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リビングの片隅、 ぽつりと静まり返った空間に、ひまなつの小さな声が落ちた。
「俺さ……あの時、すっげぇ嫉妬してた。いるまが、他のやつらに囲まれて笑ってるの見て……胸がぎゅってなって、なんで俺じゃダメなんだって思って……」
いるまは黙って耳を傾けていた。ひまなつの声は次第に震え始める。
「”そんなんじゃない”って言われた時……じゃあ俺って何なの、俺のこと、そんな風に思ってないのかなって……馬鹿だよな。分かってる、でも……でも、俺、いるまと一緒にいたかったんだ……」
言葉が途切れる。堪えていた涙が、再びひまなつの頬を伝う。
しばらく沈黙のあと、いるまは息をついた。そして低く、ゆっくりとした声で言葉を綴る。
「……馬鹿だな、ほんと。」
ひまなつがびくっとして顔を上げると、いるまは真っ直ぐな目で見つめ返していた。
「”そんなんじゃねぇ”って言ったのは、お前が”ただのそんなん”じゃないからだよ。ダチなんかと比べるまでもねぇ。お前は、俺にとって唯一無二の存在だって……言いたかったんだよ。」
優しい手がひまなつの頬に伸びる。いるまは苦笑しながら、その涙を親指でぬぐった。
「めんどくせぇな、お前……でも、そういうとこも全部、好きだよ。」
そう言うと、ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。
涙の味が混じるキスは、いつもよりずっと深くて、温かかった。
ひまなつは瞳を潤ませながら、目を閉じてそのぬくもりを受け入れた。
もう、言葉は必要なかった。
いるまとひまなつが静かに見つめ合い、唇を重ねる――そんな甘く穏やかな空気の中。
突然、リビングのドアが「コンッ」と軽くノックされ、続いて聞こえてきたのは、らんの少し飽きれたような、けれど笑いを含んだ声だった。
「……いちゃついてるとこ悪いが、俺ら帰るからな。」
その瞬間、場の空気がビシリと張り詰め、ぴたりと動きが止まる。
続けてこさめが、らんの背中からひょこっと顔を出して、にっこにこで追い打ちをかけた。
「いや~、いい雰囲気だったねー!でもごめん!俺らもう帰るからー!」
「……タイミング見ろ、こさめ」とらんが小声でたしなめるが、こさめはケロッと笑って「見てたよ?」と爆弾発言。
ひまなつの顔が瞬時に真っ赤になり、「はぁああ!?見てたの!?聞いてたの!?うそだろ!?うわぁあぁ!!!」と、いるまの胸に突っ伏してバタバタと足をばたつかせる。
いるまは苦笑いしつつ、片腕でひまなつを抱えたまま、「……いいから、落ち着け」と頭を撫でた。
らんは微笑みながら「まぁ、続きはまた今度ゆっくりな」と言い、
こさめは出口で手を振りながら、「おやすみ~!愛を育むのもほどほどに~!」と無邪気に言い残し、らんに連れられて去っていった。
バタンと扉が閉まる音。
残されたふたり。
沈黙の中で、いるまがぽつりと呟く。
「……なんで、こさめってああなんだろな。」
ひまなつはぐったりしたまま「知らない……」と顔を埋め直すのであった。
いるまは、さきほどまでの甘い空気を吹き飛ばすように息を吐き、ひまなつの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「……これから、たぶんすちん家、すげぇことになるだろ?」
と、すこし苦笑いを浮かべながら言った。
ひまなつはその言葉の意味をすぐに理解して、顔を赤らめつつもこくりと頷く。
「うん……正直、居づらい……」
「だよな。じゃ、俺ん家帰ろうぜ。気まずくなる前に撤収な。」
そう言って、いるまは何の前触れもなく、ひょいとひまなつをおんぶした。急な行動に「わっ」と驚くひまなつだったが、背中にしっかりと腕を回し、安心したように小さく身を預ける。
「……ありがと」
「ま、しゃーねぇ。お前が泣きはじめたら俺が連れ帰るしかねぇしな」
「うるさいな……」
そう小声で呟いたひまなつだったが、背中にいるまの温もりを感じているうちに、さっきまでの不安や涙はすっかり消えていた。
街の明かりが少しずつ灯りはじめる頃、2人は静かにすちの家を後にし、ゆっくりと、そして確かな足取りで、いるまの家へと帰っていった。
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