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「もう少しですヴァン君」

「お、おう」


古森にただよう【星虫ほしむし】たちが描く星座を読み取りながら、俺たちはついに【星渡りの古森】から出ようとしていた。

木々のささやきから、森の境目付近から人間たちの気配を感じ取っていたので、そちらに向かってゆく。


「おおおお! ヴァン! 探したんじゃぞ!」

「こら! ヴァン! 【帰らずの闇森】に入っちゃダメだろう!」


どうやら長老を含めた大人たちが、ヴァン少年の捜索に出ていたようだ。

こうやって村人に探してもらえるのなら、ヴァン君は村で無下にされているわけではないのだろう。


「長老! それにロダおじさんにグーリエさん!」


「こんのばっかもーん! 心配させおってからに!」


「いでっ」


感動の再会ならず、盛大にゲンコツをくらうヴァン少年。


「して、そちらのお嬢さんは……」


長老は俺を見るとすべてを悟ったのか、頭を大仰に下げて感謝の意を示してくれた。

しかし互いにそれ以上言葉を交わすことはなかった。


「じいさん……あれってもしや」

「切れ長の耳に月光みたいな髪……」

「幼子にしてあの神々しさ」

「あれがエルフなのか? 初めて見たぞ……!」


「皆の衆、口を閉じるのじゃ」


村人たちがざわめく中、長老だけは冷静な振る舞いを続けていた。

おそらく長老はエルフが人族と関わるのを嫌うと知っていたのだろう。さらに言えば、下位の者が上位の者より先に声を発するのは『失礼』に値するといった作法も。


「…………」

「……」


だからこそ俺が口を開かなければ、長老は何も喋らなかった。もちろん、パパンに『人族と関わってはいけない』と言われていない。ただ、どうしようかと考えあぐねていた。

そして長老の態度が村人たちにも伝播してゆき、沈黙が場を支配する。

そんな妙な空気の中で唯一の例外がいた。


「レムリア! 今日はありがとな! おかげで俺の目指すところが見つかった!」


ヴァン少年だけは遠慮なく俺へと話しかけてくる。

そしてブンブンと手を振りながら彼は『またな!』と言ってくれた。

その様子が妙に微笑ましくて、俺は無言で頷く。


「……」


夕焼けが滲む空の下でヴァン少年は大人たちに連れていかれながら、何度もこちらを振り返っては手を振っている。

俺はそんな彼の姿が見えなくなるまで手を振り返していた。





3年が経ち9歳になった。

俺は古代樹だけでなく、森全体となんとなく意思パスを繋げられるようになっていた。


「リアよ。今日も古森の浅い方まで出向いていたのか?」

「はい、父様」


とはいえ俺の意思パスの力は、まだパパンには及ばないかもしれない。

パパンは相変わらずの美貌で俺に優しく語りかけてくるが、保護者としてしっかり俺の動向は把握しているらしい。

多分、俺が人族と会っているのも知っているのだろう。


「古森の外との接触は控えた方がいいですか?」

「リアの自由だ。だが、リアの行動で問題が生じてしまったら責任を取るのだぞ」

「もう、リュエルったら。レムちゃんはいーっぱい失敗していいのですよ? 私たちが全部どうにかしますからね」


パパンは寛容さと責任を、ママンは挑戦心と庇護を教えてくれる。


「うむ。しかし最近は【星病せいびょう】を発症するエルフが増えてな。どうにも心配になってしまうのだよフローラ」

「レムちゃんはまだ9歳ですよ? 心配いりません」


星病せいびょう】とは生きる気力をなくし、ただそこにるだけの生物になり果てる病だ。ひらたく言えばうつ病に近い。

長寿種のエルフは長く生きることによって多くの悲劇を経験する。愛する者を失ったり、愛する景色が変わったり、生きるとは・・・・・喪失の連続だと・・・・・・悲観して感情が薄れてゆく。

耐え切れずに自殺する者、大切な者を作ろうとしない者、感情を遮断する者、あきらめて万物全てに関心を寄せなくなってしまう者。

そんなエルフたちの様子から……夜空に静かに浮かぶ永遠の光、星みたいになってしまうから【星病】せいびょうと名付けられた。


【星病】は性感情や繁殖機能の低下を引き起こし、エルフの出生率は年々下がっている。ゆるやかに絶滅の道を歩んでいるのがエルフの実態だ。


「ただ、月光や星明りが前ほど活気に満ちていないのは私も気になります……」

「私は希望を手放さないぞ。光明は必ずあるはずだ。星明りが、植物や大地に及ぼす影響を解明し、【星病】の治療薬を必ずや作ってみせる……!」


それに、とママンはパパンに微笑みかける。


「自慢の娘が古森の力を強くしていますしね? レムちゃんがこんなにもいい子に育ってくれて、すべての花々に感謝を捧げます。もちろんレムちゃんにも感謝です!」

「そうだな」

「私もレムちゃんに負けていられませんね。世界樹の復活に向けてたくさんの花を研究しますよー!」


涼やかに笑うパパンと朗らかに笑うママン。

パパンはエルフ一の星の専門家で、ママンはエルフ一の花の専門家である。両者とも目的は同じで、朽ちた世界樹を復活させればエルフの【星病】も緩和されるとの見解を持っている。

そのため二人は政務と研究の両方を日々頑張っている。


「さあ! 生ある限り自由に研鑽するぞ!」

「ええ! 生ある限りより深い楽しみを追求します!」


二人は自身の生き様に情熱と喜びをって向き合っている。


控えめに言ってうちの両親は偉大すぎた。

人格的にも能力的にも。

さすがは推しを生み出したご両親と言わざるを得ない。


そして一つの疑念が生まれる。

それはこの二人が、クロクロで最強種・・・と言われた【天座てんざの七色】なのではないかと。



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