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#子育て
都築七美
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都築七美
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感想、めっちゃ刺さりました……。 悠真が「稼ぎが上の時代に俺も同じことしてた」って気づく瞬間、ゾッとするくらいリアルだった。自分が言われて初めて初めて相手の痛みに気づくの、あるよね。楓の「仕方ないでしょ」が残酷で、でも昔の悠真もきっとそうだったんだなって。 最後の澪の「きょう、たのしかった」で涙腺緩んだよ……仕事も大事だけど、この一瞬は確かに悠真の人生だよね。都築さんの言葉、ちゃんと受け取りました🥀
翌日の夕方、また保育園から電話がかかってきた。
『澪ちゃん、お熱がありまして……お迎えをお願いできますか?』
「あの……こういうときって、妻が最優先の連絡先じゃないんですか?」
『いえ、最優先はお父様のお名前でいただいていますが……』
悠真の背中に、冷たい汗が伝った。
「……分かりました。今向かいます」
仕事を切り上げ、周囲に頭を下げて保育園へ向かう。
翌朝になっても、澪の熱は下がらなかった。
「ごめん。私、今日大事な打ち合わせがあって休めないの」
そう言って出勤する楓を見送り、悠真は会社へ電話をかけた。
「申し訳ありません。娘が熱を出していて……今日、お休みをいただきたいんですが」
電話を切り、熱でぐったりする澪の隣に座る。
この世界では、お迎えも、急な休みも、看病も。
すべて自分が担うのが当然になっていた。
*
ようやく出社できた日、上司から呼び止められた。
「黒川、今後はしばらくサポート業務中心で頼む」
「……え?」
「育児あるんだろ? 無理させるわけにもいかないから」
「でも、今のプロジェクトは俺が――」
「こっちで何とかするよ」
責められたわけではない。
むしろ、気遣われている。
それなのに――。
会議室の前を通れば、自分が担当していたプロジェクトの打ち合わせが行われている。
後輩から送られてくるのは、決まったあとの共有メールだけ。
(俺の仕事だったのに……)
少しずつ、自分の居場所がなくなっていく。
給湯室の前を通ったときには、同僚たちの声が聞こえてきた。
「早退とか休み多い人に、大事な仕事は任せにくいよな」
「結局、周りがカバーすることになるし」
悠真は足早にその場を離れた。
(好きで休んでるわけじゃない)
(俺だって、仕事したいのに……!)
けれど、どれだけそう思っていても、評価だけは静かに遠ざかっていった。
*
その日の夕方。
保育園へ向かう途中、楓からメッセージが届いた。
《今日、会社の飲み会あるから。帰り遅くなると思う》
「……は?」
悠真は画面を睨みつけた。
(こっちは仕事を切り上げて、迎えに行って、帰ったら家事して……)
(なのに飲み会?)
苛立ちが込み上げる。
(もしかして楓、わざと遅く帰ってるんじゃないか?)
残業や飲み会を理由にすれば、風呂も寝かしつけもやらなくて済む。
そこまで考えた瞬間――悠真の足が止まった。
(……俺も、そうだった)
*
楓が帰ってきたのは、二十三時を過ぎてからだった。
「ただいまー」
「……遅いな」
「ごめん。ちょっと盛り上がっちゃって」
「なあ、少しは協力してくれよ」
堪えていたものが溢れた。
「俺は仕事もセーブして、迎えに行って、家のことも澪のこともやってるんだぞ」
「だから?」
「だからって……楓も少しくらい――」
「任せきりで悪いとは思ってるよ。でも、仕方ないでしょ?」
「……は?」
楓は当然のように言った。
「だって、私の方が年収高いじゃん」
その一言に、悠真は言葉を失った。
「出世もかかってるし。私が仕事を止める方が、家計的にもリスク高いでしょ?」
「……」
「だから、悠真が調整するのが現実的だと思うけど?」
――俺は家族のために働いてるんだよ。
――出世もかかってる。
かつて楓へ向けた、自分自身の言葉が蘇る。
(……俺が言ってたことだ)
何一つ、言い返せなかった。
(楓は……ずっと、こんな思いだったのか?)
*
しばらくして、シャワーを浴びた楓がリビングへ戻ってきた。
「……さっきは言い方きつかったね。ごめん」
悠真は黙って顔を上げた。
「本音じゃないわけじゃないけど、あんな言い方したかったわけじゃなくて」
「……うん」
「それでね。今日、話したかったことがあったの」
楓は少し照れたように笑った。
「次のプロジェクト、私が中心でやるかもしれないって」
「……え?」
「うまくいけば、昇進も見えてくるらしい」
その顔は、悠真が久しく見ていなかったほど嬉しそうだった。
「澪が生まれる前に、一度は諦めた仕事だから……やっぱり嬉しくて」
その言葉で、記憶が蘇った。
澪が生まれる前。
残業続きでも、楽しそうに仕事の話をしていた楓。
『大変だけど、やっぱりこの仕事好きなんだよね』
(そうだ)
(楓は、仕事が好きだった)
澪が生まれてから、保育園から呼び出されるたびに早退した。
頭を下げ、仕事を引き継ぎ、大事な場面から少しずつ離れていった。
それでも悠真は、「仕方ない」と思っていた。
自分の方が稼いでいるのだから。
自分の方が仕事を優先する方が合理的なのだから。
(俺は……楓が何を諦めてきたのか、考えもしなかった)
知らなかったわけじゃない。
知ろうとしてこなかっただけだ。
*
翌日の昼休み。
休憩スペースでコーヒーを飲んでいると、他部署の女性社員たちに声をかけられた。
「黒川さん、最近お迎え頑張ってるんだって?」
「まあ……はい」
「偉いじゃない。共働きでも、片方に任せきりって家もあるからね」
悠真は苦笑した。
「でも……正直、不安なんです」
「不安?」
「仕事を外されて、周りはどんどん先に行ってて。このまま置いていかれるんじゃないかって」
女性社員の一人が、静かに頷いた。
「分かるよ。私も子どもが小さい頃、ずっとそう思ってた」
もう一人も言う。
「仕事も、子どもも、どっちも大事なんだよね」
「……はい」
「だから、どっちが正解なんて簡単には言えないよ」
少し間を置いて、彼女は笑った。
「ただ、子どもの“今”も一回きりだから」
その言葉が、悠真の中に残った。
*
「パパー!」
夕方、保育園へ迎えに行くと、澪が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今日ね、絵本よんだの!」
「へえ。どんな絵本?」
「おひめさま!」
「そっか」
それだけの会話だった。
いつもなら聞き流していたかもしれない。
けれど今は、小さな手の温かさも、隣を歩く澪の声も、妙に鮮明に感じた。
『子どもの“今”も一回きりだから』
(……こういうことか)
その夜。
悠真が絵本を読み終えるころには、澪はうとうとと眠りかけていた。
「……パパ」
「ん?」
「きょう、たのしかった」
悠真は一瞬、言葉に詰まった。
「……そっか」
「また……あした」
「ああ。また明日」
澪は安心したように目を閉じた。
小さな手が、悠真の袖を掴んでいる。
(仕事は大事だ)
(でも、この時間だって――俺の人生なんだ)
悠真はそっと澪へ布団をかけた。
今まで楓だけに背負わせていたものの重さを、ようやく知った気がした。