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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

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木風
791
#サレ妻
都築七美
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「きょうだいって、ほんと?」
真尋は、結衣の前にしゃがんだ。目の高さを、同じにした。
「お姉さんのおなかに、赤ちゃんがいるのは、ほんと。それが結衣のきょうだいかどうかは、お母さんが、ちゃんと調べてから話す。今じゃなくて。いい?」
「いい」
「それと、そのチョコレートは、お母さんが預かる。誰かにもらった物は、お母さんに見せてから。約束」
「約束」
結衣は、銀色の包みを真尋の手に置いた。真尋は、それをコートのポケットに入れた。家に帰って、家計簿の余白に書いた。『1/15 15時ごろ 学童の門。瑠美が結衣に菓子。「きょうだい」「もうすぐ一緒に住む」』。チョコレートは、袋に入れて、同じページに挟んだ。
十六日、金曜。真尋は朝、仕事に行く前に、小学校へ寄った。
担任には、十二月に一度会っている。連絡帳の電話の件を記録してもらったときの、同じ先生だった。真尋は、短く言った。
「父親と、父親の関係の人には、結衣を渡さないでください。迎えは、私か、私が前に名前を伝えた井口さんだけです」
担任は、メモを取った。「学童のほうにも、伝えておきますか」
「私から、行きます」
学童は、校舎の裏の別棟だった。朝は職員が一人しかいなかった。真尋は、同じことを言った。父親と、父親の関係の人には、渡さないでください。職員は「分かりました。関係の方、ですね」とメモをした。真尋は、そのメモを見て、それ以上は言わなかった。
事務所に着いてから、廊下で恭平に電話をかけた。恭平は、三回目のコールで出た。
「何だ」
「木曜の三時ごろ、高梨さんが、結衣の学童の門に来ました。お菓子を渡して、おなかの子は結衣のきょうだいだ、もうすぐ一緒に住む、と言ったそうです」
「それが」
「結衣に、高梨さんを近づけないでください」
「俺の娘だ。俺の娘に、誰が会おうと、お前に止める権利はない」
「結衣は、今、私が育てています。結衣の引き渡しのことは、学校と学童に、今朝、伝えました」
「お前」
「今日のことは、弁護士に記録してもらいます。日付と、時間と、高梨さんが言った言葉と」
恭平は、何か言おうとして、電話を切った。
真尋は、内藤に電話をした。内藤は、話を聞いて、いつもの早口で言った。
「全部、日付で記録して。学童の門に来た日時、言った言葉、結衣ちゃんがそれを誰に話したか、あなたが学校と学童に伝えた日時、ご主人との電話の時間と中身。全部。向こうが『母親が不安定』と言うなら、こっちは『第三者が子どもに接触した』と、日付で出す」
「書きます」
「怒らないで、集めて。もう言わなくても分かってると思うけど」
二十日、火曜。
家に、厚い封筒が届いた。配達の人に印鑑を押して受け取る、特別な郵便だった。差出人は、知らない法律事務所の名前。
内藤に電話をすると、「開けて、全部読んで、写真を撮って送って」と言われた。真尋は、食卓で開けた。
二枚。差出人は、恭平の代理人の弁護士だった。
一枚目には、真尋が九年のあいだに家計の口座から「私物化」した金が四百万円に及ぶこと、その返還を求めること、が書いてあった。四百万円。真尋の四百十二万円が、丸められて、向きを変えて、戻ってきた。
二枚目には、真尋が精神的に不安定で、結衣の監護に適さないこと、結衣は父親の実家で養育されるべきであること、が書いてあった。
真尋は、二枚を、二度ずつ読んだ。
手は、震えていない。腹は、立っていた。ただ、腹の立ち方が、十月とは違っていた。十月は、何が起きているのか分からなくて腹が立った。今は、何が書いてあるか、一字ずつ分かる。分かるから、どこが合わないかも、分かる。
真尋は、家計簿の九冊目を、封筒の横に開いた。
「全部、合うまで調べたらいい」
声に出して言った。結衣が、隣の和室から「何?」と聞いた。「何でもない」と答えた。
写真を撮って、内藤に送った。内藤からは、十分後に『了解。向こうは数字を一つしか持っていない。こっちは九年分ある』と返ってきた。
二十一日、水曜。
真尋は、朝のうちに所長室の扉を叩いた。
「所長。相談があります。業務の話です」
神谷は、顔を上げた。
「言いなさい」
「九年分の家計を、一円ずつ、一枚の書類にします。年ごとの収入と支出、恭平さんの振込の推移、不明金四百十二万円の内訳、学資保険の百二十九万二千円の行き先、仕送りの出どころ。調停にも出せて、法事でも読める形に」
「名前は」
「清算書、と」
神谷は、少しのあいだ、真尋を見ていた。
「その清算書。うちの事務所の名前で、出しなさい」
真尋は、聞き返した。
「事務所の、名前で」
「作成、神谷税理士事務所。あなたが作る。私が見る。数字に嘘がなければ、名前を貸す」
扉の外で、大久保の声がした。
「所長。本気? 事務所の名前で、よそのご夫婦の喇嘩に、首を突っ込むの?」
神谷は、扉のほうを見ずに答えた。
「業務だ。数字に嘘がないなら、名前を貸すのは、業務だ。嘘があるのに黙るのは、嘘に加わるのと同じだ」
大久保は、何も言わなかった。笑わなかった。
神谷は、机の上の白い紙を一枚取って、胸ポケットの赤ペンで、右下に書いた。
『作成 神谷税理士事務所』
「表紙に、これを貼る。中身は、あなたが作りなさい」
真尋は、紙を受け取った。
夜。結衣を寝かせてから、スマホが鳴った。
恭平からのメッセージだった。
『法事、瑠美も出る。母さんの隣に座る。お前は親戚に謝れ』
真尋は、家計簿の九冊目の、最後のページを開いた。十一月二日の字。『離婚する。一円残らず取り返す。』
その下に、赤ペンで、一行足した。
『清算書』
書いてから、もう一度、スマホの画面を見た。
『お前は親戚に謝れ』
真尋は、返事を書かなかった。
コメント
1件
「記録すること」と「数字を揃えること」が、ここまで武器になるんだなと改めて感じました。特に神谷所長が「業務だ」と事務所の名前を貸す判断をしたところ、胸が熱くなりましたね。職業倫理と人の道が同じ線上にあるような。それから、あの四百万円が「向きを変えて戻ってきた」一文、読んでいて背筋が伸びる思いがしました。真尋が怒りの質を変えて冷静に戦い始めたのが、文字の端々から伝わってきて、次が気になります。