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八雲瑠月
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「それじゃあ、続けるよ! この小説のコンセントは! はわわわっ!? コンセプトだよ! 主人公のサスペンスなヤンデレラストーリーとコメディ的な要素を見せたいと思っているよ!」
「んっ? 誤植、すまん。途中で分からない単語が出てきたんで質問するが、ヤンデレラストーリーって何だ? ヤンデレか?」
思わず教子先生が聞くと、愛は頬をトマトのようにさらに真っ赤に染め上げた。
「ご、ごめんなさい!? シンデレラストーリーです!?」
「はぁ……分かった」
教子先生が溜息をついて答えた。
「次にキャラ設定にいきます。えと、主人公の灰田栗栖君は……」
愛はその後もめげずにキャラ設定の説明を始める。緊張のためか噛んでは読み間違え、誤字脱字の部分も読んでしまい、そこも訂正し、何度か言い直す。そのせいか、キャラ設定の説明から一向に進まない。
ラノケンメンバーから重い空気が流れ、特に友美は貧乏ゆすりをし、今にも何か言いたそうに愛を睨んだ。そして友美は立ち上がった。
「おい熱情! 批評はプレゼンが終わってからだって言ったろ。席に座れ」
「いいえ先生! これだけは言わせて! 愛、書也が入部して、ただでさえ人数が増えたことでプロットプレゼンの時間が押してるのよ! もう十八時前よ! あんたの面白可笑しい誤字脱字の設定を淡々と聞いてる暇はないの! そのあんたの無駄な誤字脱字のリピートを聞く時間でラノベの勉強がどれだけできると思ってるの? プロットのネタがどれだけ書けると思ってるの? 真面目にやんなさいよ!」
黙ったまま、下を向く愛。
「おい、熱情。誤植にそこまで言うことはないだろ。部活だっていつも十九時ギリギリまでやってたろ? お前が熱心に部室に残ってプロットや小説の添削を私に頼むことは知っているが……愛はまだ一年生だし、この部活に正式に入ったばかりだ」
教子先生は溜息をついたように言う。
「愛が正式に入ったばっかりって……教子先生、本気で言ってるんですか? 愛は一年前の中等部からこのラノケンに通い詰めてたんですよ! もちろん愛が見てるだけでなく、部活動の参加もして、過去にプロットプレゼンも何度もしてます! それなのになんの成長もしていない! 未だにプロットは誤字脱字だらけで、緊張して読み間違いだらけ! たるんでるか、気を抜いてるかのどちらかです!」
野犬のように吠え続ける友美に教子先生のデフォルトの糸目が見開いて、狼のような瞳になる。
「熱情! 言いたいことは分かるが、いい加減にしろ! 人の成長っていうのは人それぞれなんだ! お前も未熟なところはある……熱情を叱れる立場じゃない」
「愛には悪いけど……あんた物書きにむいてないのよ!」
「本当にいい加減にしろ熱情! 部室からつまみ出すぞ!」
「……ごめんね……友美ちゃん……これでも本気でやってるんだよ……でも、わたし馬鹿だから……いつもすぐ間違えちゃうんだ」
愛は笑顔で誤魔化すも、その目から涙が零れ落ちていく。その愛を見て、友美は拳を震わせる。
「くうっ……高校生になってなに泣いてんのよ! ばっかじゃないの! ああ、もううざったい! 先生わたし、先に帰らせてもらいます! 宿題が残っているから!」
友美はそう言ってノートPCを閉じて、乱暴にスポーツバックに入れ、足早に部室から出ていった。
「おい、熱情! 待て!」
教子先生が追いかけて呼び止めるが、ドアは完全に閉まり、友美の返事は返ってこなかった。代わりにむなしくオートロック機能のドアの錠が閉まる機械音が鳴った
「友美君はまったくせわしないねぇ。彼女にはパーソナリティー障害の疑いがある。心療内科でケアを勧めた方がいいかもね」
理香がやれやれといった風に両手を上げる。
「愛、大丈夫か? さすがに友美は言いすぎだ」
心配になって、書也は駆け寄って愛の肩を軽く叩いて言う。同じように教子先生、エロス、幽美、理香が心配してか、ぞろぞろと愛に歩み寄っていく。
「……本当にわたしがいけないんだよ……間違いだらけの文章ばっかり書いてるから」
「愛、気にすることない! あいつは元から自己中! 後で電車が遅延する呪いをかけておく」
幽美は不気味に笑い、懐から藁人形を取り出した。
「でも、友美さんの言ってる事も正しいんですのよ。正規なお仕事のプレゼンでしたら、大変な事になっていますし。少しは努力して成長した部分を見せませんと、また怒る人が出てきますわ」
エロスが複雑な表情をして言う。
「それなんだがな……誤植、あの事をみんなに話していいか?」
「分かりました……病気のせいにはしたくなかったんですけど……もう無理そうだよね」
愛は涙を拭き、教子先生に向かって頷き、アイコンタクトをした。
「愛は……過去に子供の頃に自動車との接触事故で脳に損傷を受け、失読症になっている」
「失読症!? あれかい……脳卒中の後遺症として現れる……話すことや聞くことが困難になると聞いたことがあるけれど……いや、あれは失語症だったかな?」
理香はスマホで検索を始める。
「その失語症の一種でな《話す》《読む》《書く》その中でも一つ、あるいは複数に機能障害が起こる。特に《読む》機能に障害が現れるものを失読症と呼んでいる。脳の中の言語をつかさどる領域が損傷し、文字や文章を正しく認識したり理解したりする能力が愛には失われているんだ。失読症の人は文字が読み取りづらく、語句や行を抜かしたり、音読が苦手な傾向があるそうだ」
「文字を読むとね。時々、文字がにじんだり、ぼやけたり、歪んだり、左右に反転したりするんだよ」
「そんな状態で小説を書いていたのかい!?」
理香が驚いたように言う。
「自分でも小説家に向かない障害を持っているのは分かっているんだよ……でもね、これがわたしがやりたい好きなことで……夢だから……やりたいの!」
愛は力強く言う。
「みんなには迷惑をかけるが……愛のリハビリの為に協力して欲しい。失読症は地道な読み書きで改善していくケースもある」
「先生、友美さんにはどう話しますの?」
エロスが心配そうに言う。
「熱情には私からレインチャットで話しておく……散々なプロットプレゼンになってしまったが、今回はこれでお終いにしよう。誤植、プロットはできる限り、誤字脱字を直してこい。幸い明日から休日だ。充分に直せるだろう? 部活の時に特別にプロットを添削してやる」
教子先生が愛の頭を撫でると、愛は優しく微笑んだ。
「ありがとう教子先生」
その微笑みに教子先生は恥かしそうにそっぽを向く。
「これでも教師だからな」
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