
隊服に、赤の羽織を重ねるのが日課で、
左腰には常に刀を差していた。
亡き父上が生前、好んで着ていた紅の羽織。
亡き母上が好きだった市松模様の羽織。
二つを半羽織に縫い合わせて、俺は毎朝袖を通していた。
髪は赤い。
家系の遺伝だ。
髷を結わず、ざんぎり頭でもなく、
異国で過ごした事のある祖父譲りの、
自由な髪型。
周囲からは奇異の目を向けられる事もあったが、
俺は自分の生き方を疑った事はない。
__そんなある朝だった。
赫「壱、弐、参……此れで総てか」
役所の戸を出て、馴染みのある茶店へ向かおうとした刹那、
目の前が真っ白になった。
風も音もなく、ただ光だけが、
俺の足元から天頂へと吸い上げていくような感覚。
気が付いた時には、世界が変わっていた。
いや、”時代”が変わっていたと言う方が正しい。
目の前にそびえる建物は、
全て鉄やガラスでできているように見えた。
空に走る線の上には、
見た事もない金属の箱が走っている。
人々は、役人のような隊服ではなく、
様々な色と形の服を身に纏い、
手元には不思議な板を持って歩いていた。
赫「……これは……」
俺は思わずその場に膝をついた。
俺の容姿は何一つ変わっていない。
両親の形見を縫い合わせた半羽織に、
左腰はいつも通りの刀。
混乱と恐怖。
何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
『 大丈夫ですか…? 』
その声に俺は顔を上げる。
そこにいたのは、一人の女性だった。
髪は黒く、目は涼しげ。
けれど何処か温かみのある光を宿していた。
着ているのは、俺の知るどの衣装にも当てはまらない。
だが不思議と、嫌悪感や恐れも感じない。
『 貴方、ちょっと変わった服着てますね。でも、かっこいいと思います…‼︎ 』
……その瞬間、俺の中で何かが解けた気がした。
彼女の名は、稲荷水と言うらしい。
俺を助け、住まう場所を与えてくれた。
それだけではない。
食べ物の買い方、街の歩き方、
“スマホ”という道具の使い方。
全てを、一から教えてくれた。
彼女の前で、何度失態を晒した事か。
初めての自動ドアに驚いて構えを取った時。
彼女が変な輩に絡まれていたところを、
刀を抜いて助けに入ってしまった時。
今の日本では、腰に刀を差す事がないらしい。
それでも、水は、いつも笑ってこう言った。
水「赫さんは強いけど、可愛い人ですね」
……可愛い? 俺が?
俺が可愛い筈がない。
普通、俺みたいな者は除け者にされるべきだった。
そんな俺を救ってくれた貴方の方が、
誰よりも愛おしくて、何よりも尊い者なのではないのだろうか。
そんな尊い貴方に、一つだけ俺に誓わせて下さい。
“如何なる時も側にいて、時間の許す限り貴方を守ります”
と。
一年という期限を知ったのは、
それから二ヶ月程経った頃だった。
如何やら、俺はこの時代に『 間違って 』飛ばされた存在で、
元いた時代に戻る運命にあるらしい。
未来から来た人間の話は良く聞く。
だが、過去から来た者など、俺が初めてだという。
……つまり、この時代に俺の記録はない。
“赫”はもう、この世からいない事になっている。
元いた時代に戻れると聞いて、俺は清々した。
けれど、何処かで、”何か”が恐かった。
誰にも思い出されず、誰にも語られず、
ただ時代の狭間に落ちた、
“無かった命”になってしまう気がして。
一年間共に過ごした、
最愛の貴方に忘れられる様な気がして。
だからせめて――
赫「来世で、また人として生まれ変われたなら」
赫「――俺と、夫婦になってくれませんか」
とだけ貴方に伝えたかった。
手を握って、目を逸らさずに。
刀も何も持っていなかった。
ただ、俺の心そのものを差し出す様に。
水は、涙を浮かべて微笑んでいた。
『 はい勿論です 』
それだけを、ぽつりと呟いて。
結局、口約束だけで何一つ成す事が出来なかったんだ。
貴方に伝えた守ると言う誓いも、
心の内に秘めていた幸せにすると言う願いも。
そしてその夜、俺は後悔しながら眠りについた。
翌朝、目を覚ました場所は、
元いた時代の俺の部屋だった。
――あの一年が、夢だったのか。
今でも分からない。
けれど俺の左手には、
あの夜水が握ってくれた温もりが、今も確かに残っている。
そして机の上には、未来で渡された小さな写真が一枚。
俺と水が、肩を並べて笑っている姿。
写真を見る度に、
あの一年が現実だった事を何度も思い知らされた。
俺はそれを懐にしまって外へ出る。
もう二度と逢えないとしても、俺は一生、この事を忘れはしない。
水。
貴方に出逢えて良かった。
どうか、夫婦になる約束をした男の事を、
忘れないでいてください。
俺は、貴方を何処迄も探し続けます。
――来世でまた、貴方に逢えたなら。
今度こそ、ちゃんと手を繋いで歩く事は可能でしょうか。
体調不良でも一つくらい出しておきたかったので、
前々に書いていた物の続きを書かせていただきました…‼︎
リクエストちょっと待ってな。