テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「えっと……その……」
思わず俯いてしまった。顔が熱い。
耳まで赤くなっているのが自分でわかる。
言おうとした言葉が喉の奥で詰まって出てこない。
晋也さんは不思議そうな顔で首を傾げている。
その仕草すら格好良く見えてしまって、ますます胸が騒ぐ。
(落ち着け、落ち着け柊!普通に言えばいいんだ!)
何度も自分に言い聞かせても、鼓動は収まってくれない。
こんなことならもっと冷静になってから言えばよかった。
けれど今更遅い。
深呼吸して覚悟を決めた。
「あのさ……」
視線だけちらっと晋也さんの方へ向ける。
「……今週の日曜日…」
言い終わる前に、もう一度唇を噛んでしまう。これじゃ伝わらないよな。そう思ってさらに勇気を振り絞る。
「デート、したいんだけど……っ」
声が裏返りそうになるのを必死で堪えた。
言えた!言った!ついに言ったぞ俺!
(でも絶対変なタイミングだった!)
自分で言っておきながら恥ずかしくて顔が上げられない。
きっと変な顔してる。
だって自分でも分かるくらい頬が熱いもん。
指先だって震えてるし。
晋也さんはそんな俺を無言で見つめてる気配がする。
どんな顔してるんだろう。
怖くて見れない。沈黙が痛い。
すると、彼は小さく噴き出した。
「ふっ、そんな緊張しなくてもいいだろ」
その笑い方に俺はムッとして顔を上げた。
「なっ……!緊張するに決まってるじゃん!初めて誘うんだから!」
「初めて?」
「ず、ずっと晋也さんが好きだったんだから、デート誘うとか人生初なんだよ…!悪い?」
そう叫ぶとますます顔が赤くなった。
「…へえ」
「だから…その、どう…?忙しい……?」
不安になりながら尋ねると晋也さんはもう一度微笑んだ。
「ダメなわけないだろ?」
そして俺の頭をぽんぽんと叩いた。
「俺も柊とどこか行きたいと思ってたし」
その言葉にホッとして全身の力が抜けた。
「良かった…仕事とかで断られたらどうしようかと思った……」
「そんな心配しなくてもいいって。柊のためなら時間作るし、めっちゃ嬉しいから」
晋也さんの言葉一つ一つが心に染みていく。
こんな些細なことで喜んでくれるなんて思ってなかったから余計に嬉しかった。
「どこに行きたい?」
「え?」
「デート先だよ」
「えっと……」
そう言われて初めてデートプランを考えていなかった自分に気づく。
完全に突発的だったから何も考えていない。
ただ晋也さんと一緒に過ごしたいという思いだけだったから。
「普通に…水族館とか?」
素直にそう答えると、彼は楽しそうにうなずいた。
「いいね。じゃあ水族館に決定だな」
「うん!」
嬉しさで自然と笑顔になる。それが伝わったのか晋也さんも満足げに笑みを浮かべた。
「じゃあ仕事行ってくる。しっかり戸締りして、火にも気をつけろよ?」
「子供扱いするなよ!もう立派な高校生なんだから!」
むくれて見せると「はいはい」と流される。
「じゃ、行ってきます」
「い、行ってらっしゃい!」
玄関で手を振る晋也さんを送り出しながら
(明日はもっと大人な態度で接したいな)
そう思いながら彼の背中がドアの向こうに消えていくまで見届けた。
◆◇◆◇
日曜日──
朝の光がカーテン越しに差し込んでくる中で目を覚ました。
今日は待ちに待ったデートの日。
鏡の前で身支度を整える。
普段より念入りに髪型を整えていると自然と笑みがこぼれた。
先に着替え終わった晋也さんが「柊、できた?」と声をかけてくれる。
「も、もう少し!」
緊張しているせいか少しだけぎこちなく返してしまうけれど彼はそれさえ楽しんでるように見える。
「今日の柊、すごく可愛いな」
「や、やめてよそんな褒め方……」
照れくさいけど嫌じゃない。
むしろ嬉しい気持ちの方が強いんだ。
そして準備が終わった後一緒に家を出て電車に乗った。
並んで座るだけで心臓が飛び出そうなくらいドキドキする。
助手席が僕の特等席だったらいいな、とか内心思ったり。
目的地へ向かう途中でさえ
「ここ来るの何年ぶりかな」とか
「イルカショー面白そうだよね」とか他愛もない会話を交わすだけで胸が弾む。
そうこうしているうちに水族館へ到着した。
入口でチケットを買って入場すると色とりどりの魚たちが泳ぐ幻想的な空間が広がっている。
「わぁ……きれい……」
思わず声に出てしまうほど圧巻の景色だった。
大水槽を眺めながら泳ぐ魚たちを目で追うだけでも楽しい。
「こっち来てみろ柊」
晋也さんに呼ばれて近づくとクラゲの展示コーナーだった。
「幻想的だよな」
透明な傘のような体が水中で漂っている様子に見入っていると
突然彼に腕を掴まれ引き寄せられた。
「っ……?!」
驚いている暇もなく
目の前には優雅に舞うクラゲたち。
その動きにつられて視界いっぱいに広がる水中世界に酔いそうになるほど美しい光景だった。
「すごい……綺麗だね……」
思わず感嘆の声が漏れた瞬間だった──
(ん?今……)
違和感を感じて我に返る。
手元を確認すれば、いつの間にか晋也さんに指を絡められていて
急激な現実感に心臓の鼓動が早くなる。
「し、晋也さん……っ」
名前を呼ぶと彼は微笑みながら
「ん?どうかした?」
なんて、全く悪気のない口調で聞き返してくるから余計に恥ずかしくなった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!