『災厄』それは世界の終焉。
日照りや大洪水と言った自然災害から、人々が疑心暗鬼になり互いに傷つけ殺し合う絶望の未来。
『災厄』が訪れると、魔物は力を増し巨大化、凶暴化し、人々が暮らす生活区域にも降りてくると言う。
そして、太陽の光は分厚い雲で覆われ、月のない永遠の夜が続くという――――
そんなものが訪れるのかと私はゾッとした。
(乙女ゲームにあるまじき設定ッ!)
神官は更にこう続けた。
世界には、必ずどこかに綻びが生まれる。そして、そこから漏れ出した悪意は徐々に広がり世界を覆い尽くす。まるで、大きな黒い穴のような。
「光魔法と闇魔法は均衡を保っております。そのバランスが崩れるとき『災厄』が訪れるというのです」
「では、もう既に?」
神官は首を横に振った。
しかし、魔物の凶暴化や夜が少しずつ長くなってきている所からもうすぐ『災厄』が訪れるだろうと予測しているらしい。
つまり、今はギリギリのところで何とかなっている状態だと言うことだ。
「だから私を召喚したんですか?」
私が尋ねると、神官は静かに肯定した。
予言にはこう書かれていたらしい。
『災厄』を食い止める方法はただ一つ、聖女を召喚すること――――
聖女は、女神の化身であり世界の終焉に抗う唯一の希望、救世主であると。
全ての闇をなぎ払い浄化する力を持つ唯一無二の存在であると。
(なのに、なーんでこの乙女ゲームは聖女が二人も登場するのよ……)
私はそう疑問に思いながらも、あの召喚の儀式が二日や三日で出来るものでないことを知りあんぐりと口を開けた。開いた口がふさがらない。
こっちは、召喚されただけなので何とも思わなかったが、あの儀式のために多くの人とお金、そして時間がかかっていたのだ。それでやっとの思いで私、聖女を召喚して……それはもう国を挙げて祝福するくらい喜ぶわけだ。ヒロインストーリーでは祝福祭が行われていたから。
しかし、喜ばれても私はいずれ闇落ちして偽りの聖女と呼ばれるエトワール・ヴィアラッテア。
そう、何を隠そうその『災厄』を起こした張本人である。
(まあ、私が闇落ちしなければいいだけの事だし…いや、待てよ)
私が一年後誰も攻略できずにいたら強制的に闇落ちさせられてラスボス化して、ヒロインと攻略キャラに殺されてしまうのではないか? とふと頭に最悪のエンディングが浮かんでしまった。もし、そうだとするならば一刻も早く誰かを攻略し結ばれハッピーエンドを迎えなければならない。こうしちゃいられない。
「しかしまだ、聖女様は自身の魔法……聖力を完全に制御できていないようですので、来る災厄に備え特訓した方がよろしいかと」
「せ、聖力……? 魔法ではなくて?」
それまで黙っていた神官が口を開いたかと思うと、彼は私の力を聖力と言った。
魔法と何が違うのかと尋ねたが、神官は今名付けました。とニッコリと笑った。
(このおじいちゃん神官お茶目だなあ……まあ、別に何でもいいけどさ)
神官は、光魔法の上位種とでも思って下さいと付け足した。しかし、またここで新たな疑問が生れる。
「えっと、その……光魔法と闇魔法ってどう違うんですか? 種類とか、火とか水とか」
私がそうきくと、神官はまた何を聞いているんだとでも言うような表情で私を見た。
だって何も知らないんだもん。召喚されて、右も左も分からないって言うのに!ヒロインストーリーでは魔法云々出てこなかったからしょうがないじゃん。
ヒロインストーリーでは、災厄なんて愛の力でドッカーンだったんだもん。
「ごほんっ……それでは、光魔法と闇魔法の説明を致しますね」
「よ、よろしくお願いします!」
私は正座して神官の話にしっかり一言一句逃さず聞くことにした。
神官は地べたに正座した私を見かねて、椅子を用意してくれた。