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第4話:胃袋を掴まれた日
目黒が手話を勉強し始めてから、さらに数週間。
総務部では四半期末の繁忙期を迎えていた。
その日の夜、オフィスの灯りは大半が消え、静まり返ったフロアには宮舘と目黒の二人だけが残っていた。
「……うわぁ、また間違えた……」
目黒は誰もいないフロアでぽつりと呟き、頭を抱えた。
パソコンの画面には、データの集計エラーを示す赤いアラートが出ている。
勉強が苦手な目黒にとって、この時期の複雑な書類作成はまさに天敵だった。
そんな目黒の様子に気づき、隣の席の宮舘がそっと肩を叩いた。宮舘は目黒の画面を確認すると、優しく微笑んでタブレットに文字を打ち込んだ。
『ここ、参照するセルの位置が一行ズレているよ。ほら、ここを直せば大丈夫』
的確なアドバイスのおかげで、エラーは一瞬で消え去った。
目黒は深くため息をつきながら、スマートフォンを起動して文字を打ち込んだ。
『宮舘先輩、本当にありがとうございます……。俺、先輩がいなかったら今頃完全に詰んでました。それにしても、もうこんな時間かぁ。お腹空いたなぁ……』
時刻はすでに午後8時を回っていた。
サッカーをしていた頃からの名残で、目黒の燃費はすこぶる悪い。
お腹の虫が鳴りそうなのを必死に堪えている目黒を見て、宮舘はふふっと声を立てずに笑うと、デスクの下から大きめの保冷バッグを取り出した。
宮舘はバッグから、丁寧に包まれた二つの大きなお弁当箱を取り出し、一つを目黒の前にそっと置いた。
そして、手話とタブレットを交えて伝える。
『もしよかったら、これ食べて。今日、多めに作ってきたんだ。目黒くん、いつも夜遅くまで頑張っているから』
「えっ、いいんですか!?」
目黒は目を輝かせた。
包みを開けると、そこには二段重ねの上品な木目調のお弁当箱が現れた。
蓋を開けた瞬間、目黒の目がこれ以上ないほど大きく見開かれた。
色鮮やかな卵焼き、艶やかに照り輝く鶏の照り焼き、飾り切りされた野菜の煮物、そしてふっくらと炊き上げられたご飯の上には自家製のちりめん山椒が乗っている。
まるでお店で売られている高級幕の内弁当のような美しさだった。
宮舘は料理が趣味であり、その腕前はプロ顔負けのレベルなのだ。
目黒はスマートフォンに向かって勢いよく話しかけた。
『これ、先輩が作ったんですか!? 凄すぎます、お店のやつみたいだ……! いただきます!』
箸を手に取り、まずは大きな鶏の照り焼きを口に運ぶ。
噛んだ瞬間、目黒の動きがピタリと止まった。
ジューシーな肉汁と共に、絶妙な甘辛いタレの旨味が口いっぱいに広がる。
優しく、しかし深みのある味わいは、コンビニの弁当や外食チェーンの味とは完全に一線を画していた。
「……うまっ!!! えっ、信じられないくらい美味い……!」
あまりの美味しさに、目黒は音声アプリに文字を拾わせることすら忘れ、猛然とお弁当を食べ進めた。
出汁がたっぷり染み込んだ卵焼きを口にしては「うわ、これも最高……」と悶絶し、煮物を食べては「味が染み渡ってる……」と感動している。
宮舘は、自分が作った料理をこれ以上ないほど幸せそうな顔で、残さず綺麗に平らげていく目黒の姿を、とても愛おしそうに見つめていた。音が聞こえない宮舘にとって、目黒の「美味しい」という表情や、一心不乱に箸を動かす姿は、どんな言葉よりも雄弁に感謝を伝えてくれていた。
すっかり空っぽになったお弁当箱を前に、目黒はふぅと満足気な息を漏らすと、真剣な顔で宮舘を見つめた。
そして、少し耳を赤くしながら、一生懸命に練習した手話でゆっくりと伝えた。
――「宮舘、先輩。料理、すごく、美味しい。毎日、食べたいです」
その手話の意味を理解した瞬間、今度は宮舘の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「毎日食べたい」――それはまるで、プロポーズのような響きを含んだ言葉だった。
恋愛にもの凄く疎く、これまで誰に対しても心を動かされたことのなかった宮舘だったが、目の前で真っ直ぐに自分を見つめ、拙い手話で精一杯の想いを伝えてくる目黒の姿に、顔がカッと熱くなるのを抑えきれなかった。
宮舘は慌てて視線を落とし、顔の赤さを隠すようにタブレットに文字を打った。
『口に合ってよかった。また機会があったら、作ってくるね』
そんな宮舘の少し照れたような、動揺した仕草を見て、目黒の胸の中の独占欲と恋心は、さらに制御できないほど大きく膨らんでいくのだった。
コメント
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うわあ、第4話、めちゃくちゃ良かったです…!「胃袋を掴む」ってまさにこのことですね。宮舘先輩のお弁当の描写が細かくて、画面越しに美味しそうな香りがしてきそうでした。特に目黒さんが手話で「毎日食べたいです」って伝えるシーン、拙いながらも一生懸命な感じが伝わってきて胸が熱くなりました。料理で心を通わせるって素敵な関係の築き方だなあ。二人の距離が少しずつ縮まっていく過程がたまらないです。続きが待ち遠しい!