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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

1,510
木風
791
#サレ妻
都築七美
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一月二十八日、水曜。五時五十分。
真尋は、事務所の階段を下りながら、学童に電話をかけた。十分、遅れている。清算書の収入の欄を九年分、確かめ直していて、時計を見るのが遅れた。
電話は、二回のコールで出た。学童の職員の声だった。
「篠原さん。あの、結衣さんのことで。お父様が、お迎えに来られて」
真尋は、階段の途中で、足を止めた。
「父親、ですか」
「はい。四時半ごろ。『おばあちゃんから頼まれて、迎えに来た』と。結衣さんも、お父さんだと言ったので。……お母様からは、『関係の方』はだめ、と伺っていましたが、お父様はだめとは、聞いていなかったので」
職員の声は、途中から小さくなった。
真尋は、一月十九日の朝を思った。父親と、父親の関係の人には、渡さないでください。職員は、関係の方、とメモした。真尋は、そのメモを見て、それ以上を言わなかった。父親、と、はっきり書かせなかった。
「分かりました。お父さんは、どちらへ行くと」
「それは、伺っていません。すぐ、お電話を」
「はい」
真尋は、電話を切って、恭平の番号を押した。
コールが、十回鳴って、切れた。もう一度。出ない。
西町だ。
真尋は、ビルを出て、駅のほうへ走った。
コンフォール西町は、駅の西口から、歩いて五分。事務所の入っているビルは、駅の東口の前にある。
走ると、五分かからなかった。
入口のガラス戸は、十一月と同じで、開いていた。郵便受けの三段目、右から二つ目。『302』。白いラベル。『篠原』。
真尋は、階段を上がった。十一月に、上がらなかった階段。三階。302号室の扉の横に、同じラベルの表札があった。『篠原』。
チャイムを押した。
中で、足音がした。
扉が開いて、瑠美が立っていた。部屋着の、白いワンピース。髪は、下ろしていた。左手の薬指に、指輪。
「真尋さん」
瑠美は、驚いた顔を、すぐ、笑いに替える。
「来たんですか」
「結衣を、迎えに来ました」
瑠美の後ろに、部屋が見えた。白いテーブル。椰子の葉の柄のカーテン。家具の店の領収書に書いてあった品名と、同じだった。
テーブルの前に、結衣が座っていた。ランドセルを背負ったままで、両手でジュースのコップを持っている。真尋を見て、コップを置いた。
「お母さん」
「結衣。靴、履いて」
瑠美が、扉の前に立った。
「ちょっと待ってください。パパのお家を、見せてあげてただけですよ。恭平さんが連れてきて、恭平さんは仕事に戻ったから、私が見てたんです。勝手に入らないで」
仕事に戻った。真尋は、その言葉を頭に置いた。水曜。恭平の、休みの日だ。
真尋は、瑠美を見た。
「ここ、契約者は、恭平さんですよね」
「それは」
「十月十日の、初期費用の領収書を、見ました。契約者、篠原恭平。妻ですから、夫の契約した部屋に、娘を迎えに入ります」
真尋は、瑠美の横を通って、中に入った。瑠美は、どけなかったが、止めもしなかった。
玄関を上がって、すぐの壁に、段ボールの箱が立ててあった。箱の横に、ベッドの絵。小さいベッド。井口が十一月に言った、ホームセンターの箱だと、真尋は思った。箱の上に、宅配の伝票。宛名の欄に『篠原』。真尋は、それも頭に置いた。見たものは、全部、あとで書く。
結衣が、玄関で靴を履いていた。真尋は、しゃがんで、かかとを直した。
「ランドセル、重くない?」
「大丈夫」
瑠美が、後ろで言った。
「真尋さん。もうすぐここ、空くんですよ」
真尋は、結衣の靴の、もう片方のかかとを直した。
「私たち、引っ越すから。もっと広いところに。結衣ちゃんにも、見せてあげたくて」
真尋は、答えなかった。
立って、結衣の手を取った。扉を開ける前に、扉の横の表札を、一度、見た。『篠原』。
扉を、閉めた。
階段を下りて、ガラス戸を出た。外は、暗くなっている。
真尋は、ガラス戸の前で、恭平にもう一度電話をかけた。出ない。メッセージを打った。『結衣は、私が迎えました。十八時五分、西町三〇二で。学童には、父親にも渡さないよう、今日のうちに伝えます』。送ってから、学童に電話をかけ、同じことを言った。職員は「申し訳ありません。こちらの確認も、足りませんでした」と言った。真尋は「私も、父親、と書いてもらうべきでした」と言った。
結衣が、真尋のコートの袖を持って、待っていた。
「お母さん、終わった?」
「終わった。帰ろう」
真尋は、結衣の手を握ったまま、駅のほうへ歩く。しばらく、どちらも何も言わなかった。
踏切のところで、結衣が言った。
「お母さん」
「ん」
「お姉さんが、言ってた」
「何を」
結衣は、真尋の手を、少し強く握った。
「『結衣ちゃんは、三月から、おばあちゃんの家の子になるんだよ』って。『あそこの学校に行くんだよ』って」
真尋は、歩く速さを変えなかった。
「それから」
「お母さんは? って、聞いた。そしたら、『お母さんは、出ていくの』って」
踏切の警報が鳴り始めた。真尋は、立ち止まった。
結衣は、真尋の顔を見上げた。
「わたし、出ていかないよ。お母さんも、出ていかないよね」
真尋は、結衣の手を、強く握った。
コメント
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もう「もう一つの家の玄関」、読み終わったけど心臓がバクバクしてるよ…!!😭💦 真尋が「契約者は恭平さんですよね」って冷静に言い返すとこ、母親の強さと切なさがにじみ出てて鳥肌たった。結衣ちゃんが「お母さんも出ていかないよね」って聞くシーン、踏切の音と重なって胸がぎゅーってなったよ…2人の手の強さがすべてを物語ってる😢💕 続きが気になりすぎる〜!!