「あーえっと」
「……聖女様?」
私がどうやって誤魔化そうかと考えていると、ブライトの後ろに隠れていた彼の弟がひょっこりと顔を出し、私の方に近づいてきた。
そして、私の目の前で止まり、ぺこりと頭を下げてくる。突然の行動に私は驚いていると、彼は顔を上げて大きな瞳で私をじっと見つめてきた。吸い込まれそうな紫色の宝石のような瞳に私は思わず息をのみ、しゃがみこみ彼と目線を合わせる。
すると、ブライトの弟は私に手を差し出した。
(握手、したいのかな?)
子供はあまり得意ではないが、あまりにも可愛いお人形のような彼に魅了されて私は彼に手を伸ばした。
「ファウッ……!」
「……ッ!」
手が触れそうな距離まで来ると、いきなりブライトが弟を引き寄せ私の手を思いっきり払った。
パシンという乾いた音が辺りに響く。
私は一瞬何が起きたのか分からず呆然としていたが、ブライトが険しい表情で弟を見下ろしたがすぐに我に返ったようで慌てて私を見る。
リュシオルも驚いたようで口をぽかんと開けていた。
「す、すみません」
「……え、あ、あ、いえ……えっと」
慌てて謝るブライト。
だがしかし、私には何故彼が急に怒ったのかさっぱり分からず、理解が追いつかない。それよりも、怒った理由が気になるよりむしろ、今叩かれた私の手の方が痛いのだが。
それにしても、一瞬見えたブライトの顔は一体何だ?
(危険な物に触っちゃいけない見たいな……焦った顔……)
まるで、私が悪いみたいに。
あれかな? 知らない人と手を繋いで病気でも貰ったら大変だ見たいな感じなのかな……さすがに過保護すぎやしないか?
私は、冷めた目でブライトを見た。しかし、彼が何も言わないので急に心まで冷めリュシオルに声をかける。
「……リュシオル、帰ろ」
「は、はい……エトワール様」
私は叩かれた方の手を押さえながら、馬車の方へ歩き出す。ここからそこまで距離がなかったためすぐに馬車乗り場に到着し、ルーメンさんに挨拶をする。
後ろからブライトが追いかけてきたが、無視して馬車に乗り込む。
リュシオルが何か言いたげだったが、気にせず扉を閉める。そして、御者さんに出発するようお願いした。
動き始めた馬車の中で私はブライトの事を考える。
(私、嫌われてるのかなぁ……でも、まだ悪いことしてないじゃん)
正直、あの態度はないだろう。私はただ手を繋ごうとしただけなのに……叩くほどのことでもないだろう。
ブライトは攻略できそうにないなあ何て思いつつため息をついた。
「聖女様何かありましたか?」
「……うん? ああ、何もなかったですよ。楽しかったです。城下町散策」
ルーメンさんが心配そうに私の顔を見ていたので、私は急いで笑顔をはりつけた。
楽しかったが、最後のあれで全て台無しだ。まあ、いいけどね。
そんなこんなしているうちに城に着き私はルーメンさんと別れ自室に戻る。
「ふぅ……」
ベッドに倒れ込みため息をつくと、途端に疲れが出てきた。今日は色々あったから仕方ないか。
面倒くさいと思いつつもぐぅ……とひもじそうにお腹が鳴くので、私は身体を起こしリュシオルを呼ぶことにした。
部屋に置いてあった鈴を手にとってチリンチリンと二回ほど鳴らしてみる。すると、すぐにドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します。エトワール様」
「リュシオル、お腹すいた」
私がそう言うと、リュシオルが微笑んで食事の準備をと言いかけ何かを思い出したかのように私の顔を見た。
何か顔についているのかと不安になったがどうやらそうじゃないらしい。
「まだ、さっきのこと怒ってるの?」
「ブライトの事? 怒ってるというか、何というか……でも、良い気分じゃない」
でしょうね。とリュシオルは言うと私の頭を撫でた。親が子供を慰めるみたいなその手を私は優しく払った。子供扱いしないで欲しい。エトワールは一応十八なんだから。この国は十八で成人だし。
そう思いつつ、先ほどの記憶が蘇り私は俯き拳を握った。
「何か、気に障るようなことしちゃったのかな、私」
リュシオルは何も言わずに首を横に振って否定してくれた。
でも、やっぱり分からない。
ブライトはどうしてあんなにも怒ったんだろう。私が、いずれ闇落ちしてラスボスになる悪女……偽りの聖女エトワール・ヴィアラッテアだから?
この世界は今はまだ悪女じゃなくても、いずれそうなる運命のキャラだから私に厳しいって事?
ハードモード中の超ハードモードと、リュシオルに言われたけど、あまりにもハードじゃない? ハードというか鬼畜。
ヒロインの甘々ストーリーしか経験してない私にとって、あまりにもエトワールは辛かった。別に本当に何かしたわけじゃないのに。
「手に犬の糞とかついてたのかな……」
「まさか! てか、どこからそんな考えが出てくるのよ」
私は自分の手をじっと見つめる。うん、綺麗な手だ。汚れなんて付いていない。
ブライトに手を叩かれた時だって別に汚れてなんかいなかった。
それに、ブライトも私の事聖女じゃないって疑ってたし……まあ、私が聖女だって最後まで言い切らなかったのもあるけど。
やっぱりこの髪色と目じゃ、聖女じゃないのかなあ。グランツの話によれば、聖女の髪は黄金で、瞳は真っ白で七色の光を反射するとかまで言ってたし。
「まあ! 別に! ブライトを攻略する気はこれでなくなったから! 良いんだけど!」
「ふーん……落ち込んでるかと思って、励ましてあげようって思ったんだけど大丈夫でそうね」
「ううん。嬉しい、ありがとう」
素直にお礼を言うと、リュシオルが目を丸くした。何か変なこと言ったっけ?私。
リュシオルが咳払いをして、それから私に聞いた。何か言いたげな表情をしているが、私はあえてスルーした。
「それで? 誰を攻略するの?」
「……今のところ、グランツは良いかなって思って」
「昨日物足りないとか言ってなかった?」
「うん。そうなんだけど、何か親近感というか重なる部分があって……あ、でもでも! まだ残りの二人も一応会ってみたいし!」
と、誤魔化してみたはいいものの残りの二人というと、暗殺者の公子アルベドと、サディストな双子のルクスとルフレである。
……まって、もしかしてこのゲームの攻略キャラっていいやついなくない!?
「まっ、誰でも良いけどさ。私が攻略するわけじゃないんだし。ああ、でもアルベドは注意ね」
「どうして?」
リュシオルは周りに誰もいないのを確認し、こっそりと私の耳に手を当て言ってきた。
「ヒロインストーリーでは、公爵家の公子として出会うけど、エトワールストーリーでは暗殺者として出会うからよ」
「ぴぎゃあッ!?」
思わず悲鳴をあげてしまった。
彼女が言うには、アルベドとの初遭遇は暗殺現場だというのだ。
危険人物と危険な現場で出会うとか勘弁して欲しい。
「じゃ、じゃあ……彼は却下で」
「でも、きっとストーリー上出会うだろうから覚悟しておいた方が良いよ」
「会いたくないッ!」
それ死ぬじゃん。というか、血を見ることになるって事だよね……!?
私、グロいの苦手なの。死体とか血とか無理!絶対見たくない。
リュシオルは苦笑いをしつつ、私の肩に手を置いた。助言してくれるのかと思って彼女の顔を見るが、リュシオルの顔は汗が滝のように流れていた。
「実は、私……エトワールストーリー一回もクリアしてなくて、きっと三分の一も進んでないと思う」
「ええ!? あのゲーマーのアンタが!?」
「それぐらい難しいって事よ! すぐ死んじゃうの! エトワールって何してもすぐ死んじゃうの!」
「やめてよ、死ぬ死ぬ連呼しないで!」
私はリュシオルの肩を掴んで思いっきり揺さぶった。エトワールストーリーをプレイしてたって聞いたから、攻略方法知ってると思ったのに。
要するに、今私に突きつけられた事実は、自分で攻略法を見つけないといけない……と言うことだ。
分かった情報と言えば、エトワールストーリーではすぐ彼女は攻略キャラに殺されてしまうと言うことだけ。そんな最悪の情報聞きたくなかった。
そんな風に、私達が言い合っているとドアを激しくノックする音が聞こえ私とリュシオルはピタリと身体を止めドアの方を見た。
「私です。ルーメンです」
「……あ、どうぞ。ルーメンさん」
私は、ルーメンさんを部屋の中に招き入れた。
ルーメンさんは、失礼しますと言って部屋に入ってきたのだが、お互いの肩に手を置いたまま自分を見ている私達を交互に見てから首を傾げた。
「取り込み中でしたか?」
「いい、いいえ違います! 大丈夫です! そ、それで何か用があってきたんですよね」
「あ…あーはい」
と、ルーメンさんはいうと視線を逸らしてとても言いにくそうな表情を浮べた。
「……殿下が…皇太子殿下が聖女様と一緒にお食事を取りたいと」
「へー皇太子殿下が……って、皇太子殿下!? リースが私と!?」
私は、悲鳴に似た声を上げてしまった。
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