テラーノベル
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「ん………うっ!……あべちゃ……」
阿部の唇が、佐久間の白い首筋をなぞった。つつつ、と赤い舌が、そのまま首筋を上下する。そして、時々、場所を変えながら食むように口付けていく。阿部の優しい愛撫は佐久間を少しずつ煽っていった。
未明。
佐久間の足首に掛けられた鎖が、じゃら、と鈍い音を立てた。鉄の鎖は重く、冷たく、佐久間をこの部屋に拘束していた。足枷の鍵は、阿部が持っている筈だった。
もう都合五日間。この場所に監禁されている。
それでも佐久間は嬉しかった。
思いがけなく、意中の阿部に愛されていることを知ったから。しかし、その夜、佐久間は重い鉄の扉から入って来た最愛の人の後ろに続く、見知った男の姿を見て、小さく声を上げた。
「蓮……」
「佐久間くん、久しぶりだね」
「阿部ちゃん、どうして?」
震える声で首を傾げる愛しい佐久間を見て、阿部は意味ありげに微笑むと、目黒の肩に腕を回した。
部屋の中はさほど明るくない。小さな窓から僅かに光が漏れるのと、足元に置かれた光量を絞ったライトが佐久間の肢体をぼんやりと照らしているだけだ。二人の細かな表情までは足元にいる佐久間からは窺い知ることはできなかった。
しかし、今まさに佐久間は信じられない光景を目の当たりにしていた。二つの影が、口付けるように重なり、ねっとりとした吐息が佐久間の鼓膜を揺らしている。微かな水音と、声を殺すような笑い声が佐久間の心を掻き乱していた。二人はうっとりと暗がりの中で見つめ合い、ゆっくり身体を離すと、阿部は佐久間に向き直った。
「俺とだけじゃつまらないでしょ?今日は三人で楽しもうよ」
「えっ…」
「と、言っても、佐久間の相手は俺じゃないよ」
「俺じゃ不満?」
ぐっ、と佐久間に目黒が顔を近づけた。理解の追いつかない出来事の連続に佐久間の頭は混乱した。
五日。
そう、もう五日だ。
阿部は佐久間の拘束こそ解かなかったものの、優しく愛の言葉を囁き、蕩けるような目線を送りながら繰り返し佐久間を愛した。グズグズに溶けていくような快感に身を委ねながら、歓喜の涙に溺れて、阿部のキスに応えたのは果たして夢だったのだろうか。佐久間の胸に不安が募る。
俺はこのまま、蓮のいいようにされてしまうのだろうか。
「佐久間は俺の大事な人だから、めめ、傷つけちゃイヤだよ?」
阿部は目を細めて忠告するが、その少しシリアスな口調とは裏腹に目黒の頬にキスを落とした。わかってるよと言いながら振り向いて軽く口付け合う二人を佐久間は信じられない思いで見守っていた。金縛りに遭ったように動くことが出来ない。
一体俺は何を見せられているんだ。
そして何故、こんな状況に何かを期待しているんだ。この二人はどういう…?
答えはどちらの口からも発せられなかった。
目黒は佐久間の肩に優しく手を置くと、そのままもう片方の手で顎を包み、開始の合図のようにおでこにキスを落とした。
あまりに柔らかい唇の感触に愛情を感じた気がして、佐久間は身じろいだ。阿部と同じように、目黒もまた佐久間をあくまでも丁重に扱った。
「おいで?」
目黒は佐久間の手を取ると、街灯に照らされたベッドへと誘う。薄暗い部屋の中で、唯一一番明るい場所。白いシーツが暗がりに映え、寒々しく光っている。昨夜まで阿部と繰り返し愛し合った場所だ。足に繋げられた鎖はかちゃり、と静かに音を鳴らした。鎖の長さはゆうにベッドまで届いている。
「邪魔だな。阿部ちゃん、鍵くれない?」
「いいよ」
そう言うと、阿部は目黒に小さな鍵を投げて寄越した。間もなく足枷は簡単に外された。
この五日間、行為後に、身体を清める時にも枷は外されていたから、佐久間は本当はいつだって逃げ出せた。でもそうしなかったのは、阿部のことを愛していたからだ。
でも今はどうだろう?第三の人物が容赦なく割り込んできて、当然のように、まるで自分を所有物のように扱っている。
佐久間はしかし逃げなかった。
この先、何が待ち受けているか見届ける必要があると思ったからだ。
「佐久間くんに朗報があります。この生活は今夜で終わり」
「………」
「だってもう五日だよ?みんなも不審に思っているし、そろそろお家に帰りたいでしょ?ほら、猫…なんだっけ?」
「ツナとシャチ」
阿部が佐久間の愛猫の名を淀みなく言う。そうだそうだ、と目黒は可笑しそうに笑った。
「佐久間、安心して。世話はみんなで見てるから」
『みんな』
阿部がわざと意識して使ったであろうその言葉に、佐久間は表情を変えた。みんなとは誰だろう?メンバーを指すのだろうか?それとももっと他の集団?
恐らくこの二人を含めた何人かが、佐久間の監禁に関与していると考えて間違いなさそうだった。
佐久間は何も言わない阿部の方を見遣った。
暗くて、表情がよく見えない。一気に不安が押し寄せる。最後だと言うのなら、どうして阿部が相手をしてくれないんだろう。どうして目黒に差し出されるようなことになっているのだろう。
「どうして?」
答えるものは無かった。
「どうして、阿部ちゃんじゃないの?」
掠れる声で再び尋ねる。
沈黙が積もる。阿部は何も言わず、ベッドの上方で佐久間を見下ろしたままだ。
「阿部ちゃんがいいよ。阿部ちゃんじゃなきゃ嫌だよ………」
佐久間の涙ながらの懇願は届かない。
それどころか、それを聞いた目黒は急に前触れもなく荒々しく佐久間をベッドに横たえると、首を掴み、苦しがる佐久間を後ろからいきなり突いた。何の準備も行われていないそこは、佐久間にとても言葉にならない強烈な痛みをもたらした。
「か…は………っ!!」
「目黒!!!」
「なんだ。…阿部ちゃん、開発が足らないよ」
見兼ねた阿部の叱責が飛ぶ。痛みと屈辱とで視界が霞む。全身に汗が噴き出る。時間をかけて順に愛してくれた阿部と違って、目黒の行為は乱暴だった。最初のひと突きで感覚を失ったそこは、怒った阿部の求めに応じて雑にローションが足され、後からの律動は少しはゆっくりになったものの、依然じんじんとして感じるどころではなかった。恐らく怪我をしてしまったのだろう、苦痛だけが佐久間を襲う。逃げ出したい衝動に駆られたが、頭上から阿部が宥めるように優しく頭を撫でているので、佐久間は逃げ出すことが出来なかった。
「んっ……佐久間くん、イイよ」
目黒は苦痛のあまり人形のようになった佐久間の身体に出入りして、一際大きく息を吐いたかと思うと、佐久間の背中に精を解き放った。
阿部は全く手出しをしない。今はベッドサイドに腰掛けて、佐久間をじっと見つめているだけだ。
佐久間は怒りと哀しみと情けなさでその大きな瞳をさらに濡らした。
枷は外されている。
抵抗しないのは、ひとえに阿部への恋慕からだけだった。しかし、そんな佐久間の想いは一向に届く様子もなく、阿部はどこか達観したまま愛おしむように佐久間を静かに見ている。
「佐久間はいじらしいね。俺、そんな佐久間が大好きだよ。蓮のことも愛してあげて」
今度は仰向けにされ、目黒の欲するままに再び抱かれ始めた佐久間に、阿部の優しい声が響く。異常な事態など全く何も起きていないかのような、凪の中に阿部はいた。
そうしているうちに、胸の中の想いとは裏腹に、佐久間も少しずつだが感じてきた。阿部がイヤでないのなら、いや阿部がむしろ喜ぶのならば、目の前の目黒を阿部の半分、いや三分の一くらいは愛そうと思った。
目黒は、その吸い込むような漆黒の目で佐久間を上から見下ろしている。そして佐久間の物欲しげな瞳に気づいたが、それは呆気なく無視された。
「佐久間くんにはキスしてあげない」
言うと、乱暴に腰を振った。
意思とは関係なしに佐久間の声が上がる。阿部はそれを見て、もう我慢できないというようにくっくっ、と笑った。
「蓮って本当に意地悪。佐久間とのことは二人で決めたじゃん」
そう言って、阿部と目黒は見せつけるようにキスを交わす。こんな絶望的な仕打ちがあるだろうか。
二度目を終えると、目黒は引き、じゃあ、今度は俺ね、と言って佐久間にとって念願の阿部が優しく唇を重ねてきた。
佐久間は目黒が退室してくれるのを心から願ったが、目黒は椅子に腰掛け、二人の行為を品定めするように見ていた。
「佐久間痛いね?ちょっと怪我してる。可哀想に」
優しい阿部の言葉に佐久間の涙腺がまた緩んだ。完全に頭は混乱していて、事態の整理はつかなかったけれど、阿部に優しい言葉を掛けられるたび、それは頑張った自分へのご褒美な気がして、佐久間は心がじんわり温かくなるのを感じた。佐久間はもう、ここに目黒がいることは忘れることにした。
「阿部ちゃん、俺…んぁっ…」
目黒はほとんど前戯を施さなかったので、阿部が優しく佐久間の身体に触れると、佐久間はその優しさに一層感じた。頬が熱くなる。阿部はいつだって優しい。きっと、理由がある。そう思うことにした。
しかし次の瞬間。
佐久間は己の耳を疑った。
「好きだよ佐久間。めめの次に、お前が大好きだ」
佐久間はその一言で最後の支えを失い、その後はされるがままでいるしかなかった。
終
コメント
16件
なんか…ドスグロかった。 そういうの俺大好きw 🖤💚💗だから引き出せる作品だと思います!
やばぁ?!あべちゃんブラックだな〜、、 ちゃんとめめあべも見せてくれたので最高です☺️
えっと💬🖤担の私はどうすれば💦 けど、ブラック🖤は嫌いではない😂