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「それから、伸くんと出会ってから、ずっと僕の中にあった行彦の記憶が、突然なくなってしまったのはどうしてだろうって考えた。これは難問だったよ。
でも、答えを出した。これは、あくまで僕が考えたことだから、正しいかどうかはわからないけど。
行彦は、伸くんのことを深く愛していたけど、出会ったとき、彼は、すでに亡くなっていた。愛し合えば合うほど、伸くんの体をむしばんでしまうこともわかった。それで、やむなく身を引いたんだよね。
だけど、それでもなお、行彦は、ずっとずっと伸くんを愛していた。行彦の願いは、生まれ変わって、生きた人間として、普通に伸くんと愛し合うことだった。
どういう経緯でそうなったのかはわからないけど、彼は、西原有希として生まれ変わったんだ。
伸くんも、ずっとずっと行彦のことを思い続け、僕は、伸くんと出会ったとき、行彦としての記憶を思い出した。晴れて二人は、再び愛し合うようになった。
長い時間を経て、ようやく行彦の願いが叶ったんだよ。それで、行彦の魂は開放された。
一つの体の中に、二つの心や記憶があるのは不自然だし、正しいことではないから、あの日、お墓の前で、僕の体の中から行彦が抜け出たんだ。お母さんや、自分の遺骨が眠るお墓に、ようやくたどり着くことが出来たのかもしれない」
有希は、満足そうなため息をついてから、さらに言う。
「話は、これで終わりじゃないよ。
つまり、行彦は思いを遂げて、僕の中から去って行った。残っているのは、西原有希だけ。
西原有希は、前世も、過去の出来事も全部知った上で、なおも伸くんのことが好きで、ずっと一緒にいたいと思っている。
ねぇ、何か問題ある?」
「……え?」
伸は圧倒されて、ただ、有希の美しい顔を見つめる。まだ十代の高校生である彼は、なんと賢く、理路整然と話すのだろうと思う。
「問題?」
一方、いい年をした自分は、まともな答えを返すことも出来ないでいる。
「だから」
有希は、まるで小さな子供に対するように、ゆっくりと言った。
「僕ともう一度、恋人同士になってもらえませんか?」
「あ……」
不意に胸が熱くなり、涙が込み上げる。駄目だ。有希の前で無様な……。
「伸くんは、行彦込みの僕じゃないと愛せないの?」
「そんなことは、ない」
今も行彦のことを愛しているが、それ以上に、真っ直ぐな気持ちを自分に向けてくれる、無邪気で大胆な有希のことを、とても愛しいと思っている。
「でも俺は、多分この先もずっと、行彦のことを忘れられないと思う。それでもいいのか?」
有希は、優しい眼差しで伸を見ている。
「いいよ。行彦あっての僕だし、行彦がいなかったら、多分、伸くんと出会うことも、愛し合うこともなかったんだから。
……本当は、ちょっぴり複雑だけどね」
「有希……」
みっともないと思ったが、こらえきれず、涙がこぼれてしまった。あわてて涙をぬぐう伸を見て、有希が言った。
「伸くん、かわいい」
「馬鹿……」
まったく、子供のくせに、俺より何枚も上手だ。いや、俺が、だらしないだけか……。
有希が、椅子から立ち上がり、伸のそばまで来た。
「伸くん」
前にもこんなことが。そう思いながら、伸も立ち上がる。有希が、伸を見上げながら言った。
「伸くんに、お願いがあるんだけど」
「何?」
「僕は、伸くんとキスしたことも、愛し合ったことも、全部忘れちゃった。だから、もう一度、教えて」
ほんのりと上気した顔と、少しだけ開いた赤い唇が、たまらなく色っぽい。
「相変わらず積極的だな」
「そう?」
有希は、なんでもないことのように言う。
「初めて会った日に、この部屋に来た君は、いきなり俺にキスをして、俺をベッドに誘って……」
「伸くんは嫌だったの?」
「いや。そんなことはないけど……」
「けど?」
「こんな若い子と、そんなことしていいのかって。でも……」
欲望にあらがえなくなって、伸は、有希の肩に手を置き、その唇を塞いだ。有希は、自らその柔らかい唇を開いて、伸の舌を受け入れる。
もう、ためらいの気持ちは消えていた。あぁ。唇も、舌も、頬の内側も、なんて柔らかくて甘いんだ。
全神経を集中して、伸はそれらを、髪の香りを、制服の下の細い体の感触を確かめるように味わう。
夢中になっていると、突然、有希が、伸の体を押し戻すようにして唇を離した。そして、息を弾ませながら、切なげな表情で言う。
「伸くん……」
「うん?」
「僕が、前に言ったこと、覚えてる?」
「何?」
「伸くんのことを考えていたら、今まで一度も意識したことがなかった体のうんと奥のほうが、疼いて熱くなって、どうにも収まらなくなったって」
「……あぁ」
有希が恥ずかしそうに言う。
「今も、そうなってる」
伸は、じっと小さな顔を見つめる。伸には、それがどういうことなのかわかっている。
なぜなら、今、熱く疼いて有希を苛んでいるそこは、伸だけが到達することの出来る場所だから。
「俺に、どうにかしてほしい?」
有希が、こくりとうなずく。伸は、有希の手を握って言った。
「おいで」