コメント
0件
子供の体を引っ張り抱きしめ、そのまま歩道へ転がった。一瞬の出来事だったが、子供を庇うことには成功したようだ。
しかし、安心するのはまだ早い。今の状況を理解して起き上がろうとするが、何故か体に力が入らない。
どうしよう。私も子供が助かったことに安堵している場合ではない。
(つぅ~~~~痛い、痛すぎぃ……!)
はねられたわけでも、頭をぶつけたわけでもないが足を盛大に擦り剥いてしまったようでズキズキと痛みが全身を駆け巡る。
泣きそうになるのを堪えながら、私はどうにか立ち上がって子供を抱き上げた。
怪我はないみたいだが、心配そうな顔で私を見ている。怖い思いをさせちゃったな。
取りあえず、大丈夫だよと起き上がって言いたいが足が痛くてそれどころではない。
全然大丈夫じゃない。
「大丈夫ですか!」
と、馬車の御者らしき人が私に駆け寄ってくる。そして、あっという間に野次馬が出来てしまった。
やめて……注目されるのは嫌いなの。と涙目になりながら、大丈夫ですからと無理矢理身体を起こして笑顔で伝えた。
それでも、御者は納得していない様子で、もう一度確認してくる。
(しつこい……! もういいっていってるのに!)
私は私の周りでこそこそ何か話している野次馬の人達の会話が気になって仕方がない。
医者を呼んだ方が…なんて言い出す人も現われ、私はこのままでは大事になる、既になっているがと思いつつ御者に仕事があるだろうから言って下さい。と強く言い追い返した。
すると集まっていた野次馬達もぞろぞろと私の周りから去って行く。
まあ、でも子供が轢かれそうになったのだから当然の反応かもしれないけど。
兎に角、早く帰って手当をして貰わないと。と、歩き出そうとすると子供が私の服を引っ張った。
「な、何? もしかして、パパとママとは、はぐれちゃった?」
私がそう尋ねてみたが、子供はアメジスト色の瞳でじぃっと私を見つめるだけでうんともすんともいわない。
何か言ってくれないと、子供相手でも気まずい。
そして見つめ合っていると、子供は私の手を握ってきた。
まさか本当に、この子迷子になっちゃったとか!? こんな小さな子が一人で街にいるなんてありえないし、親がいるはずなのに…… 困っていると、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえ私はふと顔を上げた。
「ファウ……ッ! 大丈夫ですか」
「……あ」
その声に聞き覚えがあり、眩しい太陽の光に目を細めながらもはっきり見えた好感度のパラメーターを見て私はすぐにその人物か誰か理解した。
漆黒の髪に、アメジスト色の瞳、端正で美しい容姿をした彼は――、
(ドブラコンのブライト・ブリリアント――ッ!)
私が彼、攻略キャラのブライトの登場に驚いていると先ほどまで手を握っていた子供はブライトに駆け寄り彼の背中に隠れ、私の様子をうかがうように見てきた。
そんな子供の行動と、私に向けられた鋭い視線から私が助けた子供はブライトが愛してやまない弟なのだと悟った。
しかし、そんな弟を助けたのは私である。こんな足にまで怪我をして。
「うちの弟に何か?」
そういって、ブライトは弟を隠すように私の前に立ちふさがった。
(うちの弟に何か……だって!? アンタの弟を助けたのは私だっつぅの!)
私は、苛立ちを隠しながら痛みを我慢しながら立ち上がりブライトを睨み付けた。私が睨み付けるとブライトはさらに顔が険しくなり、私を警戒するように距離を取る。
その行動にカチンときて私は思わず彼の弟を指さしながら叫んだ。
「アンタのとこの弟が馬車に轢かれそうだったから、助けたの! 命の恩人に対してその態度は何!?」
私の言葉に驚いたのか、彼の弟の肩がびくりと震え、怯えるように私とブライトを交互に見る。
すると、ブライトは弟に優しい笑みを浮かべ、安心させるように声をかけていた。
私は、その様子を見て、ああ、これだからブラコンはと頭を抱える。しかし、ブライトは意外にも早く私の方を向いて失礼しました。と頭を下げた。
「……そうとは知らず、大変失礼いたしました。そして、弟を助けて頂きありがとうございます。お陰で怪我もなく無事です」
「あ、い、いえ……」
急に素直になった彼に拍子抜けし、戸惑っていると後ろの方で私を呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと、そこにはリュシオルがいて彼女の顔は何故か真っ青になっていた。
私が、どうしたのと尋ねる前に彼女は慌てて私の元に駆け寄ってきた。そして、心配そうな表情をしながら私を見つめてくる。
すると、リュシオルは私よりも大きくすらりとしておりその身体でぎゅっと抱きしめられた。
「心配したんだからね………ほんと、貴方って子は」
「あはは……ごめん」
彼女に抱き締められながら、私も彼女を抱きしめ返す。
なんだか、久々な気がする。リュシオルは過保護で、世話焼きで、心配性……私の事をずっと守ってくれて、妹のように家族のように思っていてくれた。
そんな私達の空間に割って入るように、ブライトが口を開いた。
「あの……お怪我はありませんか?」
「はい?」
突然の質問に疑問符が浮かぶ。いや、順番……
確かに、家族の心配をするのが先なのは分かる。けれど、ブライトは弟の恩人である私を不審者扱いした。
それなのに、今頃怪我はないかって!?
私は、意地をはって大丈夫だと言おうと一歩足を前に踏み出したが、その瞬間ズキンと右足に痛みが走った。
「……足、怪我してるんですよね? 見せて下さい」
「怪我してないです! 怪我してないので近寄らないで下さい! 痛ったッ!」
近づいてくるブライトから逃げようと一歩下がると、また足に激痛が走る。
倒れそうな私をリュシオルが支え、彼女はブライトと私を交互に見こそっと耳打ちしてきた。
「ブライトは、この国有数の光魔法の魔道士。回復魔法はエトワールよりは劣るだろうけど、数分我慢すれば治して貰えるわ」
「う……」
私達がこそこそ話しているのを見て、ブライトは「どうかなさいましたか?」と困ったような表情を向けてきた。
「わ、私は聖女だからこんな傷ぐらい自分で治せる!」
そう言って、私は自分の足に回復魔法をかけようとヒールと叫ぶが何度叫んでも魔法が発動することはなかった。
そんな私をブライトはじっと見つめたまま固まっていた。
「プッ……」
「何よ! ちょっと調子が悪いだけ……こんな傷ぐらい」
「違います。レディ……回復魔法は自分にかけられないんですよ」
「へ?」
予想外の言葉に間抜けな声が出る。
ブライトは、私の反応にくすりと笑い、弟に少し下がっているようにと言って私に座るよう指示した。
誰が、ブラコンの指示なんか聞くもんかと思ったが、足の痛みが増しているような気がして私は近くのベンチに座りブライトに怪我した方の足を見せた。
男性に足を見せるこの屈辱というか、恥ずかしさというかなんとも言えないこの空気は何だ、と私は気を紛らわすためにリュシオルの手を握った。
「……というか、リュシオルは回復魔法が自分にかけれないってことしってたの?」
「勿論、常識だからね」
そう言いながら、私の隣に腰掛けるリュシオル。リュシオルは、ブライトの方をちらりと見る。
ブライトは弟を遠ざけると、私達の前に膝をつき私の足に手をかざした。彼の手から光が放たれ、徐々に足に温もりを感じる。その心地良さに私は目を閉じた。
そして、一、二分が経過するとブライトは立ち上がりもう大丈夫ですよ。とふわりと笑った。
私は試しに足を思いっきり振ってみると、先ほど感じた痛みは全く無くなっていた。
私が立ち上がると、リュシオルがブライトにお礼を言い、私にもお礼を言うよう促してくる。私だって、一応お礼くらい言えるし。
「あ、ありがとうございました。凄いですね、ものの数分で治って!」
「いえ……お礼を言うのはこちらの方です。貴方のおかげで、弟の命が助かったんですから」
と、再び頭を下げるブライト。彼の頭上でピコンと音を立てて好感度が上昇する。
(待って、1!? グランツもそうだったんだけど、待って1!? 最愛の弟助けたのに、1って!)
あまりの低すぎる好感度の上がりぐらいに唖然とする。
ま、まあハードモード。仕方なし。
それじゃあ、と私はリュシオルを連れてルーメンさんが待っている馬車に戻ろうとブライトに背を向けるとお待ち下さい。と声をかけられる。
「先ほど、聖女と呟かれていた気がするのですが」
「……あ~」
どうやら、また今回も私ことエトワール・ヴィアラッテアはやらかしたようです。