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#Paycheck
ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
「……調子狂う」
チャンスのその一言。
ほんの小さな本音。
それを聞いた瞬間――
エリオットの中で、何かが決まる。
(……ここだ)
ゆっくりと、一歩近づく。
さっきまでみたいな挑発じゃない。
もっと静かで、逃げ道を塞ぐ距離の詰め方。
「そっか」
小さく、やわらかく返す。
チャンスは視線を外さない。
でも――さっきより、ほんの少しだけ余裕がない。
エリオットはそれを見逃さない。
「じゃあさ」
そっと手を伸ばす。
ネクタイを外されたままの、開いた襟元。
その近くに、指が触れる。
ほんの一瞬。
触れるか触れないかくらいの距離で止まる。
「無理しなくていいよ」
静かな声。
チャンスの目がわずかに動く。
「……は?」
「紳士とか、余裕とか」
くすっと笑う。
でも、からかいじゃない。
「別に、しなくていいでしょ」
そのまま、少しだけ顔を傾ける。
距離は近いまま。
でも、圧じゃない。
逃げようと思えば逃げられる距離。
――なのに、逃げられない。
「そのままでいいよ」
一瞬、沈黙。
チャンスの呼吸がわずかに揺れる。
「……お前」
何か言いかけて、止まる。
エリオットはその隙を、そっと拾う。
「さっきさ」
小さく続ける。
「助けてって言ったの、半分ほんとって言ったよね」
「……ああ」
「じゃあ今は」
ほんの少しだけ近づく。
声を落とす。
「全部ほんと」
チャンスの思考が、一瞬止まる。
完全に。
エリオットはそのまま、軽く息を吐いて――
チャンスの肩に、ほんの少しだけ額を預ける。
強くじゃない。
触れるだけ。
「……ね」
小さく、囁く。
「もうちょい、こっち来てよ」
命令じゃない。
お願いでもない。
ただの、自然な言葉。
それが一番、逃げにくい。
チャンスの手がわずかに動く。
でも、掴まない。
離さない。
ただ、迷う。
(……なんだよ、これ)
完全にペースが崩れてる。
押し返せばいいのに。
いつもみたいに。
でも――
(押せねぇ)
理由は分かってる。
強く出られない。
この空気の中で。
エリオットは顔を上げる。
さっきまでの照れは、もうほとんどない。
代わりにあるのは――静かな余裕。
「ほら」
少しだけ笑う。
「捕まってるの、どっち?」
同じ言葉。
さっきとは意味が違う。
チャンスは一瞬だけ目を細めて――
それから、ふっと息を吐いた。
「……完敗だな」
小さく呟く。
エリオットは少しだけ目を丸くして、
すぐに笑う。
「素直じゃん」
「お前が言うな」
軽く返す。
でもその声には、もうさっきの余裕はない。
その代わりに――
少しだけ、柔らかい。
チャンスはそのまま、ゆっくり手を上げて、
エリオットの髪に触れる。
軽く、撫でる。
「……ほんと、やり方が汚ぇ」
「褒めてる?」
「半分な」
エリオットはくすっと笑って、
そのまま距離を保つ。
もう、無理に詰めない。
それでも――
主導権は、完全にこっちにある。
「じゃあさ」
少しだけ首を傾ける。
「この後、どうする?」
さっきと同じ問い。
でも立場は逆。
チャンスは少しだけ考えて――
「……好きにしろ」
小さく言う。
エリオットはその答えを聞いて、
ゆっくり笑った。
「じゃあ」
ほんの少しだけ近づく。
「そうする」
今度は――
完全にエリオットのペースで。
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